第31話 衝突と演説2
「やっぱりどこもかしこも立ち往生してるわね」
「うう、早く瑞穂のもとへ行きたいですのに……」
少し遠回りにはなるが人混みを避けるルートを選択した希沙良たちは青海川上のかがり橋を渡っていた。
遠目にみえる路上では人々が家族に連絡をしたり、情報を交換しつつ、この渋滞が解消されるのを待っていた。
「ええ。 ん、あれは……?」
希沙良と撫子が会話しているとなにやら騒がしい声が聞こえてくる。視力のいい玲奈が言った。
「なんかおじさんが警官の胸ぐらつかんでる……? どういう状況だ、これ」
近づくことで渋滞に自分の車が巻き込まれたことで中年男性が腹を立てていることがわかった。周囲の人と共に交通整理をしている警官に向け怒鳴っている。
「早く車をなんとかしろ! レッカーでもなんでもまず俺のを優先しろ、俺がトップだ、まず俺を助けてからにしろ!!」
「困ります、市長。あなたの自動車だけ優先するわけにはいきません。たしかに非常事態ですがそれならお車だけ置いて……」
「うるさいぞ! 俺を誰だと思ってる!」
「そうだそうだ、現職の市長はこの方だぞ!」
金ならいくらでもやるから動けと男は口にする。
「できません。我々は国のため、国民のための組織です。けしてあなたの駒ではありません」
賛同する支持者と一緒になっていちゃもんをつけている相手がまさかこの街の市長だとは思ってもみなかった面々は黙り込んでしまった。希沙良にいたっては頭を抱えて口にした。
「噂には聞いていたけどほんとだったんだ。立派な親御さんの後を継ぐ形で支持を伸ばしてるって話だったけど、親の七光りの典型例じゃない。べつに私物で高級車乗り回してようが構わないけど、あんな態度の人がこの街の決定権を握ってるなんてどうかしてる……」
「今俺のことをバカモンといったか、そこの小娘!」
「やっば! 微妙に勘違いされてるけど、聞こえちゃってるって、希沙良!」
「べつにいいじゃない本当のことなんだし。有権者がその姿勢を批判してるだけでしょ。文句があるなら日頃の行いを改めてほしいもんだわ」
青筋を立ててあいていた拳を握り込む市長。警官の胸ぐらを突き飛ばし、こちらにむんずと歩いてくる。撫子は不思議そうな顔をしているが、希沙良はやる気だわで、玲奈の心臓が縮み上がる。
「ふざけやがって。お前らみたところ大学生かあ? いいよな自由にサボれるご身分で。生意気にも仕事で忙しいこの俺に無礼な口をきくなんて親の顔がみたいもんだな」
「はああ?」
売り言葉に買い言葉、希沙良が親のことまで皮肉られて言い返そうとするが。
パシャン。
紙の容器に入っていたミネラルウォーターが希沙良の顔にかけられた。
頭からかかった水のせいでずぶ濡れの希沙良はなにが起きたのか、すぐには判断できなかった。
そんな友人への攻撃に玲奈はもちろん撫子も眉間にしわを寄せて口を開く。
「そこのあなた。何したか分かってますの!?」
「フッザケンなよ、このオヤジ!」
「うるさい連中だな。井の中の蛙に大海原の広さを教えてやっただけだろう? 大体、親の庇護もなきゃ食いっぱぐれるガキどもが。えらそうに政治に口出しするな」
最低っと玲奈が後先考えず抗議しようとした瞬間、彼女らの間に割って入るなぞの人物。
「落ち着きなさい。君、彼女にタオルと落ち着ける飲み物を! 君たちはちょっとこれを預かっていてほしい」
「え、あ、はあ……」
理由もわからぬままタスキを預けられた玲奈は困惑しつつ了承した。
希沙良の状態を気にするふたりの前に若い女性が車内から飛び出してきた。彼女はてきぱきとした動きで緑茶の容器を差し出し、希沙良の顔や髪を大判のタオルで丁寧に拭いていく。「だいじょうぶですよ」とやさしく声をかけながら。
最後には差し出されたタオルを自身の肩にかけて、希沙良本人はようやく何が起きたのかを理解したようだった。
……が、なぜか真っ赤な顔で興奮気味になっている。
理解がおいつかない玲奈と撫子は顔を見合わせた。
ことの成り行きを見守っているとついに助っ人が動き出す。
「なんだ貴様! また俺の邪魔か!! でしゃばりやがって!」
「口を慎むのはあなたの方ですよ、磯井五郎さん」
ぴしゃりと言い放った男はなぜかジャケットを脱いだ。
ボディビルの規定ポーズであるフロントダブルバイセップスで市長を形だけ威嚇する、その男。
続いて吐息を吐いて、玲奈たちに魅せるように背中をみせる。たくましい脊柱起立筋、広背筋、僧帽筋をみせつけるようにしてポージングをバックラットスプレッドに変えた。
「あとはこの船越栄二郎に任せなさい」
社長とその秘書さんだろうかと思っていた玲奈は唖然とした。その名前には聞き覚えがある。ゆえに親友の方を振り向き、男を二度見し、そりゃもう把握したという様子で納得する。
「このひとプールで話してた希沙良の推しじゃん!!!!」
玲奈がバカでかい声で叫んだ。そのせいで周囲の注目を集めるが、希沙良が気にしたのはそこではなかった。
「ちょっとやめてよ!」と恥ずかしげに頬を染める希沙良。
「いいじゃんご本人登場だよ〜〜。ひゅ〜〜ひゅ〜〜、やっるう。案外イケオジじゃん」
「ははは、困ったな。まさか若い子が私を推しだなんて。おじさん照れてしまうよ」
あくまで真摯な応対に希沙良の熱意はますます上昇した。
そして彼女は誰にともなく言い訳をする。
「べ、べつにアイドルみたいに推してるわけじゃないし。あくまで、そうあくまで、よ。政治家としての心がけやその姿勢に感心しているからであって……一有権者として見てるだけだから!!」
「なるほど。こちらの方が磯井五郎さんと市長選挙で争っている船越栄二郎さんでしたか」
秘書ではなく彼女は自身をウグイス嬢だと説明し、代わりに船越について答えた。
「はい。船越は今回の市長選で出馬を表明し、選挙運動期間の今、街頭で呼びかけを行っているのです。ほんとうならばこれからメイン通りの交差点まで赴くところなのですが、ご覧の渋滞にはまっていたところあなた達と磯井氏に遭遇した、というところです」
「そういえば選挙ポスターあったね」
「掲示板にも顔写真ありましたわ!」
キャッキャと興奮してはしゃぐ玲奈と撫子。
「ええい、忌々しい。ガキどもの支持を受けたぐらいではしゃぎやがって!」
「私らの
男気とともに自慢の肉体美を披露している船越。すっげぇとかやべえと撮影している玲奈にも文句一つも言わなかった。むしろ得意げにポーズを決めている。
「幸せはだれかの不幸の上に成り立たせていいもんじゃない。同じように人が人を物のように扱うのは違うでしょうよ。わたしたちはみんなでいっしょに苦しむんです。うんと悩んで、考えて、それで明日につないでくんでしょう? 未来が良くなるように」
「ふん。綺麗事を。ぺーぺーの新人が生意気いいおって。貴様だって慈善事業をしてるだろ? 毎度あんな態度でいろというのか」
「私は手を差し伸べているんじゃありません。助かりたい人が自分の足で立てるよう協力しているだけ、それだけです」
「だからなんだと言うのだ。ハハッ、まさか一票の重さでも説くのか? 多ければ勝ちなんだ、それが勝者の重みだ」
「……呆れましたね。一票の価値、ですか。みんなそれぞれに故郷がある、大切な人がいる、生活がかかっています。一票の重さは
意図せず磯井氏と船越氏の討論のように盛り上がっている口論。船越氏の演説を聞きつけて野次馬たちが続々と集まってくる。分が悪いと判断したのか、磯井氏は逃げ出そうとするもそれを船越が握手で止めた。
「貴様……離せ。俺にその手の趣味はない!」
「生憎ですが私もです。ですが最後に一つだけ。敵対候補者としてお伝えしましょう」
船越は低くうなるような声をだした。外野には聞き取れない攻防があった。
「市長としては認めざるを得ないでしょうが、……
「ッ……!!」
絶句している磯井氏。甘いマスクだの筋肉ダルマだの言われる相手を舐めていたことに気付かされた。
そしてバカ息子だ七光りだなんだと言われてきたが、志だけは立派だった昔の矮小な自身を思い出し、黙り込んでしまう。
「馬鹿力め、いいから離せ」
船越の手を強引に振り払う。
希沙良の方をみながら磯井は言った。
「詫びは改めてする」
「結構。それではみなさんは私が連れていきましょう」
開いた口で船越に尋ねる希沙良。船越は動画のことを持ち出した。
「聞こえていましたよ。この子のもとに行くのでしょう? 旅は道連れ世は情け、われわれも微力ながら協力しますよ」
「微力なんてとんでもないです! でもいいんですか?」
「言ったでしょう。目的地は同じなんです。さ、急ぎましょう」
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