第21話 奇襲2
一転、焦りだすツキガミ。
「まずいぞ瑞穂。この気配……このままでは中にいるものは死に絶え、外にいる皆も滅んでしまうぞ! 今はまだあやつの存在はあやふやで生物でも神でもない実態なき存在だ。食われても飲み込まれるだけじゃ。じゃがもしあやつが禍々しき災厄となれば、中にいる者は力を吸われて干からび、外にいるものは湧き出る災害の餌食となるじゃろう!」
「みんな死んじゃうっていうんですか!?」
急に言われたことがとうてい受け入れられなくて喧嘩腰に返した瑞穂だったが、大路は冷や汗をかきながら生唾を飲み込んでいる。
「ああそうじゃ。すでに猶予はないじゃろう」
「そ……そんな……」
呆然とする瑞穂。その肩をしっかりしろという風に揺らしツキガミは続ける。天を指さして。
「現にあの日照りじゃ! 連日連夜続く熱帯現象、あれもやつの影響じゃ!! 大変なことになってしまった……ケガレの対応は、本来町を守るために瑞穂には神楽を舞ってもらいそれで結界を強固なものにするはずが、それではすまなくなった! 結界程度ではもう持たん。生き物たちの暴走、その歯止めがきかなくなるのも時間の問題じゃろう。太陽が輝きを増して月の加護が消えてしまうぞ!」
激しく揺すられた以上に、その内容が衝撃的で、言葉もでない瑞穂。
――狂ったのじゃ、すべてが。
ツキガミは歯がゆい思いで口にする。
「やつはわれが思う以上に力をつけておった。この力を食らうため急いでおるのだろう。弱った獲物を逃すほどの慈愛は持ち合わせていないとみた。いいか、瑞穂よ。今すぐここを立ち去れ!!」
でも、と瑞穂はツキガミを心配するように彼の肩に手を置いた。
間髪なくツキガミはその手を払い、目配せした大路に瑞穂を託す。
大路が瑞穂の手を握った。
「ガッガ、カイガメイエ。アジョガトドド? ……カアミ、ヲ前ラ食ウ。早クヨコセ、……ソノ力クォヲッヲヲオオッ!!」
言葉を交わす必要もなくなったとみるや、ケガレはカタコトのまま力を使い始めた。
「よりにもよって籠城鳥籠姫に金縁銭鐘神までとは……!」
輪が出現すると幾重ものそれがツキガミまがけて襲い来る。足首めがけて落ちる輪を、俊敏な動きでかわしていく。ツキガミの身動きを封じようとするその間も、首元には小銭のように輝く弾丸が届く。ツキガミの前髪が焦げて焼け落ちた。
劣勢のツキガミを時々振り返りながら逃げていた瑞穂だが、ついにその足が動かなくなった。怒鳴る大路をも無視してケガレと向き合うツキガミに加勢しようと瑞穂は反転する。
瑞穂には三度の接敵で油断があった。
危うい場面はあっても、三度の邂逅で逃げおおせたのは事実。
だから、今度も。
いや、今度こそとツキガミのためになろうと。
瑞穂は、返された護符をかかげ、とめる大路を構わず、言葉を発した。
だが、言葉は途中で途切れた。
「守、――……!!」
「待て!!」
気を取られたツキガミ。逃げる脚を止めた瑞穂に向かって襲い来るケガレの無数の腕。視覚から忍び込んだ腕に瑞穂が気づいたとき、には、――……。
「おおばかものじゃ。……じゃが、ばかなこほどかわいいのはなんでじゃろうなあ」
瑞穂を庇って攻撃を受けるツキガミ。
重量感のある音が、ツキガミの苦しげな声が、時折響く振動が。
すべてを、瑞穂にダイレクトに伝えていた。
避けられない攻撃の嵐。集中砲火に当てられるツキガミ。それでも神は人を守った。
そんなツキガミの行動をみて嘲笑する化け物。
「イイヨいいよぇおお」
嫌な予感がした大路はふたりのもとへ駆け出す。せめて瑞穂だけでも自分が連れ出せばあの神はどうにかできるのではないかと、彼は望みを抱いて走った。
息を切らせて走る大路は目撃する。
同じように異変を感じた瑞穂が、ツキガミを突き飛ばそうとするが、彼女の行動も遅かった。
ツキガミは、瑞穂のポケットから伸びる黒いトゲに、刺されていた。
ポケットにいれてあったのは、ハンカチでくるんだ水島恭介の腕時計だ。そこにまとわりついたシミのような液体、残滓から伸びるトゲに、ツキガミは貫かれていた。
「嘘……そんな…………」
あ、あ、と嗚咽を漏らす瑞穂を抱きしめるツキガミ。
色彩を失っていく瞳で瑞穂に優しく頬ずりをした。
「捕まえたぁぁぁ」と喜色満面の声をあげたのはケガレであった。
霧散する、神通力。
すべてを吸い込み、化け物の存在感が膨れ上がる。
けだものは山へと飛んだ。
ツキガミは異常気象について口にしていた。よくない晴れ間だと。
日照りのなかで、ツキガミの体を横たえる。
うすれゆくその存在を。
影が濃くなっていく世界。太陽は次第に大きくなっていた。
闇の森の中ではいまもニヒヒとケガレが笑っている気がする。不吉な笑い声は、まるで世界の破綻を物語っているように、瑞穂には思えた。
そして、場には瑞穂を守ろうとしたツキガミの
「み、……ほ、よ。清き眼で見ることじゃ……よいな、縁あってわれわれ、は。……ことほぎ、を。忘、れ……」
残念なことに、瑞穂には最後まで聞き取れない
ツキガミの遺言は圧倒今に闇に飲まれ消えてしまう。
夕暮れの冷たい風は町を見下ろす山の上でも吹いていたのだった。
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