日の当たらない場所へ
惣山沙樹
日の当たらない場所へ
僕に出されるメシは段々雑になっていて、肉か魚に副菜に米にみそ汁がついていたのが、冷凍のチャーハンになり、今ではコンビニのおにぎり一個だけになっていた。
高校生から不登校、出席日数が足りずこのまま籍を置いておいても仕方ないということで、最終学歴が中卒になった。
それから何年経ったんだっけ?
肩甲骨のところに毛先がくるまで髪は伸びており、ろくに食べないし動きもしないからガリガリだ。日に当たらないから肌も真っ白。
関西のド田舎にはほとんど娯楽もないし、外に出るとおそらく僕は死ぬから、夕方にもそもそと起きてメシを食ってネトゲをして夜明かしするのが日課だった。
その日も夕方五時くらいに目が覚め、扉の前に置いてあったおにぎりを食べ、トイレに行き、そういやそろそろかもしれねぇなと思いネトゲをせずにベッドに寝転んで待っていた。
「よう! クズニート! 社会のお荷物! 今日もクソ垂れ流しとんか!」
合ってるけど失礼なことを言いながらノックもせずにあがりこんでくる、高校の制服姿のこいつは
「クソなら便器でしとるわ」
僕はそう返してベッドから身を起こし欠伸を一つ。陽向は絵の具の混ぜ方を失敗したかのような金に赤の髪色をしていて、それをガシガシかきながらベッドに腰掛けてきた。田舎のヤンキー丸出しの風貌だなぁと毎度思っている、都会のヤンキーがどんなのかは知らんが。
「ん? 陽向……またケンカか?」
よくよく見ると陽向の右頬は腫れていた。
「せやねん。返り討ちにしたったけど。
「お前が来るやろ思って何もしてへんかった」
「えー、期待しとったん?」
「そういうのやない」
陽向はどっこいしょと僕に乗っかってきて服の中に手を突っ込み腹を触ってきた。
「真咲、ぺったんこー」
「手が早い早いもう少し会話とかせんの?」
「俺と真咲の間にそんなんいる?」
僕が引きこもりになってから唯一ズカズカと踏み込んでくるのがこの陽向で、いわゆる大人の玩具を部屋に置いてあったらそれがバレて用途を説明させられて、僕も興味がなくはなかったから一発やったらこの調子である。
「まあ……確かにめんどくさいからええか。あれやで、ようほぐしてや」
「真咲に痛い思いはさせへんって」
行為自体は嫌いではなかった。陽向はしょっちゅう人を殴っているようだが僕に手を上げることは絶対にないし、ちゃんと見てちゃんと聞いていたわってくれる。
僕は陽向と交わる瞬間だけは人間扱いされてる気がするし自分の生を感じる。ネトゲからは得られない味覚と嗅覚と触覚の刺激。苦いのも甘いのもいっぺんに与えられて大きく息をする。
事後の喫煙はもはや恒例だった。佐々木の爺さんは寛容なのかボケてんのか知らないが制服を着ていようが金さえあればタバコを売ってくれるらしい。
「なあ、真咲。俺さ、高校出たら東京行くねん」
「ふぅん」
「何その反応」
「だからどうしたんや?」
「何かこう、もっと、もっとあるやん?」
つまりは詳しく聞いてほしいらしくてよくよく耳を傾けたら、東京にいる陽向の叔父が仕事を斡旋してくれるらしい。ただそれだけの話だった。
「せやから、真咲とは離れることになるんやけど……」
「しゃあないな。まあ刺されんように気ぃつけて生きや」
「何なん? そんだけ?」
「ハッキリせぇや何言うてほしいねん」
「わからんかなぁ……」
強引に唇を奪われた。
「……だから何やねん、陽向」
「俺かて離れたないよぉ……でもド田舎に仕事あらへんし仕方ないやんかぁ……」
ぐすぐす、ぐすぐす。周囲に当たり散らしている狂犬が僕の前だけではガキみたいに泣く。未だにちゃんとした対処法はわからないしタバコはギリギリまで吸いたいので放っておく。
クソしか生み出さない低学歴無職には虫ほどの価値すらない。だからこれはいい機会だし陽向にはその名前の通り日の当たる場所で生きてほしい。そう思って言った。
「陽向、元気でな。もうここには来るな」
「……貯まったら」
「ん?」
「金、貯まったら、迎えに来る」
「アホか。自分のために使い。帰れ」
陽向のケツを平手で叩いて追い出した。
それから三年が経ち僕は変わらず就学、就労、職業訓練を受けていない若者であった。髪はさらに伸びたし目がくぼんできた。
陽向の幼稚な宣言は本気にしていなかったし本気にして失望するのも嫌だった。だから黒髪になりスッキリとした陽向が今この部屋にいるのは信じられない思いだ。
「……ほんまに、迎えに来たんや」
「うん。大変やってんで?」
「叔父さんとこの仕事?」
「あんなんあかん、稼がれへんからすぐ辞めた。ホストしとる」
「ホストかよ」
陽向によると年を誤魔化してホストになりDV営業で女を囲って風俗に沈めて荒稼ぎしているらしい。日の当たるところに、とか思っていたのにどうしてこうなった。
「なっ、真咲、一緒に東京行こ。住むとこなら確保しとる」
「僕、寄生虫よりタチ悪いで?」
「そんなん知っとる。あー、信じとってよかった」
「信じる?」
「真咲みたいなカス、三年経ってもクズニートのまんまやって信じとった」
そして陽向は僕にしがみついてきた。三年前にはしなかった香水の匂いがふわり。
「……陽向、ほんまにええんやな?」
「うん。はよこんな掃き溜め出ようや。どうせ大事なもんないやろ。今から手ぶらで行こ。今から」
「ええ……」
陽向に手を引かれて数年ぶりに家を出た。夜の田んぼ道ではカエルがゲコゲコ鳴いていて門出を祝すには風情がなさすぎた。
「陽向」
「んっ」
「僕のこと、そういうことでええねんな」
「真咲こそ」
道のりは遠く、夜明けも遠く。
日の当たらない場所へ 惣山沙樹 @saki-souyama
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