第12話 もうひとつのきずな

 眼の前の彼女が瑞穂の顔に手を伸ばそうとして、不自然な火花が散った。

 だが瑞穂にとってはそれどころではない。

 瑞穂は怯えてその手から距離をとった。

 信頼していた相手だけに傷口は深い。彼女の変化に呼吸が浅くなる。絶望に陥りかけた瑞穂を夏帆が呼びとめた。

「しっかりしろー、瑞穂。なんかわかんないけどあいつのいってることはおかしいぞ!」

 真澄は夏帆に続いて行動に出た。

「見損なったぞ……撫子。なんで大路とお前が……」



 そう、この場にはもう一人。大路と呼ばれた、大学きっての有名人がいた。

「俺は撫子に賛同するが?」

「なんでだよ!?」

 真澄は近くにあった台を叩いた。

「お前らのことは許せないからな」

 真澄の態度には目もくれずに、フンと大路は鼻を鳴らす。

「はあ?」

 お手上げというポーズをとる真澄にしっかりと苛立っている青年。腕組みした手の指先が反対の腕を叩いている。



 彼がこんな表情をしているのは珍しと瑞穂は思っていた。

 よくいえばクール悪く言えば冷たい態度で交友関係もそつなくこなしているようにみえた大学の王子様。瑞穂にとってはさして興味もなくここまで友人の付き合いで会話をする程度の仲であったが。


 そんな彼が瑞穂を敵をみる眼でにらんでいた。


 向こうは自分と同じではなかったしいと思い知らされる。

「蕪木、お前なら分かるよな」

「……なんのこと」

「『水島恭介』この名に聞き覚えはあるな」

 思わぬ名が出てきたことで瑞穂は反射的に答えた。

「キョー先輩?」


 瑞穂の脳内では屈託なく笑う先輩のお願いが再生されていた。

『――なにかあったら俺みたいにキミが助けてくれへん?』


「貴様らのせいだ。俺の、っ、貴は……。警官や探偵が調べても居場所がわからない」

「え?」

 独り言ように語る大路。瑞穂からはその内容は途切れ途切れでよく聞き取れない。

 瑞穂が質問しようとしたところで、イライラしながら貧乏ゆすりしていた大路は、ついに激昂した。


「どう考えてもおかしいだろ!? あいつは家にも戻ってないんだぞ!? くそ、何考えてお前らとつるんでるんだよ!! 匿ってないでうちの兄貴を早く返せ!」

 その瞬間、瑞穂の中で点と点が線でつながった。


「キョーにいの、弟さん?」


「ふざけんな!! 本物の弟の前で、なんで兄妹ごっことかやってんだよ!? お前、お前らのせいで! うちの母親は一年以上連絡どころか行方も知れてないんだぞ!? おふくろがどれだけ悲しんでると……ッ!!」

 歯ぎしりをしながら語られる内容に瑞穂が動揺している。

「え、……知らな……」

「しらを切るな!!」

「嘘……、大路が弟? だって苗字……。それに、い、一年って? あたしが最後に見た時は自慢気に話してたじゃない。だって……あなたに会いに行くって、そうだ、パーク、テーマパークに連れてくってはりきってて……」


 瑞穂は最後に会った日の会話を必死にたぐり寄せた。思い出した内容に困惑していた。

 都市部のパークで久々の弟と会うとキョー先輩はいたく喜んでいた。勇み足で向かう背中を送り出したのは覚えている。

 まさか喧嘩でもしたのだろうか、と瑞穂は推測したが。


「いけなかった」


「え?」


 大路から表情が抜け落ちるのを、瑞穂は目撃した。


「約束の時間だった。新幹線が到着しても兄ちゃんは現れなかった。以降、なんの連絡も来ない」

 お詫びのメールも、遅れた原因も来なかった、と。

 半年という言葉に瑞穂は唖然としてしまった。

「苗字は親が離婚してるから。兄貴は父親に引き取られた。だから、母親と会うのも遠慮してるんだろうって……お袋は……」

 瑞穂は言葉がでない。

 対して、大路は瑞穂の発言の内容に動揺している。

 焦りだした彼はみせろと瑞穂に迫った。

「携帯だよ! お前の携帯になら、なにか証拠が」

 言われた通りに携帯を差し出した。渡されたそれを手早く確かめる。促されるまま暗証番号も渋々教えると大路がロックを解除した。

 瑞穂の携帯にある連絡用のアプリは3つ。うち2つは購入時点で入っている電話とメールだ。残りはチャット用のアプリ。

 アプリにあたりをつけた大路がタップする。

 瑞穂は歯噛みした。


 だって。


「ない……」


 キョー先輩とは。


「連絡先、交換してないのか?」


 うなずく瑞穂。


 発狂するように言葉を失い、膝から崩れ落ちた大路。

 それをみて胸元の着衣を握った瑞穂。

 瑞穂には彼を助けられるような情報はない。それがどうにも歯がゆいと瑞穂は思ってしまった。



 しかし、――彼女はそうでもないようだった。


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