第30話 衝突と演説1
執事の運転する車で瑞穂がいる舞台へと向かっていた撫子だったが、駅の方に向かうにつれて車の速度は落ちていった。
「あら? 止まってますの」
「事故でしょうかねえ。全然動いてませんよお嬢様」
「困りましたわね……」
メインストリートのスクランブル交差点につく前についに立ち往生の列に巻き込まれてしまう。
流れることなく完全に停止している車内で撫子は思案していた。事情を知る撫子はこれがおそらく舞台の影響だろうと察していた。このまま車に乗っていてもらちがあかないと判断した彼女が座席を立とうとすると、窓の外からコツンという物音がした。
顔をあげるとそこに居たのは大学の同級生たちだった。
「やっぱ撫子じゃーん! おひさ〜」
「まあ、玲奈さんに希沙良さんではありませんか!」
「ほんとね」
「いやあマッジ久しぶりじゃん。偶然だね! あれだっけ、事件以来? 元気してた? つーか具合大丈夫!?」
頭を乗り出す勢いで話しかけてくる
「体調は平気ですの。外出しても問題ありませんわ」
「よかったー、うちら心配しててさ。とくに、えーっとあれだ、真澄だ、あいつも心配してたよ。撫子のこと拘束してよかったのか……? って自問自答してやんの! プププ」と玲奈が暴露している。
「ふふふ、彼らしいですわ。ところで偶然ではありませんの。これは運命、そうデスティニーですわあ! 私達で瑞穂のこと助けましょう、いわば運命共同体ですね!!」
「……あ、そ、そう……」
若干扱いに困る撫子の天然っぷりは健在だった。
撫子はふたりのもとへ向かおうと扉を開ける。日傘をさすと運転手の方を振り返った。
「あっちょ、お嬢様っ、お待ち下さ」
「行ってきますわ。それとお父様たちには説明しておいてくださいまし」
執事が言い終わる前には撫子は車を下りていた。奔放なお嬢様に振り回されがちな運転手は唸り声をあげながらその手を撫子の方へ伸ばしていたのだった。
(よりにもよって宗教のツボ売りとかついてない……)
押し売りから逃げたい彼だったが、がっしりと腕を絡められ、なんなら出口を通せんぼされているせいで身動きがとれなかった。痴漢だのと騒がれても厄介だし、まさか乱暴にするわけにもいかず、冷や汗をかきながらハニートラップ仕掛けの押し売りを丁寧に拒否していた。
まさかまさか困っているそぶりをみせた女性に親切にしたらカモ認定されるとは思いもしなかったと過去の自分に彼は語りたかった。
眼力が普通じゃない時点で気づけよ……、と。
(あ、これやばいやつ……)と気づくも時すでに遅し、難波はかれこれ十分はこの有り様だった。
突然店の扉が開いたと思ったら、緑と茶色の迷彩服の男が入ってきた。
「ここは危険です!! ただちに緊急避難してください」
自衛隊が催促する中、パニックに陥った女性はツボも自分のことも放置して、真っ先に逃げ出した。
これ幸いと難波も逃げ出すが、その時彼は目撃した。
自衛隊と戦闘する――そいつを。
パンサーのようだが姿形がはっきりと定まっていない見た目の大型猫科動物。
見たことのない生物との戦いで負傷している自衛隊員。交戦する彼らはサバイバルナイフ片手に一般市民を逃がすため全力で戦っている。爪でえぐられたのか深い傷を腕に負っている人もいた。
現場で指揮をとる自衛官の突撃の合図が響く。
挑発するように舌を出す獣。唾液が地面にぽたぽたと落ちる。反射的なものか、ぐええっと毛玉でも吐くような勢いで白い腕が出てくきたのに難波は思わず立ち止まってしまう。
見間違いであってほしくて、もう一度確認しようとした難波であったが、自分たちを守る自衛官の必死な呼びかけに足早にその場を去る。
「現実味がないな……」とひとりごち、彼は駅前の広場から出る自衛隊のトラックに乗った。
それでも震えが止まらない。あの時みた女性の腕のせいで、難波は手渡されたペットボトルにさえ口をつけられない。トラックはメインストリートとは反対方向へ、南西方向へ走り出した。
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