第14話 二つの賽

「なんだかいつもの威勢がないのう」

 アイスクリームを貢いだ相手は瑞穂の顔をみるとこう告げた。


 澄み切った空気の境内で瑞穂は浮かない顔をしていた。

 縁側のように張り出した部分に座り込み、平たい岩のうえに靴を置く。足をぷらぷらさせながら手持ち無沙汰にしていた左手で膝頭を意味も無くさする。

 瑞穂が思い悩んでいるのは以前の撫子がらみの件であった。

 瑞穂は答えに窮しながら曖昧に笑った。

「ちょっと色々あって」

「ほお」

 ツキガミは蛇のように目を細める。

「っていうかツキガミ様も元気ないじゃん?」

 瑞穂はごまかすように返したが、半分は嘘ではなかった。

 なぜならば瑞穂にはツキガミ特有の神聖なオーラが感じ取れなかったからだ。

 ともすれば儚い表情を浮かべるツキガミ。

「ああ、分かってしまうか。じつは昨晩徹夜してしまってな」

 瑞穂は彼の独特なジョークにくすっと笑ってしまった。

「神様がなにしてんですか、もう! 夜更かしはダメですよー」

 肩をポンポンと叩いて笑い飛ばす瑞穂。そんな彼女にツキガミはやさしく耳打ちした。

「で、なにがあったのじゃ?」

「ん!? そ、れは、――……」


 結局、瑞穂がすべて語り終えるとツキガミは彼女の頭にやさしく手を乗せた。

「そう、か。大変だったのだな」

 ぽんぽんと幼子をあやすような手つきで慰めるツキガミ。瑞穂が「お子さまといっしょかー」と言い、うろんな顔をしているとツキガミはこう言った。

「人間など神の前では赤子も同然じゃ。とてもい、ぞ?」


 ツキガミは瑞穂の横に腰を下ろすとさらに尋ねた。

「して撫子といったか、彼女の具合は? それに瑞穂の周囲はその後どうなんだ」

 瑞穂はずいぶん根掘り葉掘り聞かれることに目を丸くする。ツキガミ様も自分を心配しているのだろうかと瑞穂は思った。悪くない気分になった瑞穂は正直に答えていった。

「くれぐれも警戒をおこたるでないぞ」

 いつものツキガミらしくない台詞に瑞穂はやはり首をかしげた。

 どことなく感じる違和感に、頭を使う瑞穂。しかし、具体的な原因を突き止めるには至らなかった。


 休んでいると変な風が吹いた。妙に生暖かく、肌をぞわりと逆なでられるような風であった。

「ケケッ」

 気色悪い声がした。

 聞き覚えのある音だった。


「――ミィツケッタッ」


 背後を反射的に見回しても異変はない。

 瑞穂は寒い時のように腕をさすった。

「どうした?」

「えっと……いや、なんでもありません。気のせいだったみたいです」

 瑞穂はいつもと変わらないツキガミを前に苦笑いして片付けた。



 ツキガミと会話した翌週の月曜日。サークルでダンスの練習をしていると瑞穂に接近してくる高圧的な人物がいた。

 「話がある」、と声をかけたのは。

「兄貴のことについて伝えたいことがあるんだ」、と言った学園の王子様こと大路であった。

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