第37話 火蓋が切られる

 時間が経過していく。

 結局のところ大学の仲間たちは場に残っていた面々は全員が参加を表明した。

 ツキガミの意思表明を受けて自衛隊や警察官も協力することとなった。



「いよいよ全面戦争っすね!」とオタクロは興奮している。

「ばかいうなよ……。こっちは一般人だぞ、特殊戦闘員でもないのにまともに相手できるかよ」とは常識人の難波。


「ああ〜〜、もう血が湧いてしょうがないっす!」

「おまえ……なにしてんの?」

「これっすか? コール・・・です。いっそみんなを鼓舞するためやっちゃいますか! ほら、難波くんも一緒に、ささ」

「おいちょ、俺はそんなキテレツな踊りしらないぞ!?」

「見よう見まね、このサイリウム貸しますから! とりあえず全力で振っちゃってください!」

「お、おお……目がマジじゃねーか」


 オタクロがみんなを鼓舞するのに全力でヲタ芸を披露する。



「あれはなにやってんだ?」


 大路が近くにいた道代に尋ねる。存外適任者だった道代は大路にそれがなんなのかを説明した。

 彼女もオタクの道を通っているため詳しい。熱の入る説明をふーんと聞き入れる大路。



 さらに時間は経過する。彼らは時間が許す限りケガレを迎え撃つ準備をしていた。


 正面左側のベンチであわただしい休憩をとる瑞穂。大路から鞄などを受け取り用意していた弁当を食べる。空きっ腹にしみるおかかのふりかけとだし巻き卵。ポテサラもつまみながら瑞穂は食べすすめる。仲間たちは交差点にあるコンビニや商店街までわざわざ出向き市販のお弁当を買い込んでいるらしい。


 と、そこへ険しい顔で山のようなレジ袋を置く大路。隣にはなぜかママがいた。赤森ではない、本物のマーガレットママであった。


「先生だ!?」

「ヒメってばもう、まあたそんな安っぽいお弁当食べて。体は資本って何度言えばわかるの! ほら、いつものやつ食べなさい! 知り合いの店長さんが好意で色々と分けてくれたの」


 レジ袋の横にはなぜかシュラフや布系の製品が多く積まれている。多機能なハサミや着火する道具まであった。これからキャンプにでも行くのかと瑞穂は不思議に思いながら答える。


「えー、……今日はいいかな」


 瑞穂はいつものやつを察し頬をかきながら曖昧にごまかした。いくら好きでも食べる気が湧かない日もある。慣れ親しんだ海のチキンだが今日はそういう気分ではなかったため断りの文句をいれるが。


「……だめだ。食べてくれ」

「え? な、なんで大路くんが……あ」


 見かねたのか、なぜかツナ缶を開けておもむろにコンビニの梅干しのおにぎりと一緒に頬張る大路。男の子らしい食べっぷりに瑞穂は目が点になる。


「もしかして大路くんもツナマヨ派――」


 瑞穂が目を輝かせるととたんにむせてボトルの麦茶をあおる大路。


「あんな油ぎった組み合わせ、生物学上の禁忌だろ」

(これが方向性の違いってやつかー)


 ボトルをベンチにタンッと乱暴に置く大路を見て、瑞穂は見当違いの答えをだした。大路の腕では赤いラインの入った皮のベルドに、黒く輝く文字盤の腕時計が反射で光っていた。



 スクランブル交差点の正面右側の古いマンションと街路樹のそばで希沙良は思わぬ人物に遭遇していた。


「ミツエおばあちゃん!? なんでここに!」

「あらあら希沙良じゃないかい。こんなとこで会うなんてめずらしいこともあるもんだねぇ」


 話を聞くと、どうやら希沙良のおばあちゃんは古びたマンションの昔なじみに暑中見舞いを配っていたとのこと。品の良い風呂敷から出てきたのは自慢のわだち最中であった。危ないからと説明する希沙良だがおばあちゃんは孫と会えたのが嬉しいのかにこにことして話を聞いてくれない。耳が多少遠いのもあったが。

 希沙良は話をつけるのに四苦八苦としていた。 



 舞台があった奥、商店街入口では、商店街の運営にかかわる事務所に向かう真澄と道代が目撃されていた。ふたりは事務所の受付に説明し冷蔵庫から氷を大量に手に入れ保冷バックに詰めていた。ほかにも商店街の催しで使われる綱などを抱えて交差点へと運んでいく。


「ほんとにこれでいいんでしょうか?」

「いいんじゃね? あいつ、そう言ってたし。俺達にまで頭下げて協力あおぐくらいだから――……」


 ふたりの声は商店街方面の喧騒けんそうで聞こえなくなる。



 西側に警察の白バイや陸上自衛隊の偵察用オートバイが並べられている臨時の駐車スペースに選挙カーも止まっていた。内部では玲奈が慎重に手足の爪にネイルアートを施している。


「なぜ今爪を……?」

「わかってないね〜、船越っち。こういう気合いれるときにいれると気分アガるんだよお? 自分のために大事大事!」

「そういうものなのか」

「柄は全部あじさいでいっか! 夏らしいっしょ」

「夏というか梅雨っぽくないかな?」

「やだな〜、梅雨なんて四捨五入で夏でいいじゃん」


 ケラケラと笑った玲奈に対して船越は「若者の考えにはついていけないな」と後頭部をかいていた。

 ウグイス嬢と希沙良が戻ってくるまで、ふたりは気楽にダラダラと会話していた。



 自衛隊員のもとに無線が入る。


「仮称害獣いぜんとして進行を続けています。このまま赤とんぼ商店街方面へ向かうと思われます。どうぞ」

「メインストリートでは市民ならびに要神ようじんからの応援が入ることとなった。今回の害獣討伐に向けて強力な対抗手段を持つ要神を中心に対策していく。なお無線でのやり取りはこのまま続けること。その他部隊は敵戦力を削ぎ落としつつ市民の避難誘導に専念せよ。繰り返すがストリートへの進行は続けさせ、避難と救助活動に専念するように!」

「了解!」


 遠方で交戦中の部隊は無線を切って指示を出す。


「――このままスクランブル交差点まで誘導する。諸君、続けえっ!!」



 ケガレと交戦中だった部隊からの無線が飛んできたことで、交差点の南側に響いた内容に全員が再び集合した。

 すでに遠方にその影がみえていた。パンサーのような形はそのままに気配が数倍は膨れ上がっている。瑞穂が前にみた印象よりも鋭利に研ぎ澄まされた気配がする。


 瑞穂は手首を回して、真澄は頬をパンと叩いて、撫子はひたすらまっすぐに影をみつめて、その他の面々もギターのチューニングをしたりスマホのレンズを磨いたり、屈伸したりとそれぞれが最終調整に入る。


 作戦開始直前、円陣を組む大学生たち。


「この街を守ろう!」

「「「おおおおおッ!」」」



 首を左右に傾けて柔軟していた渚がいの一番に声をあげた。


「やっこさんおいでなすったでぇ」


 信号機の上に出現した黒い影。噛みきられた電線がショートして火花が散る。 


 ――ケガレだ。


 より禍々しいオーラをまとい、らんらんと妖しく輝く赤い目が瑞穂たちを通り過ぎてツキガミに注がれている。ツキガミもそんなケガレに強い視線を送っている。攻撃的な態度で威嚇するようにケガレが唸り声を出す。

 ケガレは爪をといで今か今かとツキガミの寝首をかくのを狙っていた。


 瑞穂が舞った舞台では満月だった外の世界もいつの間にか昼間に近づいているようだ。

 急に朝やけのように太陽が昇り初める。


 瑞穂も仲間たちも含めて、妙な高揚感が体を支配していた。夜が深まるなか深夜のハイテンションモードに突入しているのだ。眠気すら飛んでいる面々はツキガミの背後からのぞいたケガレを複雑な気持ちでみつめていた。恐怖や憎悪、様々な感情を抱えて。


 白けた昼のような明るさになったその時、月はその面影が消えた。皆既月食のように夜は食われた。





 ケガレ・・・は忘れていた幻を見た気がした。


 小国天という太陽神の親戚である神が主だった、あの頃の姿を。

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