第16話 昼間の変化2
瑞穂が足を運んでだのはいつもの祠の前だった。
うっかり連れてきてしまったがこの上には神社しかめぼしいものがない。
思案する瑞穂に声をかける大路。
「どうした蕪木」
瑞穂は山の方を示して正直に語った。
「ここまで連れてきといてなんだけどこのあたりってめぼしい場所がないのよね」
「ならなぜこんな山のふもとへ?」
「うっかりいつものようにツキガミ様に会うコースを選択しちゃったのよ。ごめんね、引き返しましょう」
「いやいい」
えっ、と瑞穂は声を出した。
「ツキガミとはたしか水森市に奉られている月夜如来神のことなんだよな? 俺も一度、その神に会ってみたい」
「構わないよ。でも、わざわざ会いたいなんて、どうして?」
「……願掛け、かな。兄貴がみつかるように」
苦笑している大路の正確な心情は瑞穂からは分からない。
けれど彼とのやりとりで分かってしまった。
望みの薄い期待をかなえてほしいという思い。それが痛いほどに伝わり、瑞穂はリュックサックの肩紐を強く握りしめるのだった。
山頂を目指し会話をしながら獣道を歩くふたり。
大路は先をいく瑞穂に感動したようで、こんなことをこぼした。
「すごいな……はぁ、蕪木はいつもこんな山道を登ってるのか?」
「んー、まあ。私も最初は苦労したかな。今は慣れちゃったけどね!」
「すまない、すこし休憩を……」
大路はしっかりバテているようで玉のような汗があごから首筋に伝っていた。
瑞穂はそんな彼を励まそうと声を出す。
せーのっと、合図をして口元に両手をもっていった。
「『がんばれ、大路くん!』」
小学生が運動会でやるような無邪気なかけ声に大路は斜め向かいに目をそらした。
「なんか照れくさい……」
「あははは」
それでもあともう一息という瑞穂の情報と気遣いに、かがんでいた腰を上げた。手についた土を払って、ペットボトルの水分を補給すると歩き出す。
膝に手をついて軽く屈伸をしていた瑞穂も続く。
……が。瑞穂は大路を先に行かせたことを後悔していた。
道中蜘蛛の巣に大路が引っかかったり、なぜかなにもないところで突然つまずいたり、水はけの悪い土で滑っているのを見たからだ。
「あの……大路くんってもしかして……」
「待て。みなまでいうな」
「トラブル体質? それともじつはどんくさいだけ?」
「~~っ、だから言うなと!」
不服そうにちかくの木の幹を叩いた。顔が猛烈に赤い。どうやら指摘されたくなかったらしいと瑞穂は気づいてしまう。
「ええ、意外! そうなんだ」
くそっと大路は舌打ちした。どうやら相当触れられたくない話題らしい。
もう隠せないとでも思ったのか、彼は自己申告をした。
「高校までは苦労したんだ。おおよそスポーツには縁が無くてな」
「なんでもこなしそうなのに……」
うっとうしげに髪をかきあげる所作からは到底想像しにくい内容であった。
瑞穂はイメージがついてこず、眉根を寄せている。
「それはイメチェンの成果かな」
「そうなの?」
「ああ。できるだけ印象を変えようと奮闘したんだ。ただ張り切り過ぎたようで……」
すうっと深く息を吸う大路。そのこめかみがぴくぴくと動いているのを見て、先を瑞穂は引き継いだ。
「あ、あ~~、なるほど、光りすぎたんだ。素材がいいから」
「んっンん!? こほん、とにかく、だ。……まさか大路なんて名字のせいで苦労することになるとは思いもしなかったんだ」
大路は盛大にむせていたが瑞穂にはいまいちピンとこなかった。イケメンで苦労している場面なんておおよそ……、と思案したところで喫茶店に入る前も席を選ぶ時も人目を気にするそぶりをみせていた彼の様子を思い出していた。冗談でもでまかせでもないらしいと瑞穂は悟った。
「学園の王子様も大変なんだあ」
ふーんと人差し指を口元にもっていった瑞穂。
「頼むからこれ以上傷口に塩を塗らないでくれ、もしかして蕪木さん、じつは怒って……?」
瑞穂は沈黙を貫き笑顔で通した。大路は顔を白けさせて口をパクパクと開閉させて瑞穂を恐れるようにへっぴり腰になっていたのだった。
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