第36話 チューニング

 うごめく黒い影、ケガレの方に向かって走り出すペットや家畜たち。逃げ出したものから野生のものまで、今、ケガレに取り込まれ一体化しているのだ。

 生物がどんどん吸い込まれて大きさを増すケガレ。手に負えない数の生き物を飲み込んで膨れ上がる気配。戦闘中の自衛隊員たちまでもが立ち回りを変更せざるを得なくなっていた。

 SNSでなにが起きているのかチェックしていた面々は蒼白する。とくに動物がだいすきな猫枕など激しいショックを受けており目も当てられない。

 言葉を失うものが多いなか、一人憤激しているのは撫子だった。 彼女は背筋を震わせて言い放った。


「いろんな子たちを飲み込んで……こんなの許せませんわ!」


 撫子の声に理性を取り戻した猫枕もつられたように憤怒する。


 生き物はケガレの命令でも受けているのか、あるいは撫子のように取り憑かれているのか、一心不乱にケガレめがけて集まっている。

 狂っておかしな行動を始めたペットの様子は、SNSだけではなく、ネットニュースでも広まりつつあった。

 取りざたされるが、どんな知識人が討論しても、答えはでてこない。ブリーダーや、ペットショップの店員、はては生物学者ですら手を焼いている始末。

 疾走する動物たちが向かうのは、同じ方角。


 大群は、もうすぐそこまで迫っているだろう。



「なんでこんなことに……」

「みんな、それなんだけど、聞いてほしいことがあるの!」


 頭を抱える希沙良に寄り添う玲奈。

 全員に向けて瑞穂が説明しようとする。


「この急展開に、神の出現……まさかッ!」


 勘の良いオタクがなにかに気づいたようだ。瑞穂は黙ってうなずく。


「そう、じつは、ケ」

「神様の使徒として!? もしくは合体ロボット! いやいやここは――異能を使うんスね、分かりますよ! こっからはおいらたちの出番っすねええええ!!」

「…………」

「おいボケェ、お前余計なこと言わんといてや白けたやないの! この空気どないすん? こっから挽回とかムリやって!!」


 渚によってしこたましばかれるオタクロ。無体な彼に手を合わせる真澄と難波。空気をぶっ壊した張本人はそれでもなおツキガミを純粋な目でみつめて言ってのけた。


「あるんすよね、打開策! この危機に僕らが呼ばれたってことは!!」


 ツキガミの表情が曇る。顔に影が落ちたことに気づいて、オタクロは察してしまう。


(あ。これでしゃばったらまずいやつ……)と、柄にもなく口を引っ込めた。

 


「すでに手詰まりなのじゃ。本来ならこやつ、ケガレとは相対するはずもなかった。瑞穂の舞によってこの街の結界を立て直し、やつを遠ざけるのが目的だったのじゃ。しかし……われも見誤った。あやつはすでに濁りきっていた。なにがあそこまで神獣を変えたのかはわからん。じゃが放っておけば間違いなく災いの化身となろう。現に飲み込んだ者たちの気配が弱まりつつあり、逆に太陽は月を飲み込まんばかりの勢いで濃く輝くのじゃ。このままではこの惑星が枯れてしまう。なんとかせねば、ならぬ、……のじゃが」


 ツキガミは申し訳ないと人の子らに謝る。自分が居ながら不甲斐ないと。せっかく復活させてもらったのに力足らず、できることは自分の能力を使うのが手一杯で、とても彼らに力を分けることなどできないと語る。


「神獣……? あいつは初めからバケモノだったんじゃないのか!?」


 大路が珍しく驚いている。

 瑞穂も引っかかった。今の今まで話にはでてこなかった事実だ。だがしかし、御札の用意やまつりの準備と、妙に手際がよかったことを思い出す。もしかしたらツキガミは渋っていたのかもしれない。真実を語るのを。


「ああ、やつは間違いなく神のしもべじゃ。仕えていた神の存在は不明だが、断ち切られた鎖の痕跡がわずかにある。やつの身に起きたなんらかの出来事が、あやつを黒く染めてしまったのじゃろうなあ。おそらくそれには神の制御がないことと関係があるとわれはみている」

「月の神。あんたはあのバケモノにも相応の理由があったと言いたいんだろうが、それはムリな話だ。現に俺の兄貴もあの中なんだぞ!? もう相手がどうのこうのいう次元じゃない! あんたの力を全部注ぎ込んでても俺はあいつを殲滅してやりたい」

「うっわ王子めっちゃ過激じゃん」

「玲奈、黙ってて」


 目を血走らせて語る大路にもツキガミは凪いだ夕の浜のように静かだった。発憤できない怒りのせいで食って掛かりたい大路はかろうじてそれを抑えている。彼は思っている。被害に遭って嘆いているのは自分たち家族だけではないのだと。


「われの力全部を使うのは当然じゃ。神としてそれだけの責任を感じておる。だからわれが力を使えば最後、やつに食われておしまいじゃ。餌だけまいて一杯食わされるのがオチであろうな。復活したとはいえわれはまだ本調子ではないのじゃ」

「ツキガミ様……」

「瑞穂にもすまない。きゃつを殺すな、というつもりはない。ただせめておもんぱかっておいてほしいのじゃ。物事には道理があり、なるべくしてなるなら、それなりの原因もあるのじゃ」

「原因が取り除ければここまでの被害にはなってないと言いたいのか。詭弁だな」

「そうじゃ。疫病神のように忌み嫌われる存在に落ちてなお、やつの心には――いや、詮無い話じゃ。忘れてくれ」


 遠い空を仰ぎ見るツキガミには何が見えているのか、それは只人ただびとたちにはわからなかった。哀愁を漂わせる神の本心を読むすべなどないのだから。





 入道雲が高く積み重なっていくのに、どこか緊張感が伴う。

 ケガレとこの夏に起きていた変化を照合し説明しおえた瑞穂は問いかける。


「私はツキガミ様と一緒に戦う。だからここまで来てくれたけどみんなは、」


 震える瑞穂の手に手を重ねる男がいた。


「なーに一人だけカッコつけようとしてんだよ。そういうのはお前の柄じゃないだろ? レポートだって手伝えだの資料貸せだのと散々協力を仰いで迷惑かけようがへーきで笑ってトモダチ面すんのが蕪木瑞穂ってやつだ」

「ばかっ真澄。あんたこそおせっかいすぎんのよ。その性格直さないといつまでたっても補欠よ。肝心な時にビビって得点元になれてないじゃない!」

「うるせえ! ってか俺レギュラーなんですけど!?」

「ふたりとも喧嘩はおやめなさい。この撫子がいるのですよ、うまくいかないわけありませんわ!」

「おいおい撫子。まるで天運が味方したジャンヌ・ダルクのごとき勇猛さだが……お前こそポンコツだかんな!? 大学に『小人さんがいた!』とか『ミイッケ』とかの間違い探し本もってくるやつがあるか!?」

「まあ真澄の分際で減らず口を叩くのですね。あなたこそ難波さんにイタズラにされて毎度毎度おもちゃにされてるじゃありませんの!」


 ふんぬと身構えて暴露した撫子の方が上手だった。しかも撫子の妙な言い方のせいで群衆の女子が色めき立っている。真澄のダメージは想像以上に深刻なようだった。彼は胃もたれしたように腹を押さえている。さらにいえば難波にも飛び火して、彼はエチケット袋を迷わず開いていた。


「おいそこのダメトリオ。よく今までやってこられたなあ。やっぱりここはウチらがおらんと、」と得意げに鼻先をかいて渚も乱入しようとするが、その声を遮ったのは。


「だめよ瑞穂。あなた寝起きだって私がいなきゃ時間通りにしないじゃないの、まったく」

「赤森ママ登場だにゃ〜〜」

「猫ちゃんってばママはないよ!? 同級生でもせいぜいおかん止まりだったけど!?」

「おんなじだにゃあ? その年で子連れなんて、森ちゃんかわいそうに……」


 おーいおいと鳴き真似をする猫枕。ちらっと赤森の方をうかがえばぷくっと頬をふくらませている。からかいすぎた猫枕はガオーと爪でひっかくようなポーズをとりあざとく謝罪した。


「森ちゃんごめんニャッ!」

「くぅぅぅ。後輩が小憎らしい!」


「ふう……」


 微笑ましいふたりのやりとりをみていた撫子は決意のまなざしをしていた。

 よほど腹に据えかねているのか、腹に力を入れて深呼吸をしている。


 今まさに。こうしてだべっている間も生き物をどんどん飲みこんでいるケガレに堕ちた神獣。オタクロが持ち出したロボットではないが、数多の生き物を吸い込み融合してパワーアップしているだろうことは容易に伺えた。


 打開策のない戦況。それでも活路を見出そうと一人一人が考えている中、情けない弱音が聞こえる。


「そんなのどうしたらいいの~~っ!!」


 中央からうわーんと泣き言が漏れ聞こえてきたので全員がそちらに視線を向けて仰天とした、なぜならば。


「「「えええーっ、夏帆(ちゃん)・(クン)!?」」」


 周囲がぽかんとするのも当然だった。なぜか輪の中に交じっていたのは、ここまで合流した形跡のなかった、在る意味の天才、ただし紙一重な方の夏帆。彼女がいつの間に紛れ込んでいたからだった。


 存在が発見されたことを不思議がっている本人。衝撃を受けている彼らは固唾をのんで見守る。真澄などは突然現れた夏帆をさっきの話のせいで化けたケガレではないかと戦々恐々とした。


「いつからいたの!?」と希沙良が思わず尋ねていた。

「いつから……? 覚えてないけど、そこの秀才がギラギラして問答無用でぶっ殺そうぜってみなぎってる時かなあ、たしか」

「わりと大事なとこはいたんだ……」

「おいやめろ。その言い回しだとシリアルキラーみたいに聞こえるだろ!?」


 瑞穂に続いて訂正するように大路が声を上げる。顔をおおっている顔はよほどこたえたらしい。

 渚などは(え、違うん……?)と思っていたが顔だけは取り繕った。


「夏帆ちゃんも来たんだ。これで本当の意味で全員集合だね」と場違いにも道代は嬉しそうだった。

「状況は一向に好転しそうにないっちゃがね!」と脳天気だが紅矢が核心をついていた。


 道代に歓迎された夏帆は顔をおもいっきりだらしなくゆるめてから偉そうに陣取った。


「そもそもなんでみんないるの? もしかして記念日!? 海の日? 山の日? それとも……ええと、あ

わかった! 啓蒙けいもうの日でしょ!」

「ブフぅっ!?」


 我慢しきれなかった渚が腹がよじれるほど吹いている。吹き出した飛沫がかかったのか眼の前にいた憐れな真澄の顔面を拭きながらもツボってしまったのか笑いが漏れるのを繰り返している。

 

 ハンカチを渚から奪った真澄は自分の顔を拭き、しごく仏頂面で言い返した。


「ああそうさ。今日という今日はお前みたいな無知なやつを教え導いてやる日――なわけねーだろ! 敬老の日はしかも9月だ、この万念赤点娘が!!」


 赤ずきんの童話に出てくる狼のような構文で真澄がノリツッコミをする。

 すると夏帆は当然のように不快ですというアピールをしながらくってかかった。


「ギャー、真澄が意地悪いう! ひどい、絶許! いますぐ蹲踞そんきょしろよ、おらあ」

「俺はバレー部員であって相撲部員じゃねーし」


 乱暴な口調で謝罪を求める夏帆に呆れる真澄はなんでこいつはこんなに元気なのか、と思っていた。


「ぐすん。今日は超絶ラッキーデーのはずなのに……。買い物に来たら道行く人に巻き込まれて帰れないし、うえーんうえーん全部真澄が不幸体質のせいだあ」と号泣しだす夏帆。


「え……、夏帆ちゃん分かってて来たんじゃないの?」

「なにをお?」


 夏帆はなんのことと首を傾げて道代をみつめた。道代が丁寧に説明するとようやく理解がおいついたようで、カタカタと奥歯を鳴らしながら口にする。


「まさか舞台がここだとは思ってなかった……。でもちょうどいーや」


 夏帆はレジ袋の中をがさごそとあさり、ごわごわになった髪の毛をそのままにして無事な商品をみて満面の笑みを浮かべた。


「はいどうぞ」と瑞穂の手にそれを渡す。

「ん、なにこれ……、ああ」


 さすがに瑞穂も呆れてしまった。なぜなら夏帆が取り出したのは見覚えのありすぎる代物であったから。


「これ――いつもの『巻紙ペンシルシリーズ』よね? こんなもののために?」

「むがああああああ! 瑞穂ってばいつもそう! せっかくトモダチの分も買ってあげたのに、そーゆーのよくないと思います! バツとして瑞穂はおそろいにしなさい!」


 これ幸いと夏帆は罰則を言い渡す。瑞穂は知らないが夏帆は虎視眈々とおそろい・・・・を狙っていた。今命令文のようにでてきたのはたまたまだが。


「でもあたしペン……」


 瑞穂が困ったようにつぶやくのを夏帆は聞き逃さなかった。


「それは自腹で買ってよね!」


 瑞穂は、どうやらアフターサービスまでは行き届いていないらしいと夏帆の気遣いのなさを感じて笑う。


「用意させる気マンマンじゃないの……まったく」

「うん! よろしくね、瑞穂! あたし楽しみにしてるー、にひひ」


 よくもわるくもマイペースで表情も機嫌もころころ回転させる夏帆。あの大路をもってして目を白黒させるトラブルメーカーっぷりであった。



 どうして瑞穂の仲間たちはこうも空気を霧散させる才能に長けているのかと思わずツキガミは笑ってしまった。これも若者の特権だろうかと。箸が転んでもおかしい年頃とはこのことかと感心しながら。


「ふ、ふふっ、よき友に恵まれたな」

「あー、ツキガミ様まで笑ってますね? それ、あなたも入ってますから!」

「なんと! それは心外だ」

「真面目に返されたんだけど!?」


 白けていた場がどっと湧く。

 夏帆のおかげでお通夜ムードだった空気が改善した。空気清浄機の役割を意図せず果たした夏帆をねぎらって紅矢と渚が音頭を取りながら彼女を操るようにダンスで誘導する。不慣れな夏帆は「うわわわめがまわる??」と混乱し、「目と耳がやられて脳がぐらぐらするう」と頭上に見えない星を描いていた。

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