第19話 きょうだいの確信

 それはキョー先輩が愛用していた、腕時計だったから。

 瑞穂は自慢気に仲間たちに見せびらかしていたのを覚えている。

「あ、ああ……うそ、そんな……、なんで!」

 瑞穂はカチカチと鳴る歯でうまくことばにならなかった。

 心臓はバクバクとし、視界はにじんできた。

 吐き出された品物に、大路も声を上げる。

 拳を握りしめて、駆け出す大路。

 瑞穂は時計をハンカチに丸めてポケットへつっこんだ。


 涙で見えにくい視界で、かろうじて大路をとらえた。


 地面を蹴り上げて飛びかかった大路。

 拳を握り込みケダモノの頭部を思い切り殴りつける。

 数発、決めた。

 それでも大路はすぐに劣勢になる。飛び上がったケダモノの頭突きを額からまともに食らってしまったらしい。

 それからは殴られるばかりだ。

 怒りのままに放った拳こそ当たったが、受け身も下手で、拳は不自然に震えていて、それでも目だけは血走ったようにまっかであった。

 大路は喧嘩も得意ではないだろう、と瑞穂は悟った。


「大路くん、一旦逃げっ……!?」

 瑞穂は撤退を進言した。だがみてしまった。

 その一瞬、すさまじい顔だったはずの大路の表情が、幼いこどもみたいにあどけなくなったのを。


 一言でいえば、泣きそうな、というものだった。


 瑞穂は腹をくくった。

 彼に加勢するべく、全力疾走。


 とらえたケダモノめがけてリュックから取り出した御札をかかげる。


「ゲッ!? ケグエグジュダ!? エ、ゲウゲー!!」


 ビュウと突風が吹いた。頼みの札は大空へ舞い上がる。瑞穂は掴み取ろうと精一杯ジャンブする。するりと無情にも指の腹をかすめて逃れる札。

「ンギュアグガ、グググッ!?」

 札を、取った。

 整った白髪、この神社の主が騒ぎを聞きつけて出現した。駆けつけたのはツキガミだった。



 ふたりのまえに出現したツキガミは瑞穂の背後から腕を回す。

「案ずるな。ほれ、ちゃんと持つのじゃ」

「あ、うん……ありがと、ツキガミ様」

 手を添えてツキガミが瑞穂に札を返した。

「よい、……よい。それより瑞穂、もう大事なものはなくすでないぞ」

「え……?」

 はなしながらツキガミは表情を切り変えた。

「こやつと万が一出くわした場合に備えての護符であったが……まさかこんなに早く接触してくるとは思わなんだ。のう、今のぬしは何者じゃ?」

「グッゲルッギュルグツツル!!」

「なにを話しているかわからぬ。ここは神通力しかないか、仕方あるまい」

 念じ、神力を使い、ケダモノの言葉を翻訳するツキガミ。


「な、あげうげが、がが? ちからだ、ちから。おれがほしかったもの! うけけ、けがれ、うれしいぞお」

 言葉が分かるようになったことで、見た目にそぐわない舌っ足らずなことばを吐き出したケダモノ。まるでおさなごのような話し方だと思った瑞穂。だが、総毛立つような不快感は拭えない。

「なんと、ケガレだと!? やはり貴様、以前より濁っておるな。なにと混ざった!」

 ツキガミが腕を振り、巫覡の装束をはためかせる。

 厳しく問い詰めるツキガミであったが、翻訳は、いのちとりな行為であった。

 膝をつくツキガミ。

「っ、まずい! こやつわれの力を吸って……!?」

 ツキガミの神力を伝うように不自然に生えた腕を伸ばすケガレ。ツキガミの頬をえぐって拾った神力を口に放り込んで咀嚼そしゃくしている。

 よほど美味な代物だったらしい。それが分かるように歓喜するケダモノ。

「グルガガアカアァァ!? ガ、ガガガガガ!! ああ、うまいうまい!!」


 さきほどまでは会話もできなかったケガレだがツキガミの力を吸ったせいなのか、言葉を喋ることができるようになっていた。

 力を奪われたツキガミ。欠けた頬は戻らず、霧のように粒子が漂った状態になっていた。

 瑞穂は痛ましくツキガミに視線を向けられない。

 ツキガミはといえば、今のでなにか悟ったらしく、口元を押さえて必死に耐えている。

「もしや、この気配……」


 ツキガミが言葉を失っている間に、よろよろと防戦一方だった大路がケガレの前へ移動していた。

「兄ちゃん、いるんだろ。そんなとこにいないで出てこいよ……なあ」

「大路くん、何言って……。まさか……そこに?」

「さっき声がしたんだ。兄貴の声だった。あいつは……まだ、生きてる!!」


 ツキガミの変化をみていただろうに、ケガレに噛みつかれようが問答無用で化け物の口を割ろうとする大路。胴体を踏みつけて、力任せに、両腕で口を上下に開いていく。大路にそんなことができたのは火事場の馬鹿力ゆえだろう。


「ゲハアアッ」


 殺気立った表情で大路が開くと、白いものが無数に伸びてくる。

 目を見張った大路は避けられなかった。

 白い幾本もの棒はうねうねと天を求めて大路の腕や体にまとわりついていく。

 必死の声無き叫び、それは彼ら・・の思いだった。

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