第18話 暗がりからの誘い

 あ、と瑞穂は思い出したように声を出した。

「そういえばキョー先輩言ってたよ。大路くんのこといつも気にしてるって。なにかあったら私によろしくとも。あとそうそう、息抜きを覚えればいいのにって話してたかも」

「そんなこと頼んでたのか……。チッ、余計な兄貴め」

「怖い怖い、またすごい顔してるよ大路くん!」

 あながち不仲っぽいのも嘘ではないのかもしれないと瑞穂は思った。けど多分それってキョー先輩のせいではと瑞穂はこじらせてる弟くんをみて思った。そんなこと口が裂けても本人には言えそうにない瑞穂であったが。



 神社の前にまで引き返して来た瑞穂に、背後から大路が言った。前置きしてから彼は。

「俺に遠慮して兄呼びをやめなくてもいいぞ」、と。

「……分かっちゃうかー」

 瑞穂は降参と、片手を上げて頭の後ろにわざとらしく添える。

「無理しなくていい。俺はもう気にしない」

 大路のことばに少しは打ち解けただろうか、と瑞穂は思っていた。



 瑞穂が縁側のように利用してツキガミと話す場所で、立ったまま本題を話す大路。

「伝えたいことだが、……どうにも妙なんだ」

「妙って?」

 瑞穂は首をかしげた。というのも大路の顔が渋い。それが余計に妙な感じを作り出しているように感じる瑞穂。首のうしろをさすりながら続きを促す。


「兄貴を探して情報を集めていた時だ。最後に立ち寄ったと思われる電話ボックスには通話記録が残っていたんだ。その音声には、兄貴が誰かに追われてる声が録音されてた」

「なにそれ、初耳」

「やはりそうか。てっきり女がらみでストーカー行為でも受けていたんだと思っていたんだが、違ったようだな」

(大路くんのお兄さんならキョー先輩も顔がよかったかも?)

 そういう目で彼をみたことのない瑞穂は今更ながら得心がいった。

 瑞穂の脳裏にある水島恭介は社交術に長けているところがあった。交友関係も広いが、ほんとうに近しい部分にいれる人は選んでいた……ような、と瑞穂は主観で振り返った。しかし、それはあくまで自分からみた彼の側面でしかないだろうとも瑞穂はわきまえていた。彼の人となり、それを自分以上に知るのはおそらく、と眼の前の男子をみあげた。


「録音はまだあるの? 私も聞かせてもらえたりする?」

「直接は聞けなかった」

「へ?」と瑞穂は間抜けな声をだした。

「その音源を持っていた警官が突如失踪したんだ」

「ええ!?」

 今度こそ瑞穂は呆然としてしまった。

 大路もお手上げと、両手を上げて首を振った。

「調書だけ残して失踪。警察もまだ明るみには出していないことだから蕪木も黙っていてくれ」

「わかった。胸の中にしまっておくよ」

 瑞穂は大路と約束した。



「ところでそれが不思議なこと?」

 瑞穂は最初に感じた疑問を振り返り訊ねた。だが大路は否定するように続きを語った。

「いや、本当に問題なのはここなんだ。おかしなことに電話ボックスには兄貴が身につけていた衣服や鞄だけが残されていた」

「え……ええ? あの、それって……お兄さん、全、裸で、どこか……へ?」

 笑うに笑えない内容にピクピクと頬がけいれんした瑞穂。大路は大路で眉を下げ、首をゆるやかに振った。

「違う、とはいえない。それ以降の手がかりが一切なかった。考えられる残りの可能性は、何者か、に……ッッッ!?」

「どうしたの大路くん?」

 大路につられて振り返る、と。


「瑞穂、……なんだあれは」


 指を指す大路。その手は震えていた。


「ゲヒ」

 やあ、とでも挨拶するようにおぞましい生き物が瑞穂たちを見つめていた。

 通りの向こう側、林の中から出来たのだろうか。

 藪の中から歩くように、不格好な足でのそのそと彼らめがけて歩き出した。

 笑ってる不気味なやつに旋律するふたり。


 あええ、あえぇと、よだれを振りまきながら。

 垂れたよだれが乾く間に、次々と滴は増えた。


 そいつは、身に覚えのある声と姿だった。


 黒くうごめくケダモノじみたきっかいな生物。

 瑞穂との邂逅は、二度目。


「ギョヒィ、ケ? ゲゲッ、ンガウタウ、ッッッゴバアアア!!」

 会話をしようとしたケダモノは、突如胃の中のものをすべてひっくり返すような勢いでなにかを吐き出した。胃液ごとぶちまけ、苦しそうにのたうち回っている。胴体をかきむしって、あたりを転げ回っている、気味の悪い異物にふたりは引きつっている。


 気色悪い行動に後ずさりする瑞穂。硬直している大路の肩を叩いて瑞穂は目配せした。そっと大路の手を引いて、彼をともに下がらせていく瑞穂。





 キラリと光った、何か。

 




 大路が、反応し、駆け出した。


 瑞穂には太陽の光でまぶしいだけだった。

 続けて血相を変えて飛び出した大路を追う。


 吐瀉物としゃぶつというには湿っぽい黒い液体にまじっていたものは、赤いラインの入った皮のベルドに、黒く輝く文字盤、ごついイニシャルの「K.M」が刻印された、それは。


 瑞穂は口を思わず押さえてしまった。

 見覚えのある、――……、


「兄貴の――腕時計ッ!」

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