第34話 結集の交差点
舞台上から降りた瑞穂は、対角線上で信号機同士をつなぐ横断歩道を軽やかに渡って、滞留場所にいたツキガミに抱きついた。
瑞穂はようやく救われた心地がしていた。慈しむように受け止めたツキガミの存在にようやく安堵したのだ。自分の犯した失敗を思い出して涙ぐんだ日。ここまで多くのひとに支えられ助けられ今があることに感謝した。
送られる数々の拍手。その拍手を受けていた瑞穂は自分のもとへ歩み寄る者がいるのに気づいた。
顔をそちらに向けた時、瑞穂はあらためて向けられる視線の多さにおののいた。
舞に夢中になっていたことで途中から意識していなかったらしい。気恥ずかしげに髪をもてあそんでごまかしている。ツキガミはそんな瑞穂の背をそっと、押した。
まず真澄が瑞穂と肩を組むように飛びついた。
「よっしゃ! ……なーんかわかんねーけどうまくいったんだろ?」
「ふふ、まあ」
瑞穂はにやけそうになる口元をおさえつつ真澄に返した。いつもどおりに接する気さくな友人の態度がいまは妙にうれしかった。
瑞穂のその反応に気を良くした男友達は瑞穂の背をバシバシと叩いた。
「うあ!? 痛いって!」
「あ……わりいわりい。ついいつものくせで」
「もー、たくましいバレー部員と一緒にしないでくれる? これでも一応あたし女なんですけど」
「知ってる! お前が最高の女友達だってな!!」
普段は口を出せばやれこんな女友達やだだのやれ初対面の印象詐欺だのと文句ばかりいうあの真澄が珍しく素直に自分のことを誇っている。瑞穂はなにかとおせっかい焼きな彼の心根に緊張感が霧散していくのを感じた。
瑞穂の表情が緩んだ頃、さらに見知った顔が増えた。
「そういえばみんなも居たわよね」
瑞穂が口にすれば、学友たちはさも当然のように返した。
「あれだけ派手に目立ってれば来ないわけにいかないじゃない」
「そやね。瑞穂にしてもどえらい変身しとったしな!」
「そっちゃ! めっさ似合ってるだ」
赤森の返答に続く形で渚が褒めて、紅矢が同意した。
「変身って……ただコスプレ衣装着ただけじゃない」
「いやいやそないなことないで。ホンマ。近くで見んと気づかんかったさかい。よう化けとったわあ。化粧のせいかいな」
着替える前に大路が差した紅のおかげだろうか、と瑞穂は思い出して頬が熱くなるのを感じた。
渚たちは不思議そうな顔をしている。そんな彼女らをごまかすようにお礼を言った。
「ふふ、ありがと」
「それにしてもすごい熱気ですね! ……僕みたいなモヤシにはちと厳しいっす……はいぃぃぃ」
ここで、交差点内で踊っていた瑞穂に加え、単独でやってきた真澄、さらに渚・赤森・猫枕・紅矢チームとオタクロが合流した。
なんだか気づかれしているオタクロの様子に気づいたのは瑞穂だけではないようだった。
「おう。織田もひとりか」と真澄が爽やかに声をかける。
「あ、いやあ。さっきまであいつ……あーっと委員長もいたんすけど帰っちゃったす」
オタクロは片手をあげて真澄に応えてから瑞穂にも「コングラッチュレーション!」とねぎらいの言葉を贈った。
「あの委員長がか?」と不思議そうな真澄。
「注意にでもしにきたのかな? あの子もほんと真面目ねえ」と赤森は普段の委員長の様子を思い出しながらくすりと笑う。
「いや恥ずかしがって敵前逃亡しただけですよ。……まったく!」
不甲斐ない、と一応幼なじみのことを弁明したオタクロは殻を破りきれない彼女に呆れつつ語ったのだった。
「それにしてもすごかったですね。瑞穂さんの加勢なんでしょうけど、なんかいろんなひとがいますし」
「そうだよな。あー、俺もめっちゃ濃い人みたぞ。刈り上げた髪にファッション雑誌みたいなキマったファッションだったけど、現場で急に脱いで体操教室開いてたぜ」
「あ! それ多分私のダンスのセンセだよ」
「教室にでも通ってるの?」
「まあ。例のツテでね」
「ん?」
ウインクしながらの瑞穂の答えに赤森は不思議そうな顔をしている。
すると瑞穂たちがいる地点にまでエンジン音が聞こえてきた。スクランブル交差点まで勢いよく入ってきた車がタイヤを鳴らして曲がり切る。瑞穂たちの前に滑るように横付けされたミニバンは窓が塞がれ独特の白い看板とスピーカーが積んであった。
いきなり現れた車に驚く瑞穂と学友たち。
不思議がってみなで覗いていると車のドアが開いた。
運転席から男性が出てくるが見覚えはない。仲良く首をかしげる赤森と猫枕。そんな彼女らに会釈をすると白い歯で笑った男性は後ろのドアを開けた。
その中年男性に手を引かれながら、優雅にワンピースのスカート部分をつまんで降りたのは――、
「素晴らしい舞踊でしたわ」
「えっウソぉ!?」
彼女に気づいた瑞穂が元気に名を呼ぶと撫子もふんわりと笑う。本人であるのを見た真澄は慌てて瑞穂の背に隠れてしまった。タッパがでかいバレーボール部員なので全然隠れられておらず渚などには足蹴にされている。それでも真澄はかたくなに出てこようとはしなかった。
真澄を無視して渚が車内のメンツに話しかける。
「なんやド派手な登場しおったなあ」
「あはは……こんなつもりじゃなかったんだけどね。あら、舞台の方はおしまい? 遅かったかな」
希沙良が説明している間に注意がそれていた真澄は背後をとられて仰天とした。小動物のように萎縮する真澄。背中の布地を引っ張った撫子の口はゆるめられたままである。
撫子はまず後ろの瑞穂を激励した。
「瑞穂、お見事でしたわ! 友として、わたくし鼻が高いですの!」
「わああ、ありがとう! そっちはこの暑さとかひっくるめて平気だった?」
撫子はそれがですねと頬に手を置きながら前置きした。
「屋敷にいても暇で暇で……もう元気が有り余って仕方ないんですのー! だからとても楽しめましたわ」
にっこりと頬んだ撫子は今度は怯える真澄に語りかけた。
「その節はご心配おかけしました。瑞穂も真澄も気を悪くしないでくださいまし。悪いのはあなた達ではありませんの。原因は相変わらずですが、わたくしは今日も元気いっぱいですわ!」
「そ、そうか……」と照れくさげに返す真澄。
撫子の言葉に安心した真澄がようやく瑞穂の背から出る。
仲直りのような空気になり変にこじれることがなくなったことで友人ふたりをみつめる瑞穂。
真澄は意を決し、けじめをつけるように重い口を開く、が。
「あの時お前のこと、俺、」
「あ。それはもう 玲奈ちゃんから聞いたので十分ですわ。わたくしもその時のこと覚えてませんし」
「玲奈~~ッ!!」
「撫子ってばバラしちゃだめじゃん! ウケる~~」
恥ずかしくも悩みで縮こまっていた真澄が車内の暴露主を振り返って憤る。青くなったり赤くなったりと忙しい友人に玲奈は笑いが止まらない。ぎゃはははと笑う玲奈の笑い声が周囲には響いていた。
ともだちの存在を確認したこの中で背の低い猫枕が撫子に駆け寄る。
「撫ちゃん久しぶりだにゃ~~」
「まあ猫枕さん! わたくしも会いたかったですわあ」
撫子にべったりな猫枕を赤森がやれやれと引き剥がすが撫子は構わずハグに応えている。一学年下の猫枕を撫子が甘やかしている間、眉間にしわをよせていた渚がとうとう耐えられずに叫んだ。
「ってかこのおっさん誰ぇ!?」となぞに筋肉質な中年を指さす。
「え、知らないの!?」
遅れて下りた希沙良が推しの存在を認知していない相手に衝撃を受けていた。ちなみに渚の指は能面のようなウグイス嬢に丁寧にそらされ、あの渚がビビっていた……――一方、乗り物酔いしやすい難波がうらめしげに猫枕をみつめている。
「ちくしょう……僕も女の子にやさしく介抱されたい! ……こんなでくの坊じゃなくてッ!!」
「喧嘩売ってんのかあァ!?」
「チッ、撫子くんに許されたぐらいで調子に乗るなよ。僕はお前のはずかひいかききょをひっうぶぶ」
「うわあああやめろやめろここで吐くなばか」
軽口で返した真澄だが、口では不満たらたらでも乗り物酔いのせいで限界を突破しつつある困った友人を、彼は丁寧に介抱していた。持参のビニール袋で。……きちんとボーダーラインの内側を超えて飛沫が届かない距離感を保って。
集合した仲間たちの熱量に押されているとそんな瑞穂の両手をがっしりと掴む道代。
道代のまぶたは真っ赤に腫れていた。おまけに未だに瞳はかがやく水面のように涙で光っている。
「瑞穂、すごかったね!! わたし、ああだっじいい……感動じでっ、もうっううう」
難波とは別の涙を必死にこらえているようだ。ついでに鼻をならしている彼女をみて希沙良がポケットティッシュをそっと渡した。受け取った道代は激しい勢いで鼻をかんでから瑞穂にくるりと向き直った。それでも言葉がつかえてでてこない。声優の特番の感想ならいくらでも出てくるのにと自分の語彙力に責任転嫁しながら瑞穂の手を嗚咽しながら握り続ける。
あまりにも必死な道代の姿に瑞穂はすんなりと言葉がでてきた。
「道代ったら泣きすぎ。でも……、感謝してる。道代があたしのことヒーローだって支えてくれたから私、最後まで踊れたの。だからお礼を言うのはあたしの方」と。
夏の間にできたばかりの友人関係。それでも出会ったばかりの頃瑞穂が口にした言葉のように大切に信頼を積み上げた結果だ。感極まった道代は思い出を回想しつつなまりまじりに泣きじゃくる。沿道のひとがぎょっとして二度見するレベルで号泣する彼女を隣の希沙良と共に瑞穂が支えるのだった。
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