ママならぬことばかり
「聖奈ちゃんのこと、好きでしょ?」
首に縄の痕があるオレンジ色の瞳の享年十三歳が、なんだか楽しげに笑っている。頭には
「食事にでも誘えばいいじゃん。ホームセンターでプレゼントを買ってさ。潤滑油なら、いくらあっても困らないだろ」
言わせておこう、と思っていたが、早くも許容値を超えてきた。ウチは胸ポケットから携帯電話を取り出して、耳にあてる。
「あのな、拓三。ウチに『アホ』って言うんは百歩譲って許すけどな、他の人をバカにするのは許せへんよ」
電話しているフリをする。我ながら、いいカモフラージュを思いついたもんよ。頭は使っていかんとな。クソガキのおしゃべりを延々と聞き流せるほど、ウチは出来た人間やないで。ストレスが貯まっていく一方なんよ。
「他の人にしろって言ってるわけじゃないじゃん。理緒がメカ女さん好きなら、止めないしさ」
「メカやないやろ」
「メカだったよ」
こいつ。
「……明後日もシフト被っとるから聞いてみるわ」
答えてくれへんかもしれん。ウチだって、幽霊が見えないってウソついた。信じていない人間に信じてもらうのは、難しい。
「シフト把握してるじゃん」
「うっさ」
心霊番組を見たってのはウソやない。現在の当主サマである
画面の中の当主サマは、なーんもないところを指さして、神妙な面持ちで「あそこにいます」と言い出す。カメラがその視線の先を映した。何もおらんのだからしゃあないけど、何も映らない。
当主サマとカメラマンがいるスタジオは、半年ほど前に原因不明の
別のスタジオにいる芸能人たちがざわめいて、で、当主サマ(それっぽく見えるように神主みたいな格好をしている。普段着は学校指定のジャージを着古してるってのにまあ……大勢に見られるお仕事は大変やなぁ……)は「えいやっ」とお祓いする。すると、たちまち幽霊が消えたらしい。元からおらんが。
「昔、このスタジオでこき使われて、当時のディレクターを恨みながら死んでいったアシスタントさんの霊がいました。これでもう大丈夫です」
当主サマがそれっぽいことを言った。それっぽいことを言ったあとで、それっぽい再現映像が流される。その亡くなったアシスタントのキリコさんとやらの親族の方(と名乗る女性)がスタジオにいて、涙ぐみながら感謝の言葉を述べた。実際に人は死んどるのかもしれへん。でも、そこにその、キリコさんはおらんかった。だからウチからしてみれば、何に感謝しとるのかちっともわからん。番組的にはオーケーらしい。
「今日は理緒の家に行こうかな」
「やめとき。ウチは
「つまり、理緒は俺がいなくなったら嫌なの? やろうとすれば、天国に送れるのに、敢えてしてないの?」
痛いところを突かれて「……あんたは地獄行きやろな」と言い返す。生前、頭がよかったって言われていただけあって、察しはいい。
ウチには幽霊と会話できる程度の霊力しかない。話し合いで相手が「ほな」と成仏してくれるのは『除霊できる』の範疇に入れてええんかな。必ず成功するわけやないからなぁ。
いうて、当主サマには霊力なんてものはないと思う。ウチよりない。絶対、見えていない。でもあの子は意地っ張りで虚言癖があるから、親父殿が大層(二重の意味で)可愛がっていた。だから、宮下家の当主として威張り散らしている。
親父殿は、見える人だった。
それからは『血を継がせる』っていう建前で、いろんな女に手を出した。ものはいいようやな。結果としてウチには異母兄妹がたくさんおる。今、宮下家に住んでいるのはウチと当主サマとマネージャーの三人なんやけど、全員腹違いや。他のはどっかに出て行った。何しとるかわからん。
女遊びばっかりしていた罰が当たって、親父殿は行きつけのバーで酒を飲んだ帰りに刺されて病院に運ばれて、そのあと死んだ。あっけない幕切れやけども、搬送先のベッドの上で意識朦朧としつつも次の当主サマを指定したのは評価してやろう。
ウチが宮下家の一室の四畳半に住まわせていただいておるのは、単純に金がなくて一人暮らししづらい(バイト先に行きやすい範囲で借りようとすると、だいぶ現実味のない家賃しか出てこない)ってのもあるんやけど、ひとつは『ウチが親父殿の子の中で唯一見える』から。ほんまにどうしようもないときの最終兵器としてウチを呼び出したいから。急に呼び出されても、ウチはバイトを優先するんやけど。家賃一ヶ月分ちゃらにしてくれるんなら考える。
もうひとつは『怖い人たちを焚きつけて宮下家が乗っ取られないように監視する』ため。
ウチが見えるようになったのは、親父殿とオカンに連れられて(家族サービスの一環として週替わりに連れ回されていた記憶がある)オカンの田舎に行ったとき。小六だったかな。ウチがふたりからはぐれてめそめそ泣いていたら白いワンピースのおねえさん(やたら身長が高かった)がウチに話しかけてきてくれて、いっしょにふたりを探してくれた。その人が『八尺様』と呼ばれる妖怪だと知ったのは、無事に帰れてからだ。ウチがオカンを見つけたら、次の瞬間に見えなくなっていた。ウチはお眼鏡にかなうような子どもやなかったらしい。
そこから親父殿のウチに対する態度が変わって、進学先が変更になった。ウチの霊力を伸ばす、とかなんとかで、全寮制の中学校に入ることになる。霊力を伸ばすってのは建前で、本音としては、ウチを遠ざけたかったんちゃうかな。自分より優れた息子はいらん、ってな。
ウチはその中学校と付属の高校を卒業したことになっている(正しくは中学を中退しとるんやけど、みんなの見る目が厳しいからな)。本当は、中一のときに『怖いひとたち』に目をつけられて、その『怖いひとたち』の仕事を手伝わされていた。ウチが見えて、話が出来るから。先に逝った『怖いひと』の声を聞いたり、敵対している『怖いひとたち』の本拠地に乗り込んだりしていた。死がたくさんあって、この頃のことを思い出すと、今のほうがマシだなと思う。
背中にライオンの入れ墨を入れられたのはこの頃。自分の目で見えにくい位置だから、普段はあまり意識しないようにしとるけど、見られたらびびられるのはわかっているから、隠している。ついでに、夜眠れなくなったのもこの頃。一ヶ月に一度、医者に通って薬を出してもらっている。この薬代も結構痛い。薬に生かされているが、生かされていると同時に生活を苦しめてもいる。ままならない。
ウチを重宝していたアニキがヘマして埋められたから、一文無しで実家まで帰る。アニキが「理緒にはボスの霊が憑いてる」って周りを脅してくれていたおかげで、ウチは五体満足で親父殿の前に戻れた。指もある。親父殿はウチの話を聞いて、部屋をくれた。親父殿が存命しているあいだは家賃がどうのこうのは言われんかったなそういや。当主サマに変わってからや。
いまのバイト先の店長はウチの経歴をそこまで見ていない。面接して、すぐにシフトの相談になった。店長自身が中学の頃から(年齢をごまかして)バイトしていたらしい。テレビもあまり見ないらしくて、親父殿や当主サマのことは知らなかった。ウチの過去に突っ込んでこないのは、やりやすい。店長のことは、上司として尊敬している。他のバイト先では結構めんどくさいことになったなぁ。
「俺は何も悪くないよ。なのに、なんで地獄なのさ」
その店長の息子がウチにつきまとっているのは、めんどくさいの内に入るか? 入るかもしれん。新しいバイト先を探すのも大変なんよな。
「確か、自ら死を選ぶ行為がよくないんやなかったかな」
「生きててもつらいから死んだのに理不尽すぎない?」
「せやな。とはいえ、あの世の事情はウチもわからん。自殺が確定で地獄って言ってんのも、生きてるやつらの妄想やから。閻魔大王に釈明したらどうや?」
「わかった。そうする」
職場のコンビニを出て、ぐだぐだと話しながら歩いていたが、目的のバス停に着いた。時刻表を見て、携帯電話で現在時刻を確認する。交通状況にもよるだろうけど、この表示が正しいなら、そろそろこの停留所に着くようだ。
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