第26話 ダンスショー上
熱せられた地面の上で揺らぐ陽炎、あるいは蜃気楼でみえる砂漠のオアシスのように。
まぼろしは在るのに実体はない舞台が広がったことで、周囲は言葉を失っていた。
神を召喚する、降臨の儀式。
手と手を合わせ、巫女服をまとった瑞穂が静かに頭を下げる。天に願い出るその様を、固唾を飲んで見守っていた大路が動く。
ツキガミの復活のため信号機の傍らに急ごしらえの祭壇を
段ボールを重ねた祭壇の最上部には神棚を、その脇には瑞穂のもとへ返ってきた三枚目の護符を
ゆっくりと瑞穂は神楽鈴を受け取るような仕草をする。
その後鈴を鳴らす動作をし、試しに鳴らしたそれを本格的に振るうような動きに変わった。
まるで剣舞のようにもみえる動きをスローモーションで繰り出す瑞穂。
縦横無尽に広がる重厚な空気感。けれどその澄み切った心地よさに人々は自然と舞台に目を奪われていた。
天に祈りを捧げる彼女の様子に見入っていた人の中からざわめく声があがる。
ビルの前で会話していたサラリーマンたちと喫茶店からみていた高齢者の指摘を受けて、交差点に侵入する二人組のお巡りさん。続くように、雑貨店の前でたむろしていた若者たちが見物に動き出した。
無断で交差点の占拠を敢行しているとはいえ舞はまだ途中だ。焦った大路は彼らを止めるべく、走った。
大路の制止を振り切り、瑞穂の3メートル前で停止したお巡りさんたち。
舞台上に近づこうにも神妙な顔で踊る瑞穂相手に、さすがに手を出すのははばかられたのか、忠告を発した。
瑞穂は、ただ真剣に舞う。その気迫に呑まれて彼らは相談し始めた。
その背後から若者たちがおもしろおかしそうに駆け寄ってくる。逆に警官がこの不可思議な現象の中での乱入を食い止めようとするが、振り切って舞台に登ってしまった。
待ちなさいという声もきかずに柄の悪そうな彼らは瑞穂の前に立つ。
若者たちは瑞穂にナンパのような声をかけながらその様子を録画している。触ってもつかめないミラージュのような瑞穂に笑い声をあげていた彼らは、瑞穂の頬に顔を近づけ――、
……ようとするその者たちに、大路はキレた。
容赦なく顔を近づけた青年に殴りかかった。勢いがあったせいか、重力に引かれて反転する体。ギリギリ手はつけたようだが、頬は腫れ上がっていた。
痛え、なにすんだ、殺すぞ、と仲間たちも騒々しく騒ぎ立てる。彼らはそばであっけにとられていた警官に「傷害罪」だの「暴行罪」だのと言い張り、大路を捕まえるように注文をつける。
大路は瑞穂を守るように彼女の前に立ちふさがった。
腕っぷしのよわい彼は乱暴に殴られようが応戦することはなく、ただ口を一文字に結んで、伸ばされる手を叩き落としていく。
一方的に攻撃している若者たちの暴挙にひそやかな声が漏れ聞こえる。
市民同士の喧嘩を黙ってみていることもできず、さらに瑞穂たちのせいで車からはクラクションが鳴っている。
お巡りさんは内線を繋いで指示を仰いでいる。もう片方のバディは若者たちに警棒をちらつかせ、大人しくしろと警告を出した。
それでもやめずに大路に暴力を振るおうとした青年らに笛の音を鳴らして、バディに合図を送った。
「……っ」
大きな音につられたのか、動作が中断してしまった瑞穂。
――今、
「構うな!!
転がりながらも、叫んだ大路。瑞穂は流れる汗を払うと、ハッとした表情で舞を再開する。
(大路くん……ありがとう)
瞳をきらめかせ、表情を改めた瑞穂。
歯を食いしばって耐える彼の献身を、健闘を、無駄にしないため応えようと腕を足を運ぶ。
脳内では
浮かぶそれらに合わせひとつひとつの動作を丁寧に再現していく。
取り憑かれたように踊る、狂気の演舞。
それは願い。
瑞穂の中にはツキガミと過ごした一夏の思い出があった。
トラウマの中の黒いカゲたちにどんなに笑われても、この想いだけは譲りたくない。
キリリと眉を上げて瑞穂はこの試練に挑む。
今、瑞穂の体を支えているものは彼女だけの意思ではなかった。
(私達は信じてるから)
胸が熱い。わたしは大丈夫だ。
たったひとりの舞台でかけらを拾い集めるようにポーズを一つずつ披露する。
初めての衆目の数に動揺する心を落ち着けた。
ともすれば膝が震え、天を前に屈してしまいそうになる。
深呼吸と浅い吐息とを繰り返して瑞穂は己が望む願望に近づくべく、舞台でクルクルと回る。
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