第39話 借り物競走

「ツキガッ……!」

「ふ、ふふふ……」


 叫んだ瑞穂は意外なものをみた。

 ケガレの攻撃を受けたというのに笑いだすツキガミ。

 あらためてみればたしかに振りふりは破けている。だが、ガードするように前に出ていた腕をおろすも胴体に傷はない。代わりに結界が防護していた。


「われも同じことよ。一度受けた攻撃が二度も通じると、思い上がるなよ・・・・・・・


 続けざまに反撃の一手。

 前に突き出した手のひらから飛び出す光の束。ケガレめがけて着弾したそれは今までのように相手を拘束する目的で作られたものではない。鼻から捕まえる気などないように、先端がとがっていた。

 ケガレは逆に針のように刺さった鋭利な光を振り落とそうと必死になっている。

 それでもまだケガレの方にぶがあった。

 針を尻尾で強引に引き抜くという荒技を行使し、ぱっくり空いた穴などもろともせず周囲を薙ぐ尾の攻撃。

 広範囲に広がった衝撃波はツキガミが放った神力で受けとめる。

 カミの側は万が一にもヒトビトに被害が出ないよう細心の注意を払っている。気が抜けないツキガミに対してケガレはやりたい放題。それは守る方がハンデを負っているのと大差ない状態であった。

 

 戦いは瑞穂の前で続いている。

 ケガレの暗い穴から浮かび上がる球。

 黒い球をいくつか作るとそれがかさぶたのように機能して傷口に蓋をした。


 一度は好転した勢いも再び戻される。

(まずい、ツキガミ様が押されてる……)


 瑞穂は必死に目の前の攻防をみながら、勝利への糸口を掴もうと思考を巡らせていた。

 活力を失いつつあるツキガミの攻撃は出力が足りていない。いい箇所に当たるも力不足でまともに削れていない様子。


(元気がないなら補給すればいいんだろうけど、……どうやって? 休ませるのはこの場において不可能。人間なら物を食べたりして急ごしらえの補給はできる。けど、ツキガミ様ってなにか食べて……――あ)


 瑞穂は戦いの少し前を思い出す。玲奈の茶化したような口調に対してツキガミはなんと言っていたか。

 加えて、ツキガミとの出会いのきっかけにもなったほこら

 瑞穂が呼ばれる前に起こした動作を掛け合わせることを思いつく。



 ――あの場で、ツキガミはたしかに『信仰心にはちと敏感なんじゃ。一応神々のえねるぎーのようなものじゃからな』と言っていた。

 ――あの時は、瑞穂は祠でもらい物の最中もなかお供えおそなえした。



 瑞穂は行動を起こす。

 思いつきを実行すべく手持ちになにかないかと袖を広げ中を漁る。

 リュックサックは避難している。今余裕のあるある持ち物といえば夏帆にもらった巻き紙しかない。

 瑞穂は唇をかみしめて、前を向く。


(いや待って。でもこれ――!)

 動き出す瑞穂。戦いの場から離れて仲間達からも距離をとると、瑞穂は舞う。

 瑞穂はささやかな舞を披露する中でさっき広げた巻き紙を取り出すと、祈るような気持ちで、ツキガミへと想いを捧げた。

『お願い、ツキガミ様を助けて』、と。



 ツキガミの目の色の変わる。

 より澄んだ金色に輝く瞳。

 疲弊した様子で戦いを続けるしかできなかったツキガミの戦い方にも影響を及ぼした。

 防戦一方だったところから仕掛ける手が増えた。

 意気揚々と挑む姿に瑞穂は高揚とした。

 瑞穂は仲間たちにも協力してほしいと呼びかけた。


「あの神様パワーアップできんのか!?」

「すげぇな! やるしかないだろ!」

 真澄と難波が色めき立つ。

 ふたりが拳を握るなか、瑞穂の呼びかけに一番に応じたのは手を上げた撫子だった。


「ぜひ協力させてくださいな」


 撫子が取り出したのは彼女の折りたたみ式の日傘であった。

 いいのかと瑞穂が視線で確認すると撫子は前のめりな態度で差し出した。

 彼女は瑞穂に手渡すと、しっかりと目と目を合わせて自分の意思を伝える。


「瑞穂には代弁してほしいんです。神様には、わたくしの代わりに一発ぎゃふんと言わせてやってほしのですわ!! これでも憤っているんです。勝手に体も使われて、大学はお休みですし、みんなからは避けられていますし、それにそれに!」


 ここでぷるぷると震え出す撫子。なにごとかと瑞穂がさらに聞く。


「わたくし、~~っ、せっかくかわいい猫ちゃんが飼えると首輪も、リードまで用意したのに一度も拝めないままなんて悲しすぎて! 枕を何度濡らしたことか!!」

「まさかショックで寝込んでたっていいたいのか?」

「ええー……」

 体育会系の真澄が唖然とするのに文化系の希沙良も続いた。



「というわけでこちらを託しますね」

 撫子の仇討ちに猫枕も親身になってエールを送った。


 瑞穂が続けざまに舞う中で、お供えには制約があることが分かった。どうやら気持ちのこめられたものであることと和風なものでないとツキガミの方が受け取れないようだった。

 コンビニのおにぎりや配布されたポケットティッシュなどが捧げられなかった原因を突き止めた面々は、次なる底上げ工作の品を話し合う。

全員がなにかないかと探し、めざとく希沙良は玲奈の手を握った。


「これ、イケるんじゃない!?」

「はあああ!? ちょ、え、ままま待って!? あたし、指を切り落とされんの!?」

「違うわよ、その爪」

「爪を剥がすって、やっぱ拷問じゃんかー!」


 と、玲奈だけがパニックに陥っていると全員の視線がつけ爪・・・に向かっている。

 本人も悟ったのか、やっと納得した。


「わかった。って――なるかあああ。せっかく気分ブチ上げたのに? 時間かかった力作だよ!? 結構いい感じで……」

「文句言わない。力作だから選ばれてるんでしょ!?」

 けんか腰の親友に目を白黒させた玲奈。希沙良が怒鳴りながら褒めちぎってくるのを聞いているうちに頬がにやけていく。

「そ、そこまでいうなら」

 普段から自信満々にギャルを通す玲奈だが彼女は存在押しに弱かった。

 照れ隠ししながら丁寧にネイルを施した爪をはがしていく。

 パキっという小気味いい音が鳴る。

 後半は思い切りよくはがしていく。

「あたしのパワー分けてやんだからここはマジにやってやんな!」


 玲奈は両手両足のつけ爪をはがして並べたものを瑞穂にまとめて渡した。





 瑞穂が奉納することで力に変換し消えていく品。

 その力を受けてツキガミが力を増していく。

 とうとう決戦仕様になった大御神が降臨。

 あらたかな後光の差す月の神と太陽の光を受けてなお濃くなる影の生き物。



 ツキガミは二つの力を駆使してケガレと戦っていた。

 一つは、結界。防御にも利用しているが精度を高めることで攻撃をそのまま反射する鏡面のようにも利用できる。ほかには、攻撃の力を内部で圧縮する空間のようにも使っていた。

 もう一つは、拘束目的で網のように使用したり、針のように刺して攻撃するのに使っている糸である。何本も束ねれば網のようにもなるが、単体でも十分な威力を発揮している。 ツキガミの攻撃手段は月面結界げつめんけっかい月編みつきあみいとというふたつであった。

 ちなみに戦闘には用いないツキガミの能力に浄化がある。これは舞い踊ることでだけ発揮される力であるため使用されていない。


「もっとほしいですわね!?」

「そうね。ほかになにか――」

「だったら最初に瑞穂があげたやつはどうかニャ!? たしか夏帆ちゃんもってたにゃ? それもいっぱい~~!!」

「「「それだ!!」」」


 ここにきてレジ袋を下げていた夏帆を連れ戻す。離れていた場所で待避していた夏帆のもとまで走って向かった瑞穂と真澄。

 ふたりそろって頼むが夏帆は乗り気ではない態度で拒んだ。

 ふいっと顔を背けて、拒絶する夏帆に血が上りやすい真澄が腕を握って強制しようとする。


「なんでだよ!? あれがあれば勝てるかもしんねーのに、街がどうなってもいいのかよ!? お前も俺たちもただごとじゃないんだぞ!!」

「ッうるさい、真澄なんかに分かってたまるかー!」

「なっ、減らず口を……」

「ちょっと真澄!? 落ち着いてよ」

 カッカしている真澄を止めて誠意をみせて一から説得する瑞穂。

 それでも夏帆は応じない。

 けれどなにかが引っかかっている様子にもみえて瑞穂は自分も冷静になろうと一度引いた見方をする。

「夏帆……ほんとにそれが好きなのね」

「……う。そうだよ」


 図星だったようで。レジ袋に込めていた力がわずかに緩められた。この場でも胸元に引き寄せて離さない袋。中身はなんてことない安値の、言ってしまえばただの紙っぺらだ。それに愛着を抱いていることに引け目があるのか夏帆は重い口をやっとの思いで開けて語った。


「わりと昔からあるシリーズなんだよ。リニューアル展開したのばっかり使ってるからわかんないかな。……最初はあたしのままがみつけて買ってくれたの、まだそのシャーペン使ってるんだよ。まま、ひっぐ、怒るかな。おともだちに協力しなさいって……。うわああああん、瑞穂、どうしよ~~~~、あたし、でも、ばかだからわかんないっ」

「いやマザコンかよ!!」

「ふざけんなし! だれがマザコンだ! ままに謝れ!!」

「そうだよ、真澄言い過ぎ。夏帆のお母さん――もう亡くなっててそのシリーズは思い出の品、なんでしょう? たとえ新品でも、夏帆にとっては大切なのよ」

「う゛ん゛」


 鼻水をまき散らしても大切に抱きしめている袋。中身は直接母親と関係なくとも、その思い出がみているとあふれてくるのかもしれない。瑞穂にはわからないが、夏帆にとっては十分扱いに慎重になる理由があるのだ。

 真澄も理由に目をそらした。


「わりい」

「ぐず。いいよ、べつに」

 瑞穂は夏帆が譲れないことがわかると引き返した。



「よかった、協力してくれるのね!」

 赤森の発言に疑問を抱く瑞穂と真澄。成果なく戻ってきたふたりだが、赤森らの視線は背後に向かっていて――「夏帆!?」


「あ、あたし――ちゃんと大事にしてくれるなら、いいかなって……いまさらダメ?」


 おずおずと三枚ほど取り出した巻き紙を差し出す夏帆。病で倒れて別れるまで、院内着しかみられなかった亡き母との思い出の品。それを瑞穂に託そうとする夏帆。


「使い捨てならやだったけど神様に炊き上げて栄養にするならいいかなって思い直したの! 瑞穂、あたし、えらいよね!?」

「お焚き上げっていいたいのか、このやろう!」

「えへへっ」


 ゆるんだ口元に反して若干震えている手。託された三枚分を受け取って瑞穂が舞う。


「――ってやっぱ、たりねーじゃん! また買えるんだからいいだろ!」

「ま、待ってよ!? さすがに一気に全部は心の整理がおっつかないよ!? 」

「今やれすぐやれさっさと済ませろ! そんでポケットに隠してるのも全部出せ。知ってるぞ、お前がいつも持ち歩いてんの」

「真澄の鬼ィィィー!!」

 真澄に巻き上げられる形でぶつくさいいながらも夏帆は協力していった。名残惜しそうに、母との思い出に浸りながら。



 巻物まきもののようにくるくるほどいては捧げられるのを泣きじゃくってまで分け与える夏帆のおかげで、物量で押すことに成功したツキガミ。


(よかった。これなら……)


 瑞穂に向かって思い切り叫ぶ夏帆。

「瑞穂ーッ、うちの財産渡したんだから! っていうか、最初にあげたやつも、まさか!?」

「今更きづいたのかよ……」と真澄は呆れた。

「だから貸し一つだよー! 約、束、忘れんなー!」

 はいはいと笑みをこぼしながら瑞穂は受け取った紙を捧げていく。


「あと少しっ」

 息をのんでみんなが見つめている。ケガレは消耗し、ついにビル側に押しやられた。

「瑞穂……――」

「なに? あとで聞くから今は」

「もう、ないよ……、どうしよ」


 手元の袋を可能な限り広げている夏帆。彼女の真っ青な顔色と空っぽの中身がすべてを物語っていた。


「え?」


 撫子から繋いだリレーは苦肉の策で玲奈から夏帆へとつなげられた。イケイケ状態から一変、頼みの綱であった紙は一枚も残らず使い切ってしまった。

「うそやろ……。アカン、もう終いや」

 アスファルトに手をついて大げさに崩れ落ちる渚。

 こちら側の絶望をみてとったのか。

「ゲッゲッゲ。やっとおわったなァあ。もう諦めろォォ、人ィ間ドもオオ」

 ケガレは愉悦にまみれた表情をみせてしゃべってみせた。

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