買い物好きな私の日常は、なぜだかトマト色に満ちている。

ねくしあ@カクコン準備中……

突撃!となりの晩ご犯

「あー、そろそろ飢えて死んじゃいそ……」


 窓から差し込む光はオレンジ色に染まり始め、本格的に夕暮れを感じさせる空となった。斜めに傾いた太陽は影を作り、部屋の中は次第に暗がりが満ちていく。


 そして、それに共鳴するかのように私の身体は飢えていってしまう。


「……もう日も落ちるし、買い出しに行くかぁ」


 深い溜め息をつき、そそくさと準備を始める。

 やはり同じことを繰り返せば次第に慣れるというもので、最初の事よりかは間違いなく素早く準備できていることだろう。


 数分の間で必要な荷物をトートバッグに詰め込んだ私は、家を出て適当な場所へと歩みを進めた。


 学校から帰る学生が多い時間帯。

 こんなコンクリートジャングルではすることはかなり簡単だと言える。雑踏の影では「見つけやすく、見つかりにくい」からだ。


「お、はっけーん」


 目を皿にして歩いていると、一本の裏路地の奥でお目当てのを見つけた。その嬉しさに私は、軽快な足取りで、なんなら口笛すら吹きながらそこまで歩いていった。


 その裏路地は、夕日が生み出すコントラストが美しい場所だった。街の喧騒が程よいBGMとなり、ここに漂う寂しさとよく調和している。


 しかし、そんな空間に似つかわしくない人物が4人。


「あ? ……そこの姉ちゃん。こいつみたいになりたくなければ、今すぐに右回れ右することがおすすめだぜ?」


 人相の悪い男――ここは「悪人」と呼ぼう――が、足元に転がる物体を指さして言った。


 こいつ、というからには人なのだろうが……微動だにしないということはもしや――


「うぅ……」


 良かった。生きていたようだ。

 もし生きていなければ私の出る幕じゃない。最初っから警察を呼ぶ羽目にならなくてとても安心した。

 ただまぁ、この男――「死人」と呼ぶ――にハエがたかり始めていることには一旦目を瞑ろう。


「おう、怖くて声も出ねぇみたいですぜ兄貴。ここは目覚ましにやっちゃいましょうよ!」


 次は切れ長の目の男――こっちは「細目」だな――が、期待に満ちた下卑た声で言った。彼は手にナイフのようなものを持っており、こちらが見えるか見えないかギリギリのラインを狙うようにこっそりと隠している。


 まぁ、私にはバッチリ見えているのだけれど。こう見えても買い物好きなのだから、素人の思考くらい余裕で分かるのだ。あまり舐められては困る。


「……とりあえず、お嬢さん。荷物を置いていきなよ。綺麗なお顔が台無しになる前に」


 とても落ち着いた、爽やかな青年のように思える声の男が優しく語りかけてきた。しかし、その見た目は青年なんかでは全くない。

 身長は2メートルに近いほどであり、肩幅は力士と見紛うほどに大きい。武器はないようだが、その身体で殴れば並の武器より間違いなく威力は高いはずだ。こいつの呼び名は「巨人」だな。


「ほぅ。俺たちの忠告を聞いても――なんなら時間が経つにつれ口角が上がる、か。相当舐め腐ってるみてぇだな?」


 悪人の言葉を聞いた瞬間、私は逃げるでもなく、まずは口元に手を当てた。口角が知らぬ間に上がっていることに気がついたとき、内心で「また悪い癖が出てしまった」と思いつつ、身体に巡る血が沸き立つのを感じた。


「なぁ……喧嘩売ってんのか?」


 そしてついに、「その」言葉が出てきた。


「私は――買う方が好きなのだけれどもね!」


 刹那、私は右肩に提げていたトートバッグの中から、小さく格納されている私の相棒である金棒を素早く取り出し、元の大きさに戻して細目の方へと駆け出した。


「チッ、お前らやっちまえ!」

「やっぱり俺の方に来るんだな……ッ!」

 

 自分が最初に狙われることはいつものことなのだろう。やはりか、という表情をしてナイフを構えた。


「あなたは"安そう"ね!」


 金棒、と言っても桃太郎に出てくる鬼の金棒のようなものではない。実際のところは金属棒に近く、長さ1メートル、直径3センチほどの大きさだ。あの恐ろしいトゲなんかもついていない。


 それを短く持ち、思い切り縦に振り下ろした。


 その様は、まるで真剣で敵を斬り伏せる侍のよう――以前そう表現されたことがある。


「力強っ!?」


 細目はナイフでそれを受け止めたが、目を丸くして驚いている間に私は右足で腹に蹴りを一発打ち込んだ。


 かはっ、と肺の中の空気が抜ける声がした後、細目はたたらを踏んだ。そこへすかさず追撃の突き。


「うぐっ……!」


 少しばかり臓器が潰れてしまっただろうか。いや、感触的にそこまではいっていないはず。ぐにゃりとした独特のそれが感じられなかった。

 しかし細目は少しばかり喀血した。


 と、思案している間に悪人と巨人が私を挟むように移動していた。そして同時に襲いかかってきた。


 そこで私は、金棒を巨人の方へ向かって突き出し、悪人に対しては蹴りを喰らわせた。


 流石の巨人も腕が届かないようはず――


「うおっ!?」

「あともう少しだったのに……」

 

 巨人の大きな指が思い切り伸びると、私の鼻先を掠めた。もしクリーンヒットでもしていれば大惨事だ。危ない危ない……


「くそっ……この女、意外と強いじゃねぇか」

「そ、そうですね、兄貴……」

「僕の攻撃も避けられた。すごいねお嬢さん」

「あら。そんなに褒められると照れちゃうじゃない。ふふっ、かなり嬉しいわ」


 お褒めの言葉を頂いたのであれば、それには感謝を述べるべき。そう思っての返答だったが、三人からは「そうじゃない」みたいな目で見られてしまった。なんなら死人ですら「おかしいだろ」みたいな視線を私に向けている。失礼な。


「な、なぁお嬢さん。俺たち――いや俺だけでも逃がしてやくれねぇか? 頼む!」

「おいお前何を言って――!?」


 悪人が信じられないと言った様子で驚く。さっきまでの威厳が台無しだ。


「そうねぇ……いいわよ――」

「マジですか! ありがとうございます!」


 さっきまでの態度はいずこへ。敬語で感謝の言葉を述べた細目は、脱兎のごとく逃げ出した。

 ただ。もちろんこれには裏がある。


「――私から逃げ切れるものなら、ね」


 ふぅ……と深呼吸を一つ。

 次に全身の筋肉を弛緩させ、クラウチングスタートの姿勢を取る。そして腰を上げ――金棒を巨人の頭目掛けて放つ。

 次の瞬間には走り出し、巨人から離れつつ一直線に細目を追いかける。


 ――流れていく風が心地よい。まるで自分だけの世界で駆け回っているかのような気分だ。そんな風でさっきまでの戦闘けんかで流した汗が身体を冷やしていくにつれ、逆に心に宿る炎の勢いは増していく。


「はぁ……はぁ……ここまでくれば……って早っ!?」

「逃げられると思うなんて、さすが安そうな男だわ!」

「ちいっ!」

 

 もう手加減は無用だ。ナイフもないただの男一人、徒手空拳でもどうとでもなる。


 まずはジャブ、右フックで意識を逸らして左アッパー。がらんどうの腹に再びキック。

 吐血・出血しながら踏ん張ったはいいものの、動ける気力が残っていないように見える。しかし動けないわけではなさそうだ。


「ま、だ、まだ……!」

「抵抗する強い意思は認めてあげるわ。でも残念」


 試合は終了だ、と告げるようにストレートパンチ。

 ぐはっ、と情けない声を出しつつノックアウト。


 よしっ、と呟く最中、後ろから気配を感じて振り返る。


 すると、勝利の余韻に浸らせまいと言わんばかりに巨人が追いかけてきていた。右手には私の金棒がある。

 その後ろには悪人が隠れるようにしてついてきていた。あの恐ろしい雰囲気をまとっていたのは誰だったのかといいたくなる。


「お嬢さんの武器はここにある。もう勝ち目はないんじゃないかな」

「そう言って負けた人はいっぱいいるのよ。あなたが記念すべき10人目になるのだけれど」


 そう言って私はポケットに隠していたスイッチを押した。


「ッ!?」


 途端に目を見開く巨人。金棒を握る手からは大量の血が流れている。


「何をしたんだい……!?」

「それに何の細工もないと思ったの? 手元を見れば分かるでしょう」

「これは……針?」

「正解。相手に取られた時用にね。あ、返しが付いてるから下手に引き抜くと危ないわよ。それに加え爆弾付きだから」

「っ……」


 さて。これで二人は制圧したと言える。次は悪人だが……こいつは私がやる必要もなさそうだ。


「この音は……! おい! お前まさか!」


 悪人が言う「音」とはなにか。まぁ、この反応を見れば分かるだろう。


 警察の――パトカーのサイレンだ。それが複数近づいてくるのが分かる。


「止まれ! 警察だ! 両手を頭の後ろに当てて膝をつけ!」


 現れたのは銃を携帯した警官4人。そのうちの一人が悪人を見て威圧するように叫んだ。

 向こう側の路地には既にパトカーと救急車が何台もおり、逃げ道を塞ぐように停車している。


「くっ……このぉ――!」


 顔面がトマトのように真っ赤になった悪人は、銃口を向けられているというのに私に向かって走りだした。

 右手は大きく振り上げられており、私を殴る気満々なのが伺える。


「撃て!」

 

 誰かの号令で乾いた銃声が数回鳴り響く。それらは全て命中し、私の2メートル手前で力なく倒れ伏した。銃創は腕や足にあるので死ぬことはないだろう。

 まぁ、そのおかげで顔に血がべっとりなんだけれど。


「……また派手にやりましたね、蕃茄農家ブラッディ


 先程投降勧告をしていた刑事が話しかけてきた。彼はもう見慣れた顔になっている。友達とすら呼べるだろうか。

 ま、実際のところは同僚なのだけれど。


「最初に比べればマシな方でしょ? 蕃茄トマトがこんだけしか流れてないんだから褒めてほしいわね」

「そうですね……ともかく仕事お疲れ様です。相棒さんに仕込んだGPSは今回もきちんと作動したようで何より」

「いいタイミングだったわよ。それじゃ、私はに行ってくるから」


 そう言って私はトートバッグを回収して歩みを進めていく。


 遠ざかるパトカーのサイレンと救急隊員の声――死人も助けているようだ――。

 それを聞く度、今日もいい一日だったと思わせてくれる。


 あぁ、楽しいな、この日常しごとは。

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