第29話 応援団の声援3

 現場は不思議な熱気に包まれていた。それでも、事情を知っていたり、気持ちを汲めない者もいた。

 強引に車のドアを開けて通行人を退かすようにがなり立てる坊主頭の大男。

 盛り上がっている彼ら彼女らに、唾をはく勢いで怒鳴る。


「どないなっとんねん! あんたら通行の邪魔や。とっとと退きい」

「はあ!? いきなり出てきおってなんやのこの失礼なおっさん!」

「おうおう小娘、口の聞き方には気をつけぇ」

「なんや、しばいたろかぁ?」

「ああん? よう言いなさんなぁ。おまえらこそ失礼なやつやで、ほんま」


 一触即発の空気、そこへ、大男のうしろから男の子が走ってきた。

 騒動に巻き込まれたらかなわない。

 そう思った紅矢がかばおうとすると――、「おとうちゃんんんーはやぐおまづりみだいいいいいい」とわめき出す少年。

 彼を高く抱き上げるおっさんの顔は父親のそれだった。


「おうおう、すまない。おまえも退屈やろ、そや、あの露店でたこやきこうたろな」

「タコさんウィンナーがいいぃぃぃ」


 少年を抱えて大男はなぜか出店している露店に向かってしまった。

 気が抜けた渚たちに、露店のおっちゃんがウィンクしている。

 関係者だろうかと小首をかしげた猫枕。


 おかしな光景は徐々に広がっていた。


 赤信号を旗を振って渡っているのは、幼稚園児の集団。先導する先生の後ろをわいわいとついてくる子供たち。だがなぜかみんながみんなお遊戯で着るような着ぐるみ姿だった。恐竜さんもいれば、お姫様、はては松の木までいた。


「いやなんやのそのチョイス……」と渚はぼやいていた。


 幼稚園児たちは舞台の後ろに陣取ると、ラジオ体操をこの音楽のなかはじめた。おいっちにと掛け声をしながらほほえましい格好で湧かしている。通行人はおろか赤森まで口を半開きにして演奏を忘れていた。



 一方、オタクロたちおよび舞台正面では。


「あ? なんだってぇ?」

「しゃっきとしい。言いたいことがあるならお言い!」

「はあ、そうですかあ。焼き肉なんてもってのほかですよ、こんな老人に肉は食べられません。なんですって、ほお、店長は入れ歯が必要なんですかあ、わしらと同じですたい」


 クレームをいれようとしていた周囲の人々は老人たちの突然の登場に絶句した。杖をついたおばあさんは座布団をもってきた介護施設の職員にお礼をいって彼女にみかんを渡している。ついでにポケットにいれてあったあめちゃんを子供たちに配っていた。

 座椅子を広げてもらったおじいさんはカウンセラーに口を酸っぱくして思い出話を語る。巻き込まれたクレーマーたちは逃げようにも腕を掴まれて逃げられなかった。愛想よくして話を切り上げようにも、うなずけばうなずくだけ話は伸びた。

 薬剤師に質問しながら処方箋の説明を受けているおばあさんたち。熱心に錠剤の効能を聞いている人もいれば、中には椅子の上でうとうとと船を漕いでいる人もいた。

 院長に推してもらっている車椅子で通行人に挨拶をしていたおじいさんは、ふんと腕組みをして通せんぼに使命感を駆られている。


 そう、老齢バリゲートが築かれ、高い壁で場を制圧していたのだ。



 さらに真澄がいた交差点東側では度肝を抜く光景が。


 鶴岡シャンティでダンス教室を営む、……ヨガの講師を務めるマーガレットママは私服姿で彼氏と休日デートを楽しみつつ、お祭りのイベント会場を探し、歩いていた。手持ち無沙汰に彼氏の背中にいたずらを仕掛けていると――ママは白目をむいた。


 教え子の舞台に乗り込むおまわりさん……は、いいとして、不敬な輩と、必死に彼女を庇う謎のイケメンくんを。顔のいい男子のタマをかけた奮闘ぶり。

 ママも思わずタマが震えるのを感じた。そして教え子の成長に、歳のせいで涙もろくなった瞳を熱くさせて、ママは吠えた。ついでに指では、メールを一斉送信を果たした。


 ママのヨガ教室の顧客は意外な場にもいて、彼らの取引先でも有名だったことが功を奏した。

「いっくわよぉ、子豚ちゃんたちー。スペシャルレッスン、ゴー!!」

 

 ヒィヒィ、ハアハア言いながら仕事帰りのサラリーマンや夕飯の支度を終えた主婦たちが集まってくる、自前のマットを持って。


 マーガレットもさすがにアスファルトにマットレスだけでは心もとないと思ったのか、近くのアウトドアショップで寝袋などの布製品を買い上げて、即席の教室を開いていた。なんとかして教え子を応援しようとしたマーガレットであっが、ここに来て思わぬ同志・・との出会いがあった。なんとアウトドア用品店の店長はママのその道の先輩であった。

「小娘たちの応援くらい任しときな、ヒッヒッヒ」、と美魔女は笑いながらシールを貼った商品とともにレジ袋を手渡す。


 そしてマーガレットの彼氏はママに花を持たせるように、アシスタントに徹する。恋人の輝く姿にうっとりと頬を染めながら。


 マーガレットは教え子に向けて声を張った。


「ダチョウよ、ダチョウのように圧倒的な存在感で威風堂々と場を制圧するのよ、ヒメ!!」



 何を隠そうこれらは水森市と秋茜町の合同キャンペーンであった。ツキガミの指示のもと水面下で進行していた祭りの集い。ただし現在は「おじゃま虫作戦」としてそれが機能していたのだった。


 露店の店主たちは赤とんぼ商店街の関係者で、瑞穂からチラシを配られ、倉庫には提灯などを運び込まれていた。

 老人ホームうぐいすで瑞穂はカラオケを披露していた。若い子が歌うあどけない演歌に拍手を送っていたのが彼ら彼女らである。

 うたたね幼稚園でも瑞穂作の紙の飾りなどが届けられていた。こどもたちは瑞穂が苦心した内職を大いに喜んでいた。



 こうしてつながった縁が、今、瑞穂を助けている。



 さらにいえば実際にツキガミが投稿した瑞穂の寝顔SNSで興味もった少年が田舎町のお祭りにいきたいと騒いで父を伴っていたり。月光神楽という知らぬ名の舞踊に興味を持った観光客が街の文化に触れようとしていたり。


 様々な人が、思わぬ方向で、詰めかけていた。


「おまつりまだー」と、騒いでいた少年は口いっぱいにホットドックを詰め込んでやけどしかけた舌をソーダで冷ましていた。

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