七月のトライスター
亜未田久志
第1話 きっとその矢は当たらない
高校一年の夏、弓道場の一番奥。俺は一人で弓に矢を番えていた。すぅっと一呼吸。目線を的に向けて放つ。それは大きく軌道をそらして土壁に突き刺さった。
「……はぁ」
また、当たらなかった。弓道を始めてもう五年以上になる。けれど、的を射たことはない。
「よっす」
急に背を叩かれる。
「なんだ蓮美か、驚かすなよ」
「なんだとはなによー」
「危ないだろ」
俺はそそくさと道具を片付け始める。
「これから掃除なんだ」
「んじゃ手伝う」
「……サンキュ」
「照れるなって」
幼馴染の
互いに思うところはあるのだろうけど、口には出せないでいた。そんな関係がいつまでも続くんだと思っていた。
あの一矢が放たれるまでは。
片付けが終わる。
「うし、帰ろっか」
「ああ、ん?」
やけに眩しい光が見えた。それはまるで真夜中を照らす天の川銀河の様で、彼女の髪の毛が光を反射しているのだと気付いてその後、ようやく一人の人間なんだと気付いた。街灯に銀髪が輝き、風に長髪が流れている。彼女がこちらを向く。見た事のない制服。だけど、その銀髪には見覚えがあった。
「どうして……?」
「知り合い?」
「いや違うけど弓道界隈じゃ、有名人」
「へぇ綺麗な人だね」
俺は次の句が継げなかった。綺麗だとか、弓道が上手いだとかじゃなく。俺は彼女の放つ一矢が好きだった。
だからだろうか。声をかけてしまったのは。
「
「はい、あなたは弓道部の方ですね?」
言いたかった、貴女の放つ一矢が見たいと。言えるわけなかった。そんな恥ずかしいこと。
「ねぇ! わたし蓮美! シーシアさんだっけ? よければ弓道場見てく?」
「おいなに勝手に」
「いいんですか? 嬉しいです。私、この夏、ここに転入するんです」
「は……?」
あの大隅シーシアが転入してくる? ここに?
この千葉県立潮騒第一高等学校は弓道の名門でもなければ進学校でもない。そんなところにあの弓の名手が?
俺の頭の中にハテナがいっぱい浮かんで止まらない。
そうこうしてるうちに蓮美がシーシアさんを弓道場に案内している。
「あ、おい待てって」
急いで追いかける。
「わぁ、綺麗な弓道場ですね」
「あんまり使われてないともいう」
「一言多いぞ蓮美」
「てへっ」
「仲がいいんですね」
まるで微笑ましい親子のやり取りを見るかのようにこちらを見るシーシアさん。
俺は赤面する。
「私! 一矢射ってもいいでしょうか?」
「へ?」
「いいんじゃない? ねぇ」
「あ、ああ……」
シーシアさんはそそくさと女子更衣室に入っていく。弓道着に着替え長髪を後ろで結わいた彼女の姿はまるで神話の女神のようで。碧色の瞳に吸い込まれそうで。息を飲んだ。
「では参ります」
彼女が構えを取り弓に矢を番え、弦を引き絞り、一矢を放つ。
タンッ!
的の中心に矢が突き刺さる。
そして思った。
やっぱり、綺麗だ――と。
七月のトライスター 亜未田久志 @abky-6102
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