第3話
お姉さんと話した次の日、僕は早速動き始めることにした。
単純と言われればその通りだが、初めて自分にも強みになるものがあるんだなと思ったら自然と気持ちは高ぶっていた。
でも、強みを一つ知れたところで何をすればいいのかまでは思いついていなかったのでとりあえず街を歩いてみることにした。
すると前にお姉さんのライブをみたときの近くに楽器屋さんがあった。
外観は古さがあるが、お店の中はとてもおしゃれで入ってみることにした。
ピアノを小さい時から習っていたのものあり、ピアノには多少詳しくなっていた。
「いらっしゃいませ」
お店に入ると50代ぐらいのおじさんが出迎えてくれた
「こんにちは」
一応挨拶をする
「今日はどういったものをみにきましたか?」
「いや、特に決めて入ったわけではないんですが自分のやりたいことを見つけたいなと思って入った感じです」
なんで見ず知らずのおじさんにこんなことを話しているのかと思いはしたが
おじさんは微笑んで僕の話を聞いてくれた
「そうですか。最近はyoutubeやSNSなどで自分の演奏や歌を発信する人たちが増えてきたので、それの影響なのかギターを買いに来る人が多かったりしますよ」
それは僕も見たことがある。
特に最近は顔を出さずに活動している歌手も増えている。
僕もヨルシカやAdoは好きでよく聞いている。
「ギターか」
ギターをみているとやはり思い出すのはお姉さんが演奏しているところだ。
お姉さんは何もしていなくてもすごく綺麗だけどギターを演奏して歌っている姿はかっこよかった。
それをみたのもあり僕は楽器屋さんに入っていたのかもしれない
「初心者さんだったら1万円で買えるギターもありますよ」
「ギターって1万円で買えるんですか?」
勝手に10万円ぐらいすると思っていた
「もちろん高いものありますが初心者さんに最初から高いのはおすすめしないようにしています。実際問題ギターは見た目以上に上達が難しいです。要するに理想と現実のギャップが大きいんです。なので私は1万円のギターでまずは弾いて上達したら高いギターを買うようなおすすめの仕方をしているんです」
おじさんの言っていることはその通りだと思う。
僕もピアノを何度も辞めたいと思っていたが、あの時は親の意見には逆らえなかったから嫌々でもピアノを続けていた。
でも続けていくうちにピアノが弾けるようになってピアノも悪くないなと思った。
中学生の途中までは続けていたが、結局高校受験が忙しくなりピアノは辞めた。
先生からは「あなたは才能があるから辞めるのはもったいない」といってもらったが、親は「高校受験の方を優先させたいので」といって僕のピアノ人生はあっさり終わった
「僕も昔ピアノしていたのでなんとなくわかります。それならこの初心者用のギターを一つください」
「はい。ありがとうございます」
僕は購入したギターを背にからい、見た目はバンドマンのような格好で自宅に帰宅した。帰りの電車での他の人の視線はちょっと恥ずかしかった。
家に帰って初めてギターを弾いてみると
「ギュイイィ~ン」
思った以上に音が大きかった
この家は親が選んだもので勉強に集中するために防音性が高い家を選んでくれたのもあり多少のギター音も迷惑にならないと思い、それからネットでギター初心者の練習などの動画を見ながら練習をした。
元々勉強もピアノもコツコツと時間をかけるのは苦手ではないからギターの練習も楽しくなっていた。
2ヶ月ぐらい練習していると簡単な曲ぐらいは弾けるようになっていた。
実力もまだまだだけど、1つの音が1つの曲に繋がっていくことに楽しさを覚えていた。
最初の方は指が痛くなっていたし、Fを抑えることができなくて苦戦していたけど、指の皮は固くなってFも抑えれるようになっていた。
2ヶ月ぐらいやってみて思ったのは「楽しい」だった。
今までやらされているだけの人生が自分の意志で始めると「楽しい」と思えてそれがまた嬉しかった。
ギターを始めて3ヶ月ぐらいしたある日。
外は夏の暑さが落ち着き始めて秋のような涼しさになっていたので、ちょっと気分転換に外で演奏してみようと思い、初めてギターを背負って前にお姉さんと話した川のところに足を運んだ
「あっ」
「よく会うな」
そこにはお姉さんがいた。
これは決して意図した遭遇ではなくまぎれもない偶然の遭遇である。(なんか意図して遭遇してるって思われたら気持ち悪いよね)
「偶然ですよ」
「わかっている。その背中にあるのはギター?」
「はい。前にお姉さんと話した後楽器屋さんにいって買ったんです」
「そうか。ギターはどうだい?」
「すごく楽しいです。子供の時からピアノをしていたのもあるし、できるようになっていく過程は楽しいです」
「せっかくだから一緒に歌おうか」
「へたくそですよ僕」
「音楽は自由だよ。下手でも上手でも楽しければいいんだよ」
お姉さんはそういって微笑んだ
「わかりました」
「曲は何を練習していたんだい?」
「初心者の練習曲でスピッツのチェリーがあったので、これを練習していました」
「OK。それは私も弾けるし歌える」
「お願いします」
僕は緊張しながらお姉さんと一緒にギターを弾いた
練習で引いたときよりも全然上手には弾けなかったけどなんとか最後まで弾き切った
「すいませんミスばっかりで」
「いや、予想以上に弾けて驚いた。本当に2ヶ月?」
「はい。ギターは初めてだったので」
「そっか。きっと君は君が思っている以上に努力家で才能があると私は思うよ」
「そうですかね」
お姉さんにそう言われても正直ピンとこない自分がいる。
自分が努力家とか才能があるなんて今まで思ったことはない
「まぁ今はわからなくて私は君の努力を認めるよ。頑張っているね」
認めるっていう言葉を言われたとき、言葉では表せないような気持になった
それが何かはわからない。
思い返せば認めてもらう経験が僕は少ないんだと思う
自分の自信のなさはそれが原因なのかもしれない。
今まで「まだやりなさい」「もっと上を目指しなさい」「どうしてもっとできないの」という言葉ばかりかけられてきた。
両親なりの応援だったのかもしれないが、本当は自分の努力を認めてもらいたかったからがむしゃらにやり続けてきたのかもしれないな
「君、涙が。。。」
お姉さんが慌てて声をかけてくる
「えっ」
自分の手で顔を触ってみると水が手についた
それが涙だと気づくのに少し時間がかかった
涙なんて小さい時以来流した記憶がない
「なんか気に障ることを言ってしまったかい」
「いや、違うんです」
「でも泣いているじゃないか」
「本当になんでもないんです。僕もわからないんですが、多分嬉しかったんだと思います」
「嬉しい?」
「はい。僕自分の努力を口に出して認めてもらったことがないんです。でも今お姉さんが「認める」って言った言葉が嬉しかったんだと思います」
お姉さんはしばらく考え込む
いきなり男が泣き出してそんなことをいったら困るのは当然だ。
少し申し訳なかった
「君はギターをこのまま続けてみたらどうだい?」
「ギターをですか?」
「私も偉そうなことは言えないけど、ステージの上に立ってライブをした時のお客さんの反応はそれぞれで、泣いてくれる人もいるし喜んでくれる人もいる。楽しくなさそうな顔をしている人もいる。私は私の歌を聴いてくれる人をみんなに喜んでほしいと思ってライブをしている。歌う人がいて、観てくれる人がいる。君の努力と才能を認めてくれた人たちがきっと君の「ファン」になる。そしてファンを増やす=認めてくれる人が増えるということになる。きっとそれがやりがいになるんじゃないかなと私は思う」
今お姉さんが言ってくれたことが僕のやりたいことなのかはわからない。
でも今のお姉さんの言葉は僕の気持ちをワクワクさせてくれるには十分だった。
きっと簡単ではない。
お姉さんのライブを実際に見てあれだけのライブをしてもみんなが満足しているわけではないというのが今の言葉からわかる。
なら今の僕の実力でファンができるわけもない。
ならやることは一つだ。
「練習します。たくさん練習してお姉さんの背中を追いかけます」
「うん。待っているよ。私たちも君に追いつかれないように頑張るよ」
するとお姉さんの携帯に電話がかかってくる
「もしもし。ごめん今からスタジオに行く」
「すいません。練習の予定が入っていたのに時間をとらせてしまって」
「いいんだ。私も頑張ろうと思えたから。じゃぁみんなが待っているから行くね」
「はい」
お姉さんは歩き出す
「あっ。お名前を聞いても」
「桐生天音。君は?」
「明城恍です」
「明城くん、応援しているよ」
「ありがとうございます」
桐生さんと別れて家に帰って早速ギターの練習をした。
何もやりがいのなかったころには感じなかったワクワクした感情で胸がいっぱいになっていた。
きっかけは些細なことで誰かの出会いだったり、誰かの言葉だったりなんでもいいんだと思う。
結局は自分がやるかやらないかでしかない。
頑張ろう、桐生さんみたいにたくさんの人に認めてもらえるような人に。
これは普通の僕がたまたま出会ったバンドのボーカルに背中を押された話。
そして僕がたくさんの人の前で歌うことになる始まりの話。
普通の僕がたまたま出会ったバンドのボーカルに背中を押された話 Yuu @sucww
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