第17話 昼間の変化3
「ついたね。ここが山頂だよ」
「本当に神社がある……。ずいぶん立派なものだな」
正面の巨大な柱に手を当ててしげしげと観察する大路。
「見下ろしも最高よ。こっち来て」
瑞穂は大路の腕をとって、駆けだした。
「ほら、ここ! いいでしょう?」
山から町並みが一望できる絶景スポットに瑞穂は彼を案内した。いつもなら特等席の古びたベンチに座るが、それは大路に譲った。しかし、言葉がないまま大路は真顔になっている。
彼の目尻から垂れたのは、汗か涙か。瑞穂は焦りだした。
「ごめん!? もしかして高所恐怖症だった!?」
「いや、違うんだ。少し昔を思い出していた」
大路は懐かしそうに語った。
「ガキの頃、まだ両親が離婚してない時だ。家族でこういう見晴らしのいい高台に行ったことがあった。あの時から兄貴ははた迷惑なやつで、いやがる俺を無理強いして展望台に登らせたんだ」
「そうなんだ」
大路が鼻を鳴らした。
「心底いやだったさ。兄貴面してお節介なあいつが。心配してるのはうっすら分かった、……でも自分をすり減らしてる自覚が必要なのはあいつの方だったと俺は思うんだ。だから多分、おふくろも……、そんな、兄貴が、……あぁああっ!」
流れる涙にうなり声をあげて、上を向いた大路。まぶたを開閉し、鼻をつまんではやり過ごそうとしている。
「思い出すのもごめんだったのに、なんでいなくなってんだよ、あいつ……!! 大馬鹿だろ、ほんと」
「大路くんはお兄さんがすきなんだね」
瑞穂はそういって木綿のハンカチを差し出した。瑞穂の方を見てきょとんと固まる大路。幼い彼の表情に瑞穂は控えめに笑いかけた。
しぶしぶハンカチを受け取ると涙を丁寧に拭う。それでも瞳は赤くなってしまっていた。
瑞穂に感謝しながらハンカチを返すと、不服そうな声で続けた。
「その言い方は多少複雑だが……。まあ家族がすきなのは普通だろ」
「それもそうだね」
吹き抜けの青天井に、眼下に広がる田舎町。通りが賑わっていた頃を知らない町並みだが、それでも風情のある光景をふたりは静かに目にしていた。
「兄弟としては憎らしいばかりだがな」
「ひぇ!? この流れでなんで!!」
大路が突然前言を撤回するような発言したことに驚いた瑞穂。「え、え?」とその真意を確かめようとしている。大路は「考えてもみろ」と瑞穂に振った。
「あいつは奔放でだらしがなく、やってることなんかほぼほぼ不良じゃないか。自分の好きなことを楽しそうにやっててムカつかないわけがない。俺だって母親の目を盗んで勉強もサボタージュしたかったし、トレーディングカードも集めたいと思った時期があったさ。ともだちは……まあそっちはどうでもいいが、可愛い彼女と浴衣でお祭りデートとか、うらやましすぎるだろ!?」
「なんか意外なんですけど……」
瑞穂は内容を反芻していた。サボタージュなんて死語を発するのが大学一の美形なんてあまり考えたくなかったし、カードゲームなんてこどもじみたおもちゃをひきずっているのにも口が緩んでしまいそうになった。交友関係が浅いことを知ってしまったのも誤算だ。ゲームと合わせて瑞穂にとってはダブルパンチであった。もっといえば、恋人うんぬん発言がまるっきり彼女いない歴の思春期の男子中学生でツボってしまう。
ところで関係ないがキョー先輩の彼女さんにも興味が湧く瑞穂だったがそっちには手をつけないことにした。先輩の心の安寧と目の前の彼との平穏な兄弟関係のために、そっと。
しかしながら赤裸々に暴露されても好感度は下落しなかった。むしろ急上昇に瑞穂自信が困惑すほどだった。
いっそすがすがしい愉快な気分で、こっちのほうがぜんぜんいいと瑞穂は隠れて思った。
等身大の彼の姿に瑞穂には思わずイタズラ心が芽生えていた。
だから、
「へえ、デエトしてみたかったんだあ? 大路くんもやっぱり男の子だねぇ」
解釈違いをおこした大学の王子様相手に、瑞穂は攻めた。
大路の前で、後ろで手を組んで見上げるように彼を茶化してみせたのだ。
しかしそこは腐っても人気者。瑞穂のからかい程度で動揺するほど女子たち飢えている男ではなかった。
「蕪木さんは意外と意地悪なんだな」
「なっ……!?」
涙目とすねたような声で応戦され、逆に轟沈するのは瑞穂のほうだった。
「ふふっ、ッんん、冗談だ、すまない」
やられた瑞穂は気恥ずかしさにそっぽを向いてしまうのだった。
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