第40話 バトンタッチ

 ケガレは余裕綽々しゃくしゃくといった様子で尻尾を揺らめかせてこちらを牽制する。


 瑞穂はふらつきながら後ずさりした。瑞穂の手をとって支える大路。ふたりが息をのんだのにさらに気を良くするケガレ。


「ゲゲッ! げげはうれひいぞお。にんげん、おまえらもわかってくれたのか。そうだそうだ、おまえらもまとめて食ってやる。もうどこにも逃げ場、は……ハギャ?」


 ――突然の衝撃波に目を丸くするケガレ。


「よそ見とはうぬもうつけだのお。だから油断は禁物なのじゃ、のう瑞穂よ?」


 光の攻撃を放ったツキガミの方を向いて牙をむいたケガレだったがその時は遅かった。

 ただびとでしかない瑞穂が放った、光の束。

 ツキガミが用いる月編みのいとがケガレの横っ腹に命中する。脇を見せていたケガレはたまらぬ痛みにうめきごろごろと転がっていく。

 瑞穂は、最後の一枚となった護符を握りしめて一度限りの荒技を使ったのだった。一人では出しきれない力を、繋いだ手から分けてもらい、受け取った力ごと込めて放った隠し玉。


 瑞穂が後ろに下がったのは陽動も含めていたが、大路がばれないように手をとったのも含めて作戦のうちだった。すべてはケガレの油断を誘い込むため。――つまり、あの演技・・も仕掛けであった。

「だーっはっは! 芝居稽古のかいあったで! 演技派女優の本気、みたかあ! だまし討ちは十八番芸やでぇ」

 よっしゃあと叫んで得意げに笑っている渚に紙吹雪をまいて悪乗りする紅矢。

 なんて無駄なものを準備しているんだと希沙良は呆れて、紅矢が妹に作らせた紙吹雪を回収していく。



「うっげアアア、よくもよくもよくもおおお――! げげを騙したな!? 人間めぇ許さないヒゾォ」

「来るぞみんな、後ろだ!」


「ゲゲゲッ!? なんでわかった?」

 飛び退いて背後から襲いかかろうとしたケガレは不審げに頭を揺らした。不機嫌そうにのどをならして声を上げた真澄をにらむ。

「偶然だって決めつけるのは早いかもだぜ」

 突然覚醒した真澄に、だがしかし難波は冷ややかな視線を送る。


「次はっ、信号機の真下! 右から来るつもりだぞ」

 滞留地点で待機していた自衛隊員たちが退けるとたしかに付近にそこにはケガレがいた。

 さすがのケガレも首をかしげる。仲間達も奇妙な合致に疑問符を浮かべる。

 難波だけは、当てがあった。


「おまえアレを幽霊の類いだと思ってんのか? 悪霊っぽいっちゃぽいが……」

「うるせえな! べつにいだろ、ほらお前の横、くるぞ」

「ばか、先にい――って違うとこからでてんじゃねーか!! くっそ信憑性のないセンサーだな!?」

「ふん。たまにはお前もビビればいい」


 そういう真澄だが彼は難波のイタズラのせいで盛大に迷惑を被っていた。苦手なお化けドッキリをこっそりやられてびびり散らかす真澄の反応を録画しては、コンパでその恥ずかしい醜態を披露しで自分が女子と仲良くおしゃべりするための釣り餌にする。友達の皮を被ったフレネミーというやつなのではと真澄は常々難波相手に真剣に悩んでいた。何度涙をのんだことかと、そして今やっと仮想敵に一太刀浴びせることができすっきりと爽やかな顔をしていた。それこそ憑きものが落ちたように。

「やべえ。ほんとに第六感に目覚めたかもしんねー」

「ただの寒気がか?」

「やかましいっ!」

 このように真澄が活躍するなか、撫子も負けてはいなかった。


「さっきから右足をかばってません?」

「けが人ですか!?」

 オタクロが中二病を患っていた当時極めた包帯技術をもって看護に当たろうとしたところを撫子が首を振る。

「あの子です。さっきから引きずってるような気がして」

「でも傷口なんて……」

「待つにゃ! ええと――これか!」

 赤森がないと反論するも、猫枕がスマホをみっせる。この戦い中ずっとスマホを起動している猫枕がみせたのは連写で撮影した写真だった。


「なんで撮ってるの?」

「動画だとどうしてもブレるにゃ」

「ちがうちがう。わたしたちギャラリーじゃないのよ?」

「わかってるにゃあ。でも一応相手は猫ちゃんにゃん? ――撮るしかないにゃ」

「決め台詞みたいに言わないでよ猫ちゃんってば」

「森ちゃんこそ分からず屋さんニャー」


 二人が会話しているのも無視してスマホをスクロールして写真をみつめる撫子。すると右足の付け根にツキガミが放った光の糸が一本刺さっているのをみつける。

「もしかして継ぎ目が弱いのでしょうか?」

 撫子がつぶやいたのに反応してオタク気質な道代とオタクロがはしゃぐ。

「だったらそこを狙えば!」

「ダメージ倍増です!!」


 普段からパズルゲームや間違い探しの絵本に長けているだけあってわずかな違いに敏感な撫子。

 変化にめざとい彼女の機微が思わぬ糸口をみつけた。


「ゲームじゃないのにそううまくいくの?」

 希沙良が告げると、思わぬ方から声がした。


「どれ、やってみよう」


 時空の裂け目のように出現したケガレ。狙いは、自分の出現ポイントを言い当てる真澄だった。

 だが斜線上、狙いを研ぎ澄ましていたツキガミが逃さない。

 重低音とケダモノの絶叫。

 付着したツキガミの針は針穴を通す繊細さで右足付け根に居着いた針のそばに刺さった。縫い目のようにほつれる影。

 敵意むきだしで見境なく襲いかかってくるケガレに対して拮抗きっこうするツキガミ。

 神は走り出すと場所を移し、マンションを背に戦いを繰り広げる。


「本当に効くとはな」

「くうう――まだだあ。げげには効かないぞお」

「嘘を言え」


 ケガレはかさぶたに使った球を応用して付け根を隠す。だが場所は変わらないだろうと踏んで攻撃を放つツキガミ。


「ぬ? 効いていないだと」

「ギャハ、ッハハハ。げげかしこい。げげえらい。ちゃあんと修繕できるしんじゅうだあ……しんじゅうってなんだ? ひひ、まあ、どうでもひひいか」


 ピンチアウトとズームを繰り返しみえなくなった急所を探す撫子と猫枕。しかしさきほどは容易にみえた違いは高速撮影してもスピードを上げたケガレにシャッターが追いつかない。


 ケガレが再び真澄を狙って――とみせかけて、分裂した毛だけを残した箇所から本体が出現し、ツキガミを狙う。


「今だ!」

 大路が声をあらげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る