第8話 謁見
謁見の間に着くと、政務を終えたアロイスと合流した。大きな両開きの扉が重く構えている。この中に、この国の王がいるのだ。
「ゼナ、緊張しなくていい。俺が傍についているから」
「はい」
そういってゼナを励ましてくれるアロイスが頼もしい。ゼナも胸に手を当てて、覚悟を決める。
(わたしを認めてもらえるかしら)
アロイスはこの謁見を挨拶だと言っていたが、きっと国王がゼナを見定めるためでもあるだろう。国王がノーと言えば、ゼナはアロイスの傍にはいられない。
花嫁選定では、ゼナが一番位が低かった。そのこともあり、国王がゼナを婚約者として認めてもらえるか心配だ。
二人並んで待機していると、扉が重い音を立てて開く。そして、謁見の間から出てきた護衛騎士が、「陛下がお待ちです。中へどうぞ」と二人を促した。
「行くぞ」
「はい」
アロイスはゼナと視線を合わせて頷く。
ゼナはアロイスの後ろを着いていく。
謁見の間はとても広く、壮麗だ。天井には煌びやかなシャンデリアが吊られており、床は大理石でできている。そして、中央にレッドカーペットが敷かれており、その先に玉座が鎮座していた。
ゼナはそこに国王と皇后の姿を認め、さっと視線を下に落とす。
(離れていても、厳かなオーラが伝わってくる……。陛下をこんなに間近で拝見することになるなんて、思いもしなかったわ)
アロイスは玉座に近づくと、恭しく礼をしてから口を開いた。
「父上、母上。ご挨拶に参りました。こちらが、私が婚約者として選んだ姫君です」
「ああ」
王冠を戴いた国王が頷く。その容姿はアロイスとは違い金髪碧眼をしていて、その佇まいから君主としての圧倒的なオーラを感じさせる。
隣に座る皇后はアロイスと似た黒髪で、その切れ長の端正な目元は華麗さと気品を持ち合わせていた。
「ゼナ・シェードレと申します。この度はお目通りが叶い、光栄です」
続けて、アロイスの隣に立つゼナが名乗り、ドレスの裾を掴んでお辞儀をする。
「父上、既に聞き及びでしょうが、俺はゼナを婚約者とし、時期を見て正式に婚姻を結ぶつもりです。その旨をお伝えしたく、今日は参上しました」
「ふむ」
国王が頷く。ただの相槌でさえ、空気が振動した気がした。
「此度の花嫁候補には公爵令嬢もいたと聞きましたが……ねえ、あなた」
「ああ。アロイス、ウィンクラー公爵から具申が来ておる。"なぜ、娘を選ばなかったのか"とな」
すると、皇后が口を開いた。国王もそれに頷き、真剣にアロイスを見る。
(ウィンクラー公爵令嬢……、ディシア嬢のことね)
ゼナはビクリと肩を揺らす。そして、いやに鼓動が早鐘を打つのを感じた。
『アロイス様っ! お考え直しを! なにかの間違いですわよね!?』
花嫁選定のとき、ディシアはひどくショックを受けていた。
アロイスの話ではこれまでの関係も薄く、婚約の約束を交わしたこともないと言っていたが、国一番の名家の公爵令嬢という立場上、最も可能性があったのは彼女だったのだ。
ディシアもゼナが選ばれるなんて思ってもいなかったことだろう。
「父上。恐れながら申し上げます。ウィンクラー公爵令嬢の婚約者に相応しいのは、俺ではないと思います」
「ほう。それはどうしてだ」
「俺では彼女を幸せにすることはできない。──俺はゼナと結婚したい。彼女と生涯添い遂げたいのです」
「そうか」
キッパリと言ってのけるアロイスに、国王と皇后は顔を見合せ、そして深く頷いた。
間近でその言葉を聞いたゼナは、アロイスの覚悟に胸を打たれる。やっぱりこの方なら信じられる、ゼナはそう思った。
「アロイスがそこまで言うとはな。ならば、私はなにも言うまい。婚約者を決めるのはアロイスの意思だ。そのための花嫁選定なのだから」
国王は感心したふうにアロイスを見下ろす。そして、今度はゼナに向けて言葉を放つ。
「──シェードレ子爵令嬢よ。メルンド国第三王子アロイス・フレンツェルの婚約者となる覚悟はあるか」
国王から問いかけられ、ゼナは背筋が伸びる。
その深紅の瞳の鋭さからは、ゼナの内側まで見透かしているように思われた。
「はい。天に背かず、生涯、アロイス殿下と共にあることを誓います」
ゼナは国王の視線を真っ向から受け、胸に手を当てて誓う。
こうやって誓いを立てるのは二度目だ。一度目はアロイスに、二度目は天に。
正式な婚姻はまだ先であるが、王子の婚約者となることは重大な決定であり、簡単には覆らない。ゼナを連れ出してくれたアロイスに背くようなことは、絶対にしたくない。
ゼナの誓いを受け止めた国王は、これまでの張り詰めた様子と一転して表情を綻ばせる。
「実はな、わしは二人の覚悟が聞きたかったのだ。アロイスは自分のことに無頓着であったから」
「アロイスが本気になる姫君が現れるなんてねぇ」
「本当に。──二人とも、公爵の件は気にしなくてよい。ゼナ嬢、これからアロイスを頼むぞ」
「ふふ、可愛らしい義娘ができてわたくしも嬉しいわ。困ったことがあったら、なんでも言ってちょうだいね」
嬉々とした国王と皇后が次々とゼナに言葉を投げかけるので、ゼナは助けを求めるようにしてアロイスを見る。すると、アロイスは目を細めて口角を上げた。
ゼナは両陛下に大してこくこくと何度も頷き、腰を曲げて深く礼をする。そんなゼナに対して、両陛下は微笑ましいというような表情を浮かべるのだった。
謁見が終わると、ゼナは気づかれないように小さく息を吐く。緊張しなくていいと分かっていても、身体が勝手に強ばっていたようだ。
とりあえず、認めるとまではいかずとも、婚約を受け入れてくれるようでよかった。
その後、アロイスは国王と何事かを話していた。ゼナはそれを遠くから見ていた。
「父上の承認をもらえたから、これで俺たちは正式な婚約者だ」
「よかったです……認めてもらえなかったらとドキドキしてました」
「安心しろ。父上が承認しない場合は、無理やりにでも認めさせたがな」
謁見の間を出ると、アロイスは声を低めて言った。その仄暗い雰囲気に、ゼナの心臓がどくりと跳ねる。
(時々、アロイス様は暗い顔をなさる)
彼が黒王子と呼ばれる所以が分かる気がする。普段、ゼナに対しては穏やかだが、昨夜のことといい、アロイスはなにか闇を抱えている気がする。
彼の闇に触れた時の胸の震えは、恐れか、驚きか、歓びか。ゼナにはまだ分からない。
(わたしは、この御方のことをほんの少ししか知らないんだわ)
そう思うと、「いずれ、全てを見せてくださればいいのに」なんて、強欲なことさえ考えてしまう。きっと、ゼナたちはまだ、将来の伴侶としてのスタートラインに立ったばかりなのだろう。
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