第7話 プールサイド

 貸し切りのプール前に集合したのは瑞穂ら同じ月ヶ丘芸術大学の生徒たちだった。

 プールで涼みながら楽しむ生徒もいれば、水際より外でバーベキューに精を出す生徒もいた。

 瑞穂はプールサイドでもらったオレンジジュースを飲みながら泳ぐ面々を眺めていた。

 涼し気な水着姿ではあったが、なにぶん瑞穂は泳ぐのが苦手であった。赤森や猫枕らから声がかかるも遠慮して椅子の上でくつろぐ。


 友人総出で計画された今日の集まりだが、隣の椅子から漏れ聞こえる話題は楽しそうなものではなかった。


「幸せってなんだろ……?」

「なにいってんだよ、キサラぁ。らしくないじゃん」

 愚痴のようにこぼしたのは芸術教養科で芸術の歴史などを主に学んでいる学内でも博識な鹿目希沙良。普段はトレードマークのめがねを外している彼女が珍しいのか一部男子は噂しているが彼女自身はどこ吹く風と、それに付き合っている玲那と話し込んでいた。

 ギャル文化をこよなく愛する玲那は希沙良のため息を派手に吹き飛ばすように笑うが、どうも希沙良には通じていないようだった。


「瑞穂もそう思うよな?」

 急に話に加えられたことに瑞穂は慌てたが、普段と違う彼女の姿に言葉をかけた。

「まあ希沙良らしくないとは思うけど……何かあったの? 最近は熱を入れてた相手がいたって、」

「推しの死! なんて悲劇っすか!」

 瑞穂のワードに反応したのは琢郎であった。今日も今日とて男性用なのに女性キャラクターがプリントされた水着という一人浮いた格好をしている。正直女子たちは目のやり場に困った。なんてものを着ているんだ、と。

「オタクロー、アンタ邪魔すんなよ」

「すみませんっス。自分つい同情してしまって」

 てへてへと頭をかきながら謝罪する琢郎。そんな彼に呆れる玲那。男を回収してもらおうとしたが、あいにく委員長は撫子たちに巻き込まれてプールの中であった。玲那は諦めたように、手元のドリンクに口をつけた。

「違うって、そーゆーのじゃないの。最推しの船越栄二郎はバリバリ活動中」

「そうなん? なら何がアンタを落ち込ませんてんのさ」

 玲那はほとほと分からないと首を振りながらたずねる。


「子供は宝だって言うでしょ」

 真面目くさった顔で希沙良は玲那に語り出した。

「たしかに言うね。んでもそんなのしょせん……」

「そ。腑に落ちないわよね。なんでも宝だ宝だって持ち上げといて、結局ほんとに大事だって思ってるのかなって」

 希沙良は辟易とした声音で告げた。

「どこもかしこもお天道様から遠のいた話題ばかり。夢も希望ない時代よ? こんなに失踪する人だっているのは、多分……」

「失踪?」

 瑞穂がオウム返しに尋ねると、希沙良が自分のスマホの画面をみせる。


 最近の怖ぁぁぁいうわさ話ちゃんねるver.696


 名無し「A茜町、失踪事件増えすぎじゃないか」

 名無し「知ってる。ここだけ行方不明者多いよな」

 名無し「田舎なのに?」

 名無し「しかもここ半年ちかくが異常」

 名無し「URL参照。ほら、この統計」

 名無し「年代も関係なくて、社会人も学生も。ってジジババはただの徘徊じゃね? 老若男女問わずとかwww」

 名無し「不謹慎だろ。おまえの家族も悲しむぞ」

 名無し「責められてやんの」

 名無し「茶化すのとかダサいよ」

 名無し「悪りい」

 名無し「ところで原因は?」

 名無し「しらね」

 名無し「分かってるわけないだろ」

 名無し「把握してないのかい」

 名無し「原因不明とか余計にこわっ」

 ・

 ・

 ・


 市民プールの電信柱にも名前や背格好、当時の服装などが書かれた捜索願いが貼られている。それも種類の違うものが数枚なんてざらであった。


「ニュースとかSNSとかこういう掲示板とかとか見てたら思っちゃったわけ。ほんとしんどいなって。きっと問題を抱えてるのってこの町だけじゃないんだよ。未来のことに悩んでるのも、こんな人数だけじゃないって考えたら、もう……」

「希沙良……」

「このまま就職して社会に出て、それで人生を謳歌できるようなことがほんとに待ってんのかなって。ただ単に人生という荒波に翻弄されるだけのような気がしちゃって……なーんか最近なんにも手につかなくて」

「なによ辛気くさい。情報に惑わされてミイラ取りがミイラになってるだけじゃん? ね、うちらとぱーっと楽しんじゃいなよ! ほら、あそこに王子もいるしぃ~?」

  沙良がトレンドなどに耳が早いのは知っていたが、政治関連にまで熱を入れていたのは知らなかった瑞穂。

 希沙良を元気づけようとけなげに玲那は誘うが、希沙良の反応はめぼしいものではない。玲奈の気持ちも汲んで、瑞穂は迷いながら声をかけた。

「分からなくはないかな。希沙良の気持ち」

「え?」

 共感されると思っていなかった希沙良は目を丸くして瑞穂をみた。

「なにも起きないような気はしてた。たぶん、あたしはこのまま夢を諦めて、子供の頃の自分を手放して、そうやって大人になっていくんだろうって。今ある渇望には蓋をして、すました顔して人生を送るんだろうなって。でも、違う未来もあるのかも」

 ジュースのカップに視線を落とした。

 瑞穂は自分の気持ちを整理しながら言葉を探した。一つ一つ選んでいる瑞穂の様子に希沙良だけでなく玲那も言葉を待っていた。

「えっと、だからね、何かに委ねて期待するだけなのは終わりにしようかなって。……って、あたし何語ってるんだろ」

「だから瑞穂最近サークルで踊ってないん?」

「あ~~、それにはちょっと事情があってさ」

 あははと瑞穂はごまかそうとした。

「……月光神楽」

 希沙良がぽつりとこぼした単語を耳で拾った。さすが情報通は伊達ではないらしい。

「かぐら? え、どゆこと?」

 希沙良と瑞穂の顔を左右交互にみて質問した玲奈。

 知らない彼女に説明するようにお祭りのことを話す瑞穂だったが、背後から別の声が近づいてきた。

「なんやそないなこと企てておったんかー。瑞穂ってば冷たいやない! あたいも一口噛ませてえな?」

「そっちゃ! 秋茜町の希望! ビックオブバーンな、超新星でニューリアルなショーイベントぢゃ!」

「おいわれぇ。意味不明や、どつくぞ!」

 突っ込んでいる方もキャキャキャとはしゃいでいる。どうやらBBQで出されたアルコールで上機嫌になっているようだ。

 しかし希沙良はそんな潮彩渚と鬼道紅矢には目もくれないで、口元に手を置いた。

「あれ本当だったんだ……。じゃあ月夜如来神様の舞台で舞うんの!?」

「その口ぶりだともしかして……ツキガミ様のこと知ってる?」

 今度は瑞穂が驚く番。希沙良はあいまいに頷いた。

「ツキガミサマ……? 月夜如来神様ならおばあちゃんの話に出てくるのよ。けん玉をしによく神社にいって神様に励まされたって」

「ええ!? 希沙良って『わだち最中』のおばあちゃんのお孫さん!?」

「そうよ。知らなかった?」

 グラスのストローに口をつけて吸い込む希沙良。玲奈の方は酔っ払い二人に絡まれている。

「知らない知らない。えー、そうなんだー」

「ちょお、新も渚も邪魔くさい! ってか、酒臭いわッ!!」

「えーやんえーやん。玲那ちゃんだって参加したいやろ。せや、われ音頭とるでぇ。みんなで踊らにゃ損損ソーング!」

「瑞穂がいいこと言ってるんだから静かにしてよお」

「選挙ポスターだって最後はカオじゃないけん。信用に足るかどうかだっちゃ」

「それな! さすがは紅矢やわ。ほないくでー……」

 ざっぱーんと波が立つ。

 酔っ払い二人組はプールサイドからプールへといきおいよくダイブした。

 突然介入した二人の奇行に唖然としている。

 希沙良がつぶやく。

「そうよ……、任せるだけなんてただの委任じゃない。自分の人生なんだもの、私が決めなくちゃ」

 立ち上がった希沙良に玲那は目をむいている。

「ごめん、そんでありがと、二人とも。あたし、間違ってた! 瑞穂のおかげで分かった気がするの!」


 瞳にやる気をみなぎらせる希沙良をみて玲奈とともに安堵する。自分語りのようなことをする気恥ずかしさがあった瑞穂。

 そのタイミングで手持ち花火がつけられる。

 天井には星の灯り。瞬く飾りに周囲も声をあげてはしゃぐ。

 お節介な真澄は相変わらず女子や紳士然とした悟に振り回されている。瑞穂は彼の挙動に笑った。


 そんな、賑やかな夜だった。




 そんな、夜から一転し、駐車場付近は静けさに満ちていた。一点だけを除いて。


「どこですかー、もう見えなくなっちゃいますよー。出てきてくださーい。うう、怖いです……」

 ふらふらとさまよっているのはれっきとしたお嬢様、撫子であった。


 撫子はこっそり飼い猫を連れてきていた。

 猫枕に見せて、と言われた時から彼女に本物をみせてあげようと計画しており、今日の催しにつれていくことを思いついたのだ。

 すっかり目的は忘れて楽しんでしまったが。


 真澄や瑞穂たち大学生仲間たちと別れたあとこうして自分のペットを探している。

 首輪につけていたリードは落ちてしまっていた。

 まさか誰かに連れられてしまったのか? はたまた逃げ出しただけなのか、分からないまま、撫子は懸命に呼びかけていた。


「どこにいるんですかー、返事をしてくださいー」


 こんなに遅くなってと心配する両親の顔がよぎった撫子は焦れてきた。それに自分も飼い猫がまたどこかで弱っていたらと気が気ではない。

 撫子が探し回り声をかけていると背後の茂みからざわりと物音がした。

「もふちゃん!? よかった無、事で」

 撫子は振り返った。

 ぎょっとした顔のまま、叫びだそうとして、彼女、は――……。

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