第11話 瑞穂と思い出3
あの日から変われたと思っていたが自分はしょせん過去の自分のままなのだろうか、瑞穂の口から嗚咽が漏れた。手足がしびれているようだ。震える脚でなんとか立ち上がろうとした。それでも力はどんどん抜けるばかり。立てない瑞穂は口を引き結ぶ。
瑞穂にとっては、見下ろしてくる学友達が、まるで、悪魔か鬼のように思えていた。
(ねぇ、おにーちゃん。呼んだら来てくれる? いつの間にかチームにも戻ってないみたいだし、呼んで、応えてくれなかったらって思うと呼べなかったけど、でも、あたし……)
兄と慕う彼とも最近は会っていない。今頃どうしているだろう。
まさか見捨てられたのだろうか、と瑞穂は思った。
「ったく、ヒーロー気取りかよ。だれも助けられてないくせに。救われたいのはお前自身だろ」
大切な思い出にぴきりと亀裂が走った。
「だったらなんだっていうんですか!!」
突然の大声。乱入したそれは道代の声だった。
「蕪木さんは、ううん、瑞穂は私を助けてくれた。あ、私、は……、だからその言葉は否定しますっ! 誰がなんと言おうと瑞穂はわたしのヒーロだよ!?」
胸に手を当てて宣言する道代。
「道、代……? 次の講義が始まっちゃうじゃない……」
瑞穂は力なく声を出していた。そんな瑞穂を勇気づけるように道代は叫ぶ。
「そんなのあとでいい! 友達のピンチだよ!?」
へへっと鼻先をかく道代。
「はあ? 友情ごっこかよ。ってか、お前」
瑞穂と対峙する女子が道代を突き飛ばそうとする。
「ついでに応援呼んできた」
肩を上下させて、吐息が荒いのは大声を出したせいだけではないようだった。
一人の女子が続きを発言する前に現れた人物は、その手を払い除けた。
「水くさいぞ、蕪木」
彼は続けて瑞穂と彼女らに語った。
「こいつはどがつくケチでめんどくさがりでだらしないやつだがそれでも俺のダチなんだよ。おまえらにとっては不愉快かもしれないが……俺にとっては最高のダチだッ! 傷つけられて黙ってられるか!!」
「真澄……」
バレー部の真澄はたっぱがある。よって手もデカい、両方の拳を当てて彼女らを牽制する真澄。
得意げな顔をした真澄の背後からさらに人がひょっこりと顔を出した。
「瑞穂はすーぐこの子たちのこと文句いうけどそれだってあたしのこと心配してだし! こいつは人を非難とかしないし! だからあんたらのほうがあたしよりバカだかんな!! いーっ、だ!!!!」
文具マニアの夏帆はなぜか下敷きを片手に持ってあっかんべーをしている。
「夏帆ぉっ」
瑞穂は困った。笑って良いのか喜ぶべきなのか、そのせいでゆるんだ口元に涙が伝う。
頼もしい援軍を連れてきた道代だが彼女は瑞穂のように震えていた。
「三倉さん、仲村さん、枝野さん、板垣さん。あなた達だって瑞穂ちゃんとはこんな仲じゃなかったはずですよね? なんでこんなことするんですか!?」
険悪な雰囲気で向き合う両者。瑞穂と対峙していた女子を責めるように道代が言った。
だが、彼女らは相手にしない。
「やだ~萎えるんですけどお」
「冷めるつーの。媚び声はどっかいけよ。ああ、安芸のメイドカフェにでもいけば~? あんたならオタク受けすんでしょ」
道代を小馬鹿にしくすくすと笑う女子グループ。
「なっ、ぅ。またそうやってばかにして……」
「道代……?」
瑞穂を標的に攻撃していた彼女らだが、その目が妖しく光り、道代へと嫌がらせの矛先を向けようとしている。
道代の拳は震えていた。
「すればいいじゃん」
「は……?」
道代の返答に、あっけにとられる女たち。
「あんたら、いっつもあたしんことばかにしおって! ぎゃあぎゃあうるさいんよ……、あたし、迷惑しとっとよ!?」
道代の言葉遣いは普段のものと異なっていた。彼女は背を伸ばしてらしくなく叫んでいる。
道代の思わぬ反撃に四人は笑った。
「はっ……ははははは、田舎モン丸出しじゃない!」
「なによ……人様の特徴をあげつらうなんて、そっちんほうがかっこわるいとです! だ、ダサいとよ!!」
道代はいつだっておどおどとして、バイト先でも恐縮しきりでピザを買いに来たお客さんにまで苦笑されているほどだ。まれにキッチンから出るときは顔色をうかがってこわごわと客の前に出る。瑞穂はもっと自信をもっていいのにと以前から思っていた。
そんな道代が吠える。
「たしかにあたしこんな声とよ。じゃけん自分の声うんと好きなんよ! い、いいけん、自分は好いとうから……。きっとあんさんらあたしん嫉妬しとっとね。ほや、わやかわいかろう?」
「なっ……!?」
自信満々に可憐なポーズまで決めて訴えかける道代。
「なに言ってるかわかんねーんだけど。方言きつすぎない……?」
道代は精一杯奮闘していたが――
一人空回りしたせいでむちゃくちゃ恥ずかしい思いをした道代はわーんと顔をおおって座り込んでしまった。瑞穂らは呆気にとられた。
「セイ・ユーに勇気貰ってるもん。この人たちあたしの声のことキモいとかぶりっこって言うけどあたしそんなつもりないもん。大体、か、かわいいの何が悪いん?」
なぜか先ほどより饒舌に言い訳を始めた道代。
『
「声優……やりたいんよ。あん人ら堂々としててカッコいいやろ」
「声優って裏方、だよね……?」
涙ぐむ道代に思わず口走る瑞穂だったが、その折、彼女の熱に触れてしまった。
「だからよ!! 光ってるキャラクターに声を当てるなんて自分も光ってなきゃムリだと思う! きっと自分も輝こうって、さ! だから私も、そういう人なりたくて……、バイトしてるのは機材買うためなんだよ、えへへ」
頬をぽりぽりとかいて照れ隠ししながら道代は言い切った。
「だから、そんな私を助けてくれた瑞穂はわたしのヒーローだよ。あなたは私をばかになんかしなかった。最初はやな奴っと思っとったけど……、けど……瑞穂はね!!」
彼女の言葉で気圧される女子たちは視線を合わせながら居心地悪そうにしている。腕をさすったり、髪の毛をいじったりしながら。
やがていたたまれない彼女たちが場をさろう扉を開ける、と。
「お黙りなさい!」
怒声をあげた第三者が入ってくる。
「なにが救いですか、耳障りなことばかり叫んで。一部外者が介入してこないでくださいまし」
彼女は目をつり上げながら道代の言葉を否定する。忌々しげな舌打ちと憎々しげな視線に道代はたたらを踏んだ。
「あ、あんた……」
「ッお前!!」
場に割り込んできた人物に夏帆と真澄は目を見開く。
「この方、私にとってはおじゃま虫以外の何物でもありませんわ」
いつものおっとりとした雰囲気はどこへやら。目には剣呑な光を宿し、瑞穂の前まで歩く。あっけにとられたメンツは動けない。女子たちまで凍りついたように固まっていた。
「だからね瑞穂さん……さっさと消えてくださいな」
瑞穂の呼吸は過呼吸のように荒くなる。信じていた仲間に裏切られるなんて漫画でもあるまい場面に遭遇したせいで。
差し出された手を取ったのはつい数日前だというのに――。
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