20121221.bak

「息子さんも連れてくればよかったのに」


 2012年の忘年会。いつもなら飲み会に参加しない店長が、ウチの隣に座っていた。下戸だからってんで断っている姿を何度も見ている。


 今回はどないしたんやろ、と参加者全員が内心で思っとるやろうけど、だからって「なんで来たんすか」なんて訊ねて「来ちゃいけないのか?」みたいに返されても困る。今回については店長が呑むやつ呑まんやつお構いなしにごちそうしてくれるってんだから。余計なことは言わんよ。


拓三たくみを?」


 酒が回ってきて宴もたけなわ、素面シラフの店長に絡む。考えになかった、みたいな反応をされてしまった。


 参宮さんぐう拓三。店長の一人息子で、ちょっとした有名人や。学業優秀で、スポーツ万能。すれ違えば必ず向こうからあいさつしてくれるような、明るく元気な少年。らしいで。母親譲りのオレンジ色の瞳がチャームポイント(この“母親”に関しては「絶対に触れてはいけない」とパートの西田さんからきつーく言われているので店長に聞いたことはない。離婚しているんだとよ。だから、詳しい事情は知らん)。


 今は中学一年生で、身長の伸び盛り。


 ウチは本人に会ったことないし、会えるようなチャンスもない。店長はワンオペで息子さんを育てていて、とっても可愛がっている。ウチは(ウチの家庭事情が少々特殊っちゅうのはあるが)親が学校に来たこと、覚えているかぎり一度たりともないんやけど、親が来てもいいような行事には必ず出席している皆勤賞だってんだから、すごい。そのぶん、ウチらも学校行事を把握していて、店長が休みたい日には休ませている。店長がいないからってんでこの店を休業させるわけにはいかんから。コンビニやし。


「ウチも自慢の息子さんに会いたかってん」


 写真も見せてもらったことがない。月曜と水曜の昼勤に入っている佐久間さんのお子さんが拓三くんと同級生らしくて、たまに話題になる程度(頭がいいって話も佐久間さんから聞いた)。拓三くんはとっても頭がいいから、うちの子にもわけてほしいみたいな、そんな他愛もない話。


「今度、店に来てもらうか。宮下がシフト入ってるときに」

「いいんすか。アイス買ってあげよっかな」

「単価の高いやつな」

「ダッツでもなんでも、欲しいやつ買ってあげますよ。いや、楽しみやな」


 ははは、と笑って、ウーロン茶を一口飲むと、店長は席を立った。たぶんタバコ。


 思えば、この会話のときに、殴ってでも家へ帰らせておけばよかった。


 他人に暴力を振るうのは、太陽が東から昇ったとて許されないことではある。酒に酔っていて、は醜い言い訳や。ましてや、ウチの上司にあたる店長やし。


 せやけど、このときだったら、まだ、間に合っていた。

 まだ。


 後悔ばかりしている。


 *


 参宮拓三がコンビニに来たのは、忘年会の日からきっかり五十日後。四十九日を終えた翌日。ウワサ通りの姿(オレンジ色の目の少年)ではあったが、ウチにしか見えない。


 死んでいる。


 忘年会から帰ってきた父親を首吊り死体となった姿で出迎えた。家の扉のカギがかかっていなくて、店長は「あれ?」と思ったそうな。なんで開けてたんか本人に聞いたら(ウチは幽霊と会話ができるので、真意を聞ける)「誰かが助けに来てくれるかもしれないだろ」と答えられた。


 誰も助けに来ない。


 遺体から見える場所に、鏡を置いていた。自分の命が尽きるまでの、その過程を見ていたかった、らしい。救われたかったのか、救われたくなかったのか、本人にもよくわかっていないのだと言う。


「理緒が父親だったらよかったのになァ。理緒は、息子にちんちんしゃぶらせたり、嫌なことがあったからって殴る蹴るしたりしないでしょ?」


 こいつ、外だとウチが言い返せないからって好き勝手言いやがる。幽霊の姿が見えるのは霊力のある限られた人間だけ。なんとかかんとかと言ってみろ。ウチは、大方の人間から『虚空に話しかけるやばいやつ』として見えちまう。


 だから、今のは聞かなかったことにしよう。

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