第15話 昼間の変化1

 キャンパスから出た大路は周囲の注目をバリバリに集めていたがどこ吹く風、いや少しうんざりしたような態度で瑞穂を近くの喫茶店に誘った。


 ガラス戸を開けた大路に続いて瑞穂も店員の挨拶を受けて店内へ入った。大路は人目を気にするそぶりをみせる。視線をさまよわせた後で店内の奥の座席へとふたりは落ち着いた。


「まず、お前に言っておきたいことがある」

 椅子に座ると注文もまだのうちから大路は声をかけてきた。厳しい顔つきだった。

「注意事項ってことかな? いいよ、秘密にしろってことでしょ」

「あっ……。え?」

 大路は目を瞬かせた。

 瑞穂の方もおしぼりを取ろうとした手が固まった。

 席を挟んで沈黙する大路と瑞穂。

 どうやらお互いに相手とのコミュニケーションをやり直す必要があるらしい、と感じた。



 雑談を交えながら話をすると、いかめしい顔をしていた大路だったがそれはどうやら本人の意図するものではないようだった。


「先に詫びたかったんだ。すまん、蕪木。俺はてっきりお前やあの人たちが兄貴をそそのかしてるんだとばかりに……」

「ああ、この前の。いいのよ、誤解が解けたならそれで。私やキョー先輩の仲間の人たちも結構、不良っぽいっていうか、素行悪そうに見える、のよね?」

 瑞穂はこの前の一件を思い出しながら言った。

 笑うに笑いにくい内容に瑞穂はそっとため息をついた。

 そんな瑞穂の微妙な反応を受けて気まずそうに顔をそらす大路。

「いやそんなことは……」と答えてから、大路は言い直した。

 この通りだ、と。

 大路は瑞穂に謝罪したくて直接呼び出したのだった。ずっとしかめっ面のような顔をしていたのは緊張していたためである。

 テーブルに頭を打ち付けそうなるレベルで頭を下げる大路。瑞穂はからっとした声でいいよ、と答えた。

「ふはっ。大路くんってたしかに生真面目だったのね。もっと打ち解けておけばよかったかなあ」

 こほん、と大路は照れ隠しに咳払いをした。


 丁寧な謝罪を受け入れた瑞穂は大路とともに喫茶店でカフェラテを注文した。瑞穂は苺のタルト付き。大路からの詫びの品らしい。

 大粒なジュエリーを口に放り込んで楽しんでいた瑞穂。しかし目の前の彼の絵になる外見っぷりに舌を巻いた。

 さらさらの前髪は絹にように通りが良さそうに揺れていた。さらにワックスで整えているのか清潔感もプラスされている。髪と同色の黒い流し目は役者のように独特な色っぽさを演出している。スっと通った鼻梁びりょうは日本人離れしているように思えた瑞穂。

 男子大学生にしては珍しく薄く化粧を施しているのか、総合的に特級の美貌の持ち主。大路様・・・なんてあだ名は伊達ではないらしいと感じた。

「俺の顔になにかついているのか?」

 瑞穂はうっかり見惚れていたことに気づいて赤面した。慌てて水を流し込み、そんなおじさんめいた自分にさらに慌てた。

 いいのかわるいのか、瑞穂と大路を比較するような客はいないが瑞穂はどうにも萎縮してしまう。

 大路はすました顔でカフェラテを口にしているが、喫茶店の店内の女性客はおろか店員までもが彼をちらちらと見ている。視線を送りながらしゃべる女子グループは、あろうことか瑞穂を恋人と勘違いして、大路に突撃しようとする友人を止めていた。

 店内は妙な熱気に包まれていた。

 瑞穂はいたたまれなくなり、大路をともなって場所を移した。

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