第35話 功労者と支援者

 さっきの面々に加えてこれで車チームの希沙良・玲奈・撫子・道代・難波の大学生たちが合流していた。



 火照った顔を手であおぐ道代は今更ながら興奮しすぎていたことを恥じている。そんな道代は瑞穂の後方で自分たちをみつめる存在に注目する。


「あちらの方が神様ですか? たしかお名前は……」


 この時、全員の視線がツキガミへと向かった。ギャラリーたちも人外めいた彼の言葉に耳を傾けている。

 沈黙を破ったのは清流のような声音。


「われは天照常夜てんしょうとこよ月見大御神つきみおおみかみ。この街では月夜如来神つきよにょらいじんで通っているが、今はツキガミでよいじゃろう」


 正しく真名を告げるツキガミの気迫に周囲は見とれていた。

 ハっと意識を取り戻した希沙良がツキガミに向けてお辞儀おじぎをする。


「おばあちゃんがいつもお世話になってます」

「ほほお。そなたがわだち屋のむすめっこの孫か。たしかに、若い頃のミツエに似ておるな」

「そうですか、ね……? そういえばおばあちゃんの昔の写真なんて見たことないかも」


 希沙良の祖母の面影の話が出たところで、復活した玲奈が悲鳴のような叫び声をあげた。


「どっひゃあ!? ってか顔めっちゃよき? まさにカミって感じで顔面偏差値高すぎてうちらかすむんだけどッ」


 そんな玲奈の態度に注意をする希沙良。


「神様相手にいくらなんでも失礼じゃない?」

「あ、そっか。ごめんなさい」

「よいよい。砕けていてもわれは構わんぞ。そなたからはきちんと敬意が感じられるのじゃ。無礼ではないから口調はそのままでな」


 希沙良は目を丸くして尋ねた。


「そんなことも分かるんですか?」

「われは神じゃからな。信仰心にはちと敏感なんじゃ。一応神々のえねるぎーのようなものじゃからな」

「ほへえ。やっぱり神々しいですねえ。この方が瑞穂さんが前に話していた世界の危機に現れた方なんですよね!?」

「あれ本当だったのか……」

「われは昔からこの街にいたがなあ」


 オタクロが人知を超えた存在の説明に感心している。難波は引いてた話が実話だったことにめまいがしていた。


「心配りがあるならうわべはどうでもとは言わんが、われは多少砕ける程度なら問題にはしない」


 おお〜〜と瑞穂を抜いた全員が脱帽、といった感じで拍手をしている。



「して、これが瑞穂を支える仲間たちか」


 結集した面々を右から左へ眺めるツキガミ。彼らは照れくさそうにツキガミの視線を受けていた。


 と、瑞穂はその環に抜けていた、とある人物に気づいた。


 彼は背中をこちらに向けてなにやら警官とやりとりをしている様子だった。抜け目なく情報交換している、冷静なその様子に、瑞穂の口角が自然と上がる。


 仲間の輪を抜けて走り出した瑞穂にぽかんとする周囲。全員が今回の立役者が離れたことに「え?」といった反応をみせていた。ただしツキガミだけはにこにことその様子をほほえましそうに見守っていたが。



「大路くん!!」


 瑞穂が後ろから声をかけると驚いたように振り返る大路。瑞穂の様子に何事かと振り向いた彼だったが、急ぎでないと分かったのか、手だけをあげて合図を送った。……――が、瑞穂がそれを許さなかった。




 目を丸くして距離を置いている仲間たちと、戸惑った雰囲気で居心地悪そうに瑞穂の隣に置かれている大路。こっちこっちと強引に連れてきた瑞穂はそれはもう嬉しそうに破顔し仲間に彼を紹介した。


「大路くんもいっぱい助けてくれたの。ね?」


 瑞穂が言い切るやいなや玲奈が発狂した。


「ぎゃー王子じゃん!? 瑞穂ってばいつの間に!?」

「……うるさい」


 その不名誉なあだ名に一気に不機嫌になり眉根を寄せた大路。彼は玲奈の叫びに耳を塞いだ。

 なにも知らず、なにもなかった面々はただただ唖然としていたが。

 この中で二名だけ、それに該当しない者たちがいた。

 教室で一悶着あった道代と真澄が大路をにらみつけている。


 ところがある意味で一番関わったのに全く知らない撫子が大路に近づいた。ポーチから傷薬のボトルと自然治癒力を高める設計のゲル状の絆創膏などを取り出して腕にポンポンと押し当て始めた。

 むしろ撫子の変貌をみていた大路がぎょっとしている。

 心なし引いている大路に瑞穂は笑いをこらえている。面白くなさそうな大路は瑞穂の手前かっこつけるように「いてえ」とだけつぶやいていた。


 瑞穂は仲間たちに補足した。


「みんなと関われてなかった間、色々あったの。うん。その時に大路くんが奮闘してくれていて、ほんとに、っ私、一人だったら、諦めて……、全然、 なにもできなかったかもしれない」と、引いたはずの涙が落ちた。


 その形を励ますようにそっとたたく大路。

 涙を拭って瑞穂はうなずく。


 それを確認するとぷいとそっぽを向いた大路。それはだれがどうみても気恥ずかしくて赤くなった顔を隠すように顔をそむけているとしか思えなかった。 

 でも最後に一言だけ「蕪、……瑞穂ならそんなことない。きっとどんな形でもやり遂げたとおもう」と付け加えたのだった。


 なんだかふわふわの綿あめのような空気感に毒気を抜かれた面々。すでに難波など苦しげに胸をかきむしっている。息も絶え絶えといった様子で酸素を求める水槽の中の難波はビシバシと肌で感じる少女漫画のトーンの気配に顔を渋くしている。そんな彼に胡乱な視線をよこしてやった赤森は黙って失礼な仲間を鼓舞折檻した。


 大路と瑞穂が打ち解けているのを真澄や道代は今度こそぽかんとみつめることしかできなかった。『『いつの間に……?』』とふたりは心の声を同じくしていた。





「なによこれ!?」


 突然の着信音。なにか思わしくない通知を見たのか突然叫んだ希沙良の方へ注意が向けられる。彼女はスマホをみながら何事かつぶやいていたが、皆の方へ振り返る。


「登録してあるRSSリーダーから最新の情報きてて、それ見たんだけど……」と前置きする希沙良。


 彼女は瑞穂の舞が始まったあたりで街の変化に関わりそうな単語をいくつか登録しておいたらしい。それが今ヒットしたことで――。


 チェックしたSNSをみせる希沙良。


 

 例のケダモノめがけてまっしぐらに駆け寄る、生き物たちの大進行がそこに映っていた。

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