第41話 ごった煮の闇鍋

 ケガレが前足を振りかぶって爪での攻撃をしていたその時、オタクロの号令が響く。


「タイガー!!」

「っ!?」


 歩幅を広げサイリウムを振り子のように魅せたオタクロに目が行ってしまったケガレ。突如、後方の古びたマンション、そのベランダに下げられていた天幕が降下する。布にしてはやけに大きな音がした。

 サバイバルナイフで切り落とされた即席のカーテンが舞台に立っていた演者のもとへ飛来した。

 めざわりな布地に巻き込まれたケガレがジタバタともがく。罠にかかった害獣は闇雲に暴れるだけ暴れるが、シュラフをつなぎ合わせてさらに針金まで仕込まれたトラップに悪戦苦闘としている。


 今のは階下のオタクロのネオンサインをスコープで確認した自衛官数名が一斉にロープを切り落としたのだ。


「続けてファイヤー、サイバー!!」

 オタクロが全力で声を張るとシュラフめがけてツナ缶の容器が投げこまれる。ふたの空いた容器はしかしダメージはほとんどない。たいしたことないとわかるとおとなしくなって出口を冷静に探そうとするケガレ。


 ようやく光がみえた先に、みえていたのはマッチをする警察官。

「火の用心マッチ一本火事のもと――火災は119番でお願いします」

 じゅわっと焦げ付く木の棒が、てかてかと光る地面に落ちる。慌てて引く警官と、結界を張り巡らせるツキガミ。そして光るツナの油をつたってシュラフに火がついた。


 炎上。


 寝袋と一緒に落下したアルコールのボトルの勢いも手伝って、火の粉を飛ばしながら結界内で爆発が起きた。

 ケガレの味方をしている太陽の影響で暑くなっていた気温。そこへ熱風が巻き上がりケガレにとっては思わぬ向かい風となる。


 アウトドア店の店主は夏の夜の夢のような……――その炎をこうたとえた。

「きれいなキャンプファイヤーだねえ」



 焼け落ちる布で視界が晴れたころ、結界をかみ砕いてツキガミに咆哮ほうこうを放つ。

 さらにツキガミの髪をかすめる爪の一閃。

 ケガレがツキガミの首をかみちぎる。

 霧散するガラス面。

 結界だ。

 ツキガミの幻影に惑わされたケガレのもとへカートを滑走させる男たち。真澄や難波、ひいては足腰がタフなマーガレットママや筋肉質な船越も買われて、人力車を引くように爆走した彼等が運んでいたのはアウトドア店、夜間用の目玉商品。ありったけのライトを積んだ、照明部隊だ。

 ドンドンドンと立て続けに、まっしぐらにつっこんできたカートが頭部に当たる。ケガレはさきにまぶしくて前が見えづらくとっさに避けることができなかった。

 さらにお値段もびっくりな価格帯、ロマンチックな夜を演出をするプロジェクターまで登場した。光の量を最大限まで引き上げたホワイトライトが力を発揮し、ケガレの目を潰す。


「あ」

 目を回復するためか、ケガレが体中からもやを出す。瑞穂の隣にいた誰かのひょうきんな声がしたが視界がケガレのもやでみえなくなった。瑞穂も急いで、場を離れる。


「ファイバ……ッ、ってあああ!?」


 オタクロが怪訝な声を出すのも必然だ。なぜかケガレのそばに夏帆が巻き込まれている。

 最後にみえた彼女はぽかんとした顔をしていた。煙る視界に消える、夏帆の姿。


 ――パンッッッ!!


 煙から発砲音のような乾いた音が響く。


 騒然となる交差点。

 発生源を突き止めるべく組織の人間たちが右往左往と連絡を取り合っていく。

「どこが発砲した!?」

 自衛隊も警察も大わらわで音の正体を確認するもわからない。


 そんな状態が一分半。もやが収まりつつある中で影が映る。

 煙から出てこようとするなにものかを生唾を飲み込んで待つ。迎撃しようと所持する武器や盾を構えた組織に驚いていたのは――女子大生であった。


 彼女はいつかのようにボサボサの髪で目を丸くしている。

 けほっと咳き込んだ彼女は間違いない、もやに巻かれた夏帆であった。

 危うい場面で巻き込まれた彼女が生還したことで仲間達は鼓舞しあう。

 夏帆は両手を合わせたまま走り寄って、仲間達に「ん、ん」と手を突き出してみて・・とアピールしている。

 瑞穂がおそるおそる広げると手の間に挟まっていたのは。

「ケガレさんのおヒゲですわ!?」

 撫子が言うのだから間違いないだろう。

「ダイバー、成功っす?」

「夏帆おおおお! お前が今回のMVPだ!」、真澄が頭をわしわしと撫でる。

「……!!」

 夏帆は真澄の手を受け入れながら目を輝かせた。

 なんだか感動的な場面らしいとみるや仲間達に勝ちどきをあげる夏帆。だがすすけて声がでていない。そんな彼女に走り寄って難波が数珠をまいた方の手で背中を軽く叩いた。おえっと吐き出した口からは案の定ケガレの影がでてきた。そのまま緑茶をスマートに渡す難波。


「蚊じゃねーんだからあの取り方でどうやるんだよ」とは真澄。

「ごほ。べつに普通だし」

「お前の動体視力測ろうな」

 真澄は夏帆の人外めいた発言をかるくいなす。

「もしかしてばかにしてる?」

 夏帆も悟るがそれを難波がいさめる。

「やだなー夏帆くん。こんなやろうのこと気にしないで僕とお茶しようよ。君とは以前にお茶会しそびれてたからね。このあとじっくりと勧誘を……」

「はいはいはーい、瑞穂! これでいいんでしょう、前にはなしてたやつ!!」

 夏帆が威勢よく渡してきたヒゲを受け取る瑞穂は肝心な場所は聞いていたことにほっとする。ついでに無視された難波は心のなかで泣いた。


 考えなしの行動が功を奏し、周りをハラハラと心配させたのも事実。それを知らない自衛官などは部下たちにあの度胸を見習えなどとむちゃくちゃをいっている。夏帆の中身あたまを知るみんなは黙って目をそらしたが。ちなみに馬鹿ほど怖いものはないと大路は別の意味で戦慄していた。


 瑞穂は、ガッツポーズをとる夏帆を迎えてツキガミが作戦前に説明していたことを思い出す。 

 ケガレのよどみが作り出す注意すべきトゲの攻撃。本体と分体にわかれるトゲは、だが逆をいえばトゲになりえる部分からこちらの力を流し込めるのではないかと言っていた。

 ツキガミは早速ケガレを弱体化すべく神通力を流し込む。



 苦しげにうめくケガレの様子をみてオタクロはさらなる合図を出した。

「いでよ、バイバー」


 停車していた選挙カーのスピーカーが起動すると、車の側面で待機していた後方部隊が音をかき鳴らしはじめた。

 センターでボーカルの道代がマイクを握り、ギターの赤森、ドラムの渚、キーボードの道代、加えてベースを赤面した希沙良が演奏する。


 歌い届けるのは『赤とんぼ商店街音頭』。

 水森市の市民ならローカルなテレビ番組のCMでも流れていたりと有名な一曲である。

 市民ならだれしもが歌える泥臭い曲はさらに意表を突くような味のあるへたさ加減が愛嬌を誘ってやまない。


 オタクロプロデュースのもと掲げられたユニット名は【べっぴん防人さきもり】。

 なお予選から性別だけであぶれた紅矢はうってかわって涙をのみながら悪友の渚を応援している。非常に口惜しげに。

 メンバーを厳選する際、自前のギターと赤森と交差点イベント用の和太鼓の渚はさきの応援もありすぐに決定した。

 撫子は自主申告で本格的なピアノが弾けることで決定。さすがはお嬢様とはやしたてて、彼女のために幼稚園から電子キーボードを拝借してきた。


 慣れ親しんだ音に園児達は興奮して呼びかける。

「道代ちゃんがんばれー」

 園児達のかけ声に涙ぐむ道代。歌の練習もしようと彼女はこのとき固く心に誓った。

 園児達の先生は道代ではなくツキガミを応援するように遠隔地に置かれているマイクの前で必死に教えているがこども達は聞く耳をもたない。めいめいが気に入った名前を連呼する。

 そんな一幕を老人ホームの高齢者たちは笑ってにぎやかした。

 かわりにと商店街の店主たちも、一般の観光客も一緒になって、ツキガミ様へと「声」を届ける。


 残ったベースを得意顔でやりたがる紅矢は前述の通りの判定で落とされた。オタクロいわく、「全部そろえなきゃ戦隊じゃないっす」の言葉で。賛同したのは残念ながら道代だけであったが。


 そこで目をつけられたのが希沙良であった。背中を押したのは彼女の祖母であるミツエだ。

「おばあちゃん仕込みの三味線でがんばるんだよ」

 というわけでこちらは老人ホームの備品を借り受けてガチガチのまま精一杯音を奏でる。

 つけ爪をはがした玲奈はマラカスを振って緊張しまくっている親友を援護している。

 ちなみに本物のマラカスではなく単に砂を詰めたペットボトルを振っているだけであったが、エールを受けた希沙良は他四人にヤケクソ気味に食らいついている。


 と、ここで予定にはない垂れ幕が向かいのビルから吊り下がる。応援メッセージのようだが習字の墨でもプリンターのインクでもない。どうやらマッキーをいくえにも重ねて描かれているようだった。幕自体の大きさも見慣れたものよりささやかだ。手作り感のあるそれには読めない大きさでほかにもなにかが書かれているようだった。

「あいつらか」

 真澄はどうやら人物たちを特定できたようで眉をしかめて声をもらした。

「え、何?」

「――ッくるぞ、瑞穂。集中しろ!」

 ケガレは追い詰められたとみるやますます攻撃的になる。それは生存本能か、最後の力を振り絞って抵抗を続けているようにも瑞穂には見えた。


 しかし、市民の声は指向性スピーカーによって狙った場所にだけ限定で大音量で鳴らされていく。

 ツナ缶の油とライトの光で鼻と目をやられていたケガレはこれで耳も封じられた。


「ここらで一旦フリーズ、ってね」

 茶目っ気たっぷりにオタクロが言い放つ。


 は盛大にケガレを挑発するためかあおるようなジェスチャーを送っていた。

 まるで、来いよ、と言わんばかりに。


 勢いよく地面に大量の氷をまく男性陣。そこを狙ってジャンプして飛び移ったケガレ。表面が一瞬だけくっつくも、のりとは違って効果は明らかに薄い。鼻をならしたケガレは体勢を立て直そうとべつの島へ移る、が。

「いいですか、この振りはミステイク・・・・・っていうんすよ? 覚えててくださいね」

 そこへ届くオタクロの意味深な発言。音楽に合わせる形で交互に手を動かし手を巻き込みながらまだまだ振り続けていく。

「よくもこんな雑な誘導リードに引っかかってくれたな」

 被せるように彼、大路は人が悪い笑みでつぶやいていた。


 ハマっていることを知らないケガレを難波はみていた。

「つぎは……、たしか、……ジャージャーだったか」

「ちょおおおお、そこおいらの台詞ー!! ああもうせっかくの大技、ロマンス・・・・があ」

「成功してるんだ。べつにいいだろ」

「そうっすけどそうっすけどおお!!!!」

 女子でもない男にしがみつかれて難波はうっとうしそうに払いのけた。大事な場面をもってかれてオタクロは嘆く。


「いくよー、「「せーの!」」」

 最後のトラップが起動する。

 商店街の事務室にあった運動会用の綱。それを使って綱引きの要領で左右に張り、商店街方面へ逃れようとしたケガレは足をとられて、街路樹を巻き込んで倒れた。



「決まったあああああああ!」

 手に汗握って回復したオタクロが叫んだ。



「くぅぅ、シビれる~~」

 指定位置まで目的をもっていけたのを確認すると、ギミックの成功にたぎった全織田が、泣いた。

 彼はアドレナリン全開でいまだ腕を振り上げている。


 五感のほとんどを奪われた状態のケガレに向けて、湿度の高い大路は呪詛のようにつぶやく。

「チェックメイトだ。――もう逃げ場は与えない」

 タイミングよく、溶けかけの氷が砕けた。





 【作戦名MIX】。仲間達のアイデアをもとに一見ふざけた内容のそれは、大路監修のもとで一つの目的のために動いていた。

 大学の秀才によりピタゴラス的なスイッチ的なだがしかしロジックもくそもないギミックで敵を欺きつつ、ケガレを一カ所に拘束することに成功。


 作戦開始前、大学のメンバーはもちろんだが面識のない人々、とくに組織だった協力をあおぐために大路は頭を下げていた。


「兄貴を助けたい。協力してください」


 そこで詳細をたずねた警察官は耳を疑った。

 彼の言ういなくなった兄の不可解な調書をまとめあげた末に不自然な失踪をしたのは見知ったバディであったからだ。

 同僚の不始末も含めての肩入れもあったが、あくまで仕事と割り切って、今のバディに相談しつつ上へと報告した。


 このようなことがあり復讐者・大路は般若のような顔つきでたたずむ。彼の腕には今もケガレの中に取り込まれている兄の時計が巻かれている。


 破天荒な戦法とむちゃくちゃ好戦的なスタイルに面々には引かれるも瑞穂には言い訳をきちんとしていた。道代ももうさじを投げ始めている。

 大路の弁明では、対兄貴用の戦法とのこと。

 兄弟でボードーゲームをしてい、……付き合わされていた大路は、よく兄に勝利をふいにされていた。あと一手譲ってなんてまだかわいげのあるほうで、負債ハンデを勝手にこちらにつけて行動を制限するルールを設けたり、ゲームに無関係な思い出を蒸し返しこちらの油断につけ込んだり、図々しことに最後の最後にはちゃぶ台返し、と兄の特権を乱用しやりたい放題であった。

 ムキになっている大路も悪いことに本人は気づいていないが、生来の負けず嫌いの性でここまで執着し続け、今、結果を出した。 

「あのろくでなし……今度遭ったら」

 余計なエピソードまで回想してしまったのか大路は目を血走らせてぶつぶつと何事か唱えている様子だが。


「王子様こじらせてんなぁ」

 大路の様子を遠くからみた難波がいえば隣の真澄がなぜか震えている。

「ああわかるぜ……俺は。末っ子に人権はねーんだ……」

 彼が個性的な姉を三人を持つのも思い出して難波も顔をしかめた。

「そういやお前小さい頃女装、」

「みなまで言うな!」

 羞恥で叫ぶ真澄をからかう難波。


 さて、つまりは。

 シンプルに問答無用で言い訳の余地がないぐらい完璧にたたきのめす、が今作戦のコンセプトである。

 作戦前突然合流した夏帆が目を回していたような状態にヒントを掴んだ大路。道代に尋ねたオタ芸が思わぬいいきっかけとなり、こうして【作戦名MIX】が決行されたのだった。


 マーガレットママの知り合いのアウトドア店全面協力のもと、総決算セール並の出血大サービスな好意がこうしてケガレを苦しめている。


 しかし作戦内で行われていた応援合戦もただのミスリード、ではなく。


「ようやくあったまってきたぞ。舐めぷとやらもここまでじゃなあ」


 大路が般若ならこちらは能面の微笑みでわらうツキガミ。いそいそと街路樹の前に立つとケガレに向けて言葉をかけた。

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