第5話 マル秘の会員証
瑞穂は大学でのやりとりで自分はきっと白昼夢でもみたのだろうと決めて、山道を上っていた。
首元には熱中症対策として冷感のスカーフを巻き、スポーツドリンクも持参していた。
祠はあいかわらず苔むしたままであったし、道なき道まではいかなくとも、鳥居も舗装された通路もない獣道をおっかなびっくり歩いていた。
そうしてたどり着いた山頂には。
「いんのかーい」
拍子抜けするほど自然体でくつろぐ神の姿があった。
崩れ落ちた瑞穂に打ち水を要求し、その後は境内の掃除、あげく肩もみまで指示してきた御仁に自分は一体なにをと瑞穂は思った。
瑞穂の目の前で集めた葉っぱが燃やされている。火種は神様が指先でマッチのようにつけた。もはや手品をやられても動じない瑞穂であった。
この日神は――もう瑞穂は相手が普通の人間でないことを受け入れ始めてこう呼んでいた――難題ばかりふっかけてきた。
拒否するも
おかげで瑞穂はどこからか仕入れたポスターを商店街の人に配って回った。
初めてのポスター配りのアルバイトではあるが持ち帰られる率は高かった。押し売りしてないのにもらいたがる人までいるほどだ。
新たな才能かと瑞穂は別の意味で舞い上がった。
老人ホームにまで出向いた時にはなぜか飛び入りでカラオケを披露させられた。
苦心したのは、歌えと命じられた曲が演歌っぽいものであったことだ。たった一曲ではあったが歌詞とメロディーだけを通りに即興でやらねばならなかった。
あまりの難易度に頭を抱え、ついでにプレッシャーに押し潰れそうになった。
自分は音痴ではないはずだがなれない節のせいで何度も音を外した。
それでもお爺さんお婆さんたちは拍手を何度も送って感動してくれたから、瑞穂にとっては悪くない思い出となった。
あとは延々内職のような軽作業を任される連続もあった。
やれ提灯を作れやれ看板を作れやれ神輿を作れとツキガミはいう。瑞穂が自分は黒子ではないと何度わめいても聞く耳をもたなかった。
設計図と材料を渡されただけで完成させた、素人作のそれら。ところどころ紙が剥がれたり線がはみ出たり色がにじんだりとどう考えても失敗としかいえないものも多かったが、ツキガミの判定はガバガバだった。手のひらサイズの神輿にさえほほ笑みを浮かべて眺めているのだ。
納品オーケーが出た完成品を物置にしまって扉を行きよいよく閉める瑞穂だった。
(あんたはかぐや姫か!)
慌ただしい行き来で、ぜーはーぜーはーと肩で息をする瑞穂を軽快に出迎えたツキガミに怒りがわいてくるのも自然な成り行きだろう。
「これってなんの用意なんですか」
瑞穂がもっともな問いをするとお茶をすすっていたツキガミが振り返った。
盆に茶碗を戻す仕草まで優雅だなとつい見惚れてしまう。瑞穂は頭を振った。
「ふむ、瑞穂は案外聡いのな」
「暗にけなしてますよね?」
瑞穂が顔をしかめるとからからと笑うツキガミ。
「いやなに祭りが開かれるでな、その準備じゃ。トリは瑞穂に飾ってもらうからそのつもりでおれ」
「はい? 今、なんて……」
「というわけで瑞穂、踊ってまいれ。ダンススクールは秋茜町の外れじゃ。っと、その前に。ほれ、予約はしてあるからこの会員証を持ってゆけ」
「はあああああ!?」
「せいぜい励めよ」
「いやいやいやいや、お祭りなんて水森市じゃここ数年やってませんよ?」
「すでに伝えてある。決定事項、というやつじゃ」
「伝えた? まさかあのポスター……!!」
「今年は賑わうぞ。醜態をさらしたくなければ続けることだな」
はめられた、と瑞穂は思った。
抵抗しようとする瑞穂だったが。
「ちょ、横暴ですって。いくらなんでもツキガミ様、理不尽すぎ……」
「瑞穂よ。げに楽しき日となるぞ」
童話にでてくる狐よろしく笑うなにやら腹の黒い神様に脱帽してしまった。
はーっ、と息を吐いて瑞穂はツキガミの手元からカードをかっさらっう。
「……――やればいいんでしょう」
瑞穂は後ろを向いた。
あっぱれとその背中に拍手を送るツキガミ。
瑞穂といえば、スクールの会員証に目をやり、目元を染めていた。ほんのり上がった口角が彼女が喜んでいることを証明している。
(ダンス教室。ここにいけばもしかして……あたしの夢も近づくのかな)
*
瑞穂の背中をそっと押したツキガミは瑞穂の反応に気を良くした。
照れながら境内を去っていく瑞穂を笑顔で見送る。
だが、一転してその表情は曇った。
「あとはあやつがどうでるか」
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