第4話 学友との交流

 昨夜のことは夢に違いないと思っていた瑞穂だが起床して30秒で現実に引き戻された。なぜなら瑞穂の枕元には昨日見た紙の人形がぽつんと置かれていたからだ。

「なんだか見張られてる気がするんですけど……これって意志はあるのか?」

 紙の人形をつついていみるが何の反応もない。

 瑞穂はためつすがめつじっくり眺めたがこれといって仕掛けがあるようには思えなかった。

 そうこうしているとルームメイトの友人が瑞穂を呼んでくる。

 護符と一緒におざなりにリュックに詰める。

 今度こそ遅刻はしゃれにならないと急かされるままに時間に追われながら瑞穂は朝の支度をした。


 次の授業までの休憩時間がやってきた。朝から眠気を押し殺していた瑞穂はようやく体を休めると机に頭を下ろした瞬間、隣から上機嫌な挨拶がやってきた。

「夏帆ぉ、お前わざとだろ」

「なんだよ瑞穂、しけた面してえ」

 にっしっしと笑う夏帆相手におりゃああと髪の毛をぐしゃぐしゃにして倍返ししてやる。


 萌木夏帆。瑞穂の睡眠を邪魔した空気読めない天才は天然パーマで大柄な女子であった。天才とはいっても紙一重の方向にだが。


「ああ、あたしくせっ毛なのに、どうすんのさ~~瑞穂のばか」

「ばかにばかって言われたくないわよ」

「今日は占いで最高の日って出てたのにぃ」

 えぐえぐと大げさに泣く夏帆相手にやり過ぎたと反省した瑞穂は彼女の頭髪を整えるのを手伝ってやる。

 自前のくしですきながら会話を続けていた。

「占いって……。そのペーパー持ち込み禁止にされたんじゃなかったっけ?」

「授業中はオッケー。んでもテスト中はだめだって。なんでだろ?」

 そりゃカンニングペーパーと疑われるからだろ、と瑞穂は鈍感な友人相手に脳内でだけつっこんだ。


 夏帆が愛用している文房具、巻紙ペンシルシリーズは筒がガラスケースのような透明になっているシャーペンだ。その透明部分には紙が入る。加工次第ではオリジナルの用紙や折り紙なんかも入れられるが、彼女は発行元のペーパーだけを律儀に集めている。週替わりで販売されるクジ付きのペーパーを買っては占いをしているぐらいのジャンキーだった。

 テスト中には使えない面倒な代物をわざわざ愛用する夏帆は教師陣からもかわいがられるタイプだ。テスト結果だけは救えない出来だとしても。


「あたしガリ勉になる!」

「無理でしょ!?」

「……――って思って集め始めたけど~勉強しなくてもこの子たちかわいいしー、満足」

「本末転倒だなあ」

 愛用する文房具を「この子」などと表現する時点で熱の入れ具合が知れた瑞穂はそれ以上やぶをつつかないようにしたが。

「ただの紙なのに」

「瑞穂がディスってくるー! ふえーん」

 安価なのはいいが間違っても大学生が使う文具ではないだろうと瑞穂は常々思っていたせいで余計な一言を口にしてしまった。夏帆は髪の毛が途中でも逃げ出した。


「あれ~? 夏帆ちゃん行っちゃったの~? お茶しようと思ったのに。ま、瑞穂ちゃんでもいっか」

「夏帆の代わりとかふざけんな難波」

 行儀悪く机を蹴り上げる瑞穂を相手の男はスマートに受け流した。

「今日は不機嫌だね瑞穂ちん」

「……ごめん。あんたに当たってもしょうがなかった」

 乱暴な態度の瑞穂の機嫌を無視したまま机に茶菓子とペットボトルを用意する青年だった。


 難波悟は女子をみれば口説いてお茶会なんて安価な席を設ける男ではあるが、女子たちがおごられていることにかわりない。豊富な話題をもつ彼との暇つぶしは楽しい。友人に近い立ち位置に収まる難波相手に痛手を負うこともないおかげか女ウケは悪くないのであった。


「どうしたの、悩み? 俺でよければ聞いたげるよ」

「ん、ありがと。じつはさ……」


 モヤモヤと胸につかえる昨夜のことを友人たちに話すしだした瑞穂。彼女の荒唐無稽な話に悟青年は早くも引き気味に、ところが。


「え「それって世界の危機ですよー! 瑞穂サン、神様ってどんな方でしたか! 敵は、どんな奴ですか、まさか宇宙人、ひょええ~~!」おいちょっと」

「オタクロあんたさーいかにも中二病くさいこというのやめてよ~」

「そうですよ織田くん。蕪木さんにこれ以上おかしな概念を植え付けないであげてくださいね」

「委員長……相変わらずね……」

「ふふ、そうですか?」

「って、おいー僕の話を聞、」

「お黙りなさい」

「はいぃぃぃ……」


 黒いTシャツに丸眼鏡のいかにも文化系のサークルに属す織田琢郎は彼の高校の委員長だった真面目な女子に完封されていた。

 ともすれば毒舌な、委員長と呼ばれたポニーテルに地味な装いの彼女と彼らのやりとりで瑞穂は考えすぎたかもと考えを放棄しはじめた。

 だから、

「セカイなんてどうでもいいじゃない」

「え、委員長?」

「なんでもありません」

 そっぽを向いた委員長とオタクロとの空気に亀裂が走っていたことを瑞穂は知らない。

 綺麗事のような規律をわざわざ守っている委員長が、らしくない言葉を吐いていたことなど。

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