第20話 奇襲1
「……ギャハ」
ごくんと喉を鳴らしたケガレはすべての腕を飲み込んでしまった。その後は腕力だけで大路を豪快に吹き飛ばした。
ツキガミは血色の悪い顔でさらに続けた。
「瑞穂よ、あそこには何人もいるぞ」
乱れた呼吸でケガレだけを見据えるツキガミは顔の半分を覆っていた。ツキガミが言わんとしていることを瑞穂も悟る。
希沙良が見せたネットの掲示板やプールの電柱に貼られたポスター、いつかした夜のやりとりを思い出す瑞穂。
立て続けに起きている失踪事件、ニュースにもなっていない行方不明者たち。
神隠しだなんて騒ぎ立てても、きっと誰も相手になどしない、噂。
その不可解な事件と不気味な生物、点と点がつながる瞬間だった。
遅れて、瑞穂は大路が話していた奇妙なことを思い出していた。
てっきり服を脱ぎ捨ててまでなにかから逃亡していたのかと思ったが、真実は逆であったようだ。
真相は、逃亡していた何かによって着衣しか残らなかったのだった。
電話ボックスに残された、キョー先輩の衣服。
瑞穂は思い出しながら予想した。
二度目の出会いの直後、腕時計を吐いたのは、キョー先輩の意思だったのではないか、と。それを感じ取ったから大路はあんなにも必死に助け出そうとしているのだ。
起き上がった大路は憎しみのこもった目でケガレを睨んでいる。
瑞穂はたまらず脚を運ぼうとした。
しかし、それを横から止めたのはツキガミであった。眼の前の神は未だに青い顔をしている。血の気が失せた人の顔のように。
「あそこにいるのは人ならざるものもだ。神々も、……呑まれておるッ!!」
「おなかすいたなあ、ひっひっひ。ああうまそうだな、その力」
ケガレが突然しゃべりだした。空腹を訴えるようにでっぷりとした腹部をさすっている。
「げひひ、おれぇはただの猫なんかじゃないってのに、げげ。あの女は見る目がなかったなー」
猫……、と瑞穂はあの時気になった内容を記憶から引っ張り出す。
まさか真澄たちとランチをしていた時に撫子が話していた飼い猫の話だろうか。
瑞穂がまさかと声を漏らしたのを目ざとく聞きつけたツキガミが訊ねる。
「どういうことじゃ?」
瑞穂が話す内容に顔をしかめるツキガミ。
「ツナ缶……?」
「え……そこ引っかかるの!? 私だって生活費のやりくりに苦労してて」
瑞穂は焦って弁明するが「いや、そこではない」とツキガミはばっさり切り捨てた。
「たしか髪にそのような物がついておったな」とあごに手をおいて思案したツキガミがケガレとの対話を続けていく。
「瑞穂の大学での件もお前の仕業であったか」
そうと決めてかかった発言に、相手はさも涼しそうな態度で応えた。
「ひひい、よおくわかったな。そうだ。おれはやったぞ、げげ」
「え?」
今度は瑞穂がツキガミの発言に驚かされる番であった。
「貴様は撫子という瑞穂の友人に乗り移った。大学構内ではその女子を使い、他の者たちの印象操作および洗脳に尽力したのだろう。なんでもない噂をありもしない形に歪め、少しづつ鵜呑みにさせることで、彼女らの不満を爆発させた。そうして都合よく配下として利用する腹積もりじゃったのかもしれぬ。そうして段取りができたところで、瑞穂を狙い撃ちした。間一髪、道代なる者の救援で難を逃れたとはいえ……瑞穂もその撫子とやらも気分を害しただろう。われも同じだ」
歯ぎしりをするように奥歯に力を込めて、ツキガミはつよく叫んだ。
「おのれ、よくもやってくれたなッ!」
だがケガレはその気迫にも動じず悠々としている。
「われの住む町での狼藉に飽き足らず使命を受けし者までも排除しようとは……とんだ鬼畜じゃ。放ってはおけん、ここは力付くでも始末してくれるわ」
「そんなことがこいつにできるの……?」
瑞穂のなかでは気色悪いといった感想しかなく、この舌っ足らずな発言にも疑問を覚える。とうてい邪智などで頭脳を働かせることができそうなイメージもない。
「あれはたしかにそいつの仕業じゃ。ほかなる神の力を悪用しておったのじゃ……!!」
すでに取り憑かれていた撫子の様子や撫子が豹変した様を思い出し、瑞穂は気を引き締めた。
「げげはすごい、すごいだろお、にんげん」
自慢気に語る様子に薄気味悪さを感じる瑞穂。腕をさすりながらもさっきのように気を緩めることはなかった。
「でも不思議……なんで御札でも二回目は抑え込むのに手一杯で」
「われの力は一層衰えておる。それに影響されたのじゃろう」
ツキガミがかつて徹夜だなんだと冗談を言っていたことが冗談の類ではなかったことをここに来て知る。力が欠けている、という虚しい事実を。
「いまいましい札め。追い払いやがって、げげは、ひっ、かなひいいぞおお」
「彼女の中からこいつを追い払えたのもなにか神聖な道具を持ち歩いていた男のおかげだろうな」
そういえばあの時は真澄が、いや違う変化が起きたのは難波がツナを取り払ったあとだ。真澄も押さえつけていたがあのままでは突破されていても不思議はない。そうだ、難波は手を当てていた。その腕にはたしか――。
「数珠、だったかも。彼よくカラフルなのをつけてたから」
「仏の力で払ったか。なるほど、うぬもさぞ腹立たしかろう、のう?」
邪気として払われたことを暗に匂わせるツキガミ。
皮肉を返されたことでケガレは地団駄を踏んでいる。
怒り心頭なまま、ケガレは。
飛んでいたカラスを巨腕で捕まえ、捕食した。
カっと目を見開くツキガミ。
口の中に吸い込まれていくカラス。抵抗もむなしく、影も形もみえなくなってしまった。ケガレはゲップをするがまだ足りないとばかりにツキガミに狙いを定めようとしている
その時だった。
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