飛べないペンギン空を飛ぶ

間川 レイ

第1話

ある日、ペンギンは決意した。そうだ、空を飛ぼう。


何せ、海中は危険である。確かに獲物となる魚はたくさんいる。だがしかし、この身を狙う天敵もまた数多いるのだ。海の王者シャチに始まり、陸の王者シロクマなどが、このずんぐりむっくりむちむちポテポテとした我が身我が肉を貪らんと待ち構えているのだから。


氷上とて安全とは言い難い。氷上こそシロクマ達のホームグラウンド。彼ら彼女らの全力疾走を振り切ることは極めて難しい。それに、このずんぐりむっくりむちむちポテポテな身体は走るのが極めて遅いのだ。泳ぎでなら万に一つぐらいは生きながらえる道もあるだろうが、陸上でのかけっこ勝負となったら、生き残るのは極めて難しい。


だから、空だ。空を飛ぼう。ペンギンは考えた。空ならまだ天敵は少ない。それに、獲物となる魚も陸上からに比べたらまだ見つけやすいかもしれない。ペンギンが生き残る道は空にしか無いのだ。だからこそ、この広い大空に羽ばたこうとして翼を広げ、三はばたきで諦めた。


悲しいかな、このずんぐりむっくりむちむちポテポテな身体は、空を飛ぶにはあまりに向いていなかったのだ。どれだけ羽ばたいた所でこの身を浮かばせることは到底不可能。ただただ可愛いだけだ。


だがペンギンは諦めなかった。何せ、陸上も海中も極めて危険である。生き残るには空への脱出しか道はないのは明らかだったから。だからこそペンギンは考えた。なんとかして空を飛ぶ方法は無いものかと。考えて、考えて、考えて。


そして思いついた。そうだ、人間に学ぼう。


ペンギンは気づいたのだ。何も、翼があるからと言ってこの翼で空を飛ぶ必要はないのだと。人間のように、道具を使って飛べばいい。時々ペンギンたちを観察に訪れる人間たちを思い出すがいい。ヒョロ長い身体に貧弱な手足を持ちながら、シャチよりもシロクマよりも速く力強く走り回る乗り物に乗っているでは無いか。


要は、ペンギン単体では空を飛べない。ならば、追加加速装置を付けてしまえば飛べるようになるのでは無いか。ペンギンはそう考えたのだ。


ただ、追加加速装置と言ってもどのような形状の物がいいだろう。ペンギンは悩んだ。プロペラ型にするか、ジェットエンジン型にするか。落ちていたスマートフォン片手にペンギンは悩んだ。


プロペラ型は確かに作りやすそうだ。だがプロペラをどこにつけるかが問題である。まさか嘴で咥えるわけにも行くまいて。さらに絵面もよくない。ペンギンの先端でぐるぐる回るプロペラなど、最早ギャグである。仮に双発にして翼の下に取り付けるにしても、万が一プロペラが翼を巻き込んだりしたら。痛いでは済まされない。


となればやはりジェットエンジン型である。それにジェットエンジンの方が遥かに速い。速さはパワー。速さこそ正義である。それにジェットエンジン型の方がコンパクトである。これだ!ペンギンの脳裏を天啓が走った。


ペンギンはせっせせっせと、来る日も来る日も設計図を描いては試作品を作り上げた。最初のうちは、設計図を描くのも一苦労。何せこの身はずんぐりむっくりむちむちポテポテとしたペンギンの身の上である。何かを描くと言うことに致命的に向いていない。だがそれでも、自分が生き残るためだ、一生懸命努力した。氷を削り出しては試作品を作った。


それでもやっぱり中々上手くいかないものである。飛び上がれすらしなかった事は数知れず、多少浮き上がったとしても墜落事故を起こしたことも数知れず。人間のいうイカロスのように何度も大地に叩きつけられた。ペンギンはいつだって傷まるけだった。見るに見かねた友人ペンギンや長老ペンギン、恋人ペンギンに、もう無謀な挑戦はやめるよう諭されたこともある。ペンギンは今のままでも生きていける、そう言われたこともある。


だがペンギンは諦めなかった。ペンギンにとって、あの海よりも澄んだ蒼い蒼い大空は、もはや憧れにも似た存在になっていたのだから。あの蒼い空を自由に飛び回って見たい。その一心でペンギンは努力した。作成中の事故で片目を失おうとも。頭がおかしくなったと陰で嘲笑われようとも。


そして、初めてペンギンが空を飛ぼうと思った日から数えて3年目。ペンギンは遂に空を飛んでいた。翼の下に抱えた二発のラムジェット式エンジンは軽快な音を鳴らしてペンギンを大空へと持ち上げた。ぐんぐん、ぐんぐんと。やった、やったぞ。ペンギンは大声で泣いた。ペンギンはどんな鳥よりも速く、鋭く空を舞った。インメルマンターンにコブラ機動、ありとあらゆる技法で空を舞った。蒼い、蒼い大空に真っ白な軌跡を残して。


空を縦横無尽に舞うペンギンを、友人ペンギンや長老ペンギンは呆然と見ていたけれど、恋人ペンギンがその後を追って駆け出すと皆が皆その後に続いて駆け出した。おおーい、おおーい。やるじゃ無いか!遂にやったんだな!口々に歓声をあげて。


だけどペンギンは彼らを振り返ることはしなかった。ただ蒼い、蒼い大空だけを見上げていた。もっと高く飛びたい。より高く飛びたい。その一心の想いを胸にスロットルを押し込む。エンジンが力強く咆哮する。ペンギンはぐんぐんと加速する。蒼い、蒼い大空へ向けて。加速に身体がついていかず、ミシミシと骨身が軋む音を立てても。蒼い世界が、黒みを帯びた蒼に変わっても、決してスロットルを緩めなかった。


そして、ペンギンは2度と居住地に戻ることはなかった。爆音じみたエンジンの轟音だけをあとに残して。あとは食べかけの朝食だった魚一尾をのこして。


それからしばらくして。しばしば南極基地上空では、正体不明の飛行物体の目撃情報が相次いだと言う。





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