兄はゴミ掃除を任される
「ど、奴隷」
その忌まわしい言葉に胸が苦しくなるが、ベイクドはなんとか堪える。
「な、なぜ?」
「だって、もったいないじゃないですか。命が」
「……もったいない、か。たしかに、生捕りにした盗賊を国に突き出せば多くの者が処刑されるだろうね。そうでなくとも、おそらく危険な環境での過酷な肉体労働を強いられる。早いか遅いかの違いで、実質的な死刑だ」
ボスであるキレジーは間違いなく公開処刑。
末端の構成員に至るまで、まとめて鉱山やらに送られて強制労働。
キレジー盗賊団であれば、それほどの罰が科されるのはほぼ確実だろう。
「なので、有効活用しようかと」
そう言って、レイスはにっこりと微笑む。
「……具体的には?」
「全員奴隷にして、強制的に社会貢献させます。魔物退治や街の治安維持、領民の護衛に悩み事解決。救いようのない悪人でも、処刑してしまうよりは有効活用したほうがいい」
「悪くはない話だけど……見方によっては指名手配犯を刑に服さず匿っていると思われるかねない。問題になるかもしれないよ?」
「そんなの――バレなきゃ問題ないですよ?」
「ええ……」
とくに問題にも思っていない様子で言うレイス。
バレなきゃ問題ないなんて、肝が座りすぎている。
たしかにバレなきゃ問題になるはずなどないが、仮にバレたときだ。
きっと、かなりの罰が科されるだろう。
社会への貢献、困っている人を助けるためならグレーな行為にも平然と手を染めようとする弟。
その姿に、ある種尊敬のような感情が浮かぶ――
「おっと、彼らの身柄はもちろん兄さんに預けますからね。俺個人が使うより、次期領主となる兄さんが持っていた方がずっと有効活用ができますから」
「せ、責任転嫁……!」
――なんて、一瞬でも思っていた僕は馬鹿だった。
流れるような、責任転嫁。
これではバレたとき罰されるのはレイスではなく、ベイクド。
しかも、これを奴隷であるベイクドに拒否する権利はない。
圧倒的、圧倒的責任転嫁。
ベイクドはきりきりと痛みを訴えだしたお腹のあたりをさすった。
「あ、でも過労死するほどの酷使はやめてくださいね。命がもったいないですから。この先数十年は有効活用できるよう、過労死しないギリギリで使っていきましょう」
「命がもったいないの意味が、なんか違う!?」
まるで、物。物扱い。
道具が壊れたらもったいないから、壊さないように大事に長く使っていく。
そんな感覚。
今処刑されるか、この先一生奴隷として老衰するまで何十年も過労死ギリギリで使い倒されるか。
いったいどちらが彼らにとって幸せなのか。
「そんなわけで捕らえた盗賊たちは奴隷にして自由を奪うので、兄さんが上手いこと領地のために使ってくださいね」
「あ、うん」
もう何も、言うまい。
ベイクドは盗賊たちにほんの少しだけ同情しながら頷いた。
「それで、最後の1つなのですが」
そう言って、レイスは懐から1枚の紙を取り出す。
「これは?」
「盗賊たちの取引先――言わば、共犯者のリストです。彼らのアジトにあった書類を整理して、書き出しておきました。元の書類は後でまとめて渡します」
「共犯者か……」
盗賊たちが物や人を盗んだところで、それを買い取る業者がいなければ彼らは金を稼げない。
この領地で活動していたというなら、当然彼らの共犯者も領内にいるはずだ。
「これがなかなか数が多くてですね。この際、領内の膿は出し切っておくのも悪くないかと。実際、彼らの悪行は罰されて然るべきです。このリストに書かれている者たちがキレジー盗賊団を領内に招いたとも言えますからね」
ベイクドは渡されたリストを見やる。
「盗賊団の取引先がこれだけあるとなると、彼らが招いたというのも事実、か。さぞ、キレジーにとっては居心地が良い領地だったろうね」
「今ならキレジーという戦力をこちらが自由に動かせますから、襲撃しても失敗するリスクは低い。兄さんの権限を使って一気に処理してもいいのではないですか?」
「そうだね。いずれこの領地は僕が継ぐ。領地に悪人がのさばっているようでは、領主となる僕の沽券に関わるところだ」
「それに、これは実績にもなりますよ」
「クク、たしかに。これだけの悪人を一掃すれば、僕の名声はきっと国内に轟く。キレジーが使えれば簡単に処理できるだろうし」
ベイクドは、名領主として名を馳せるであろう自身の未来の姿を想像して上機嫌に笑う。
「さてさて、僕の名声の礎となる哀れな悪人たちの名前でも拝むしようかな」
ベイクドはリストへと目をやり、上から順番に名前を読み上げていく。
「奴隷商アルブス・リアルブス、闇賭博支配人バーゲン・セール、違法娼館経営者カハシン・ホンノー、領主ボイル・ノータリン、地下闘技場支配人ナグル・スグナグル――ん?」
あれ、何か見覚えがある名前が。
いや、そんなわけないか。
見間違いだよね。うん、そうに違いない。
いやあ、疲れているからね。そういうこともある。
ベイクドは目をゴシゴシと擦ると、気を取り直して再びリストへと視線を戻した。
――そこに変わらず燦然と輝く『領主ボイル・ノータリン』の文字。
「領主ボイル・ノータリンァァァアアアッ!?!?!!? み、間違いじゃない?! レ、レイス、これは」
信じられない名前を見つけたベイクドは、わなわなと震えながらレイスへと尋ねる。
すると弟は、にっこりとした笑顔を浮かべて言った。
「では、処理しておいてくださいね。――こいつら社会のゴミなので」
ベイクドは白目を剥く。
そして、気絶しそうになりながら絶叫した。
「なんか父上の名前が書いてあるんですけどおおおおおおお!!!?!??!?」
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魔法至上主義の世界で無能と呼ばれた転生剣士、魔法を使えないのにうっかり世界最強になる 秋町紅葉 @trah
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