ライオン団地の怪
到着したバスに乗り込む。拓三はまだついてきて、一人用の座席に腰掛けたウチのひざの上にしれっと座った。ここまではいい。いや、よくはないな。はよ帰らんか。――いや、こいつに帰る家はないやん。だからって、また汐見さんの家までついていかれるよりはええか。うーん……どっちもどっちやな……。
「理緒ー」
他の乗客にはこの声は聞こえておらず、姿も見えていない。拓三は中学生やから、生きていたらウチがこいつのぶんも払わなあかんところやったわ。
「どこ行くの?」
家に帰る前に、寄りたいところがあるからバスに乗った。寄らなくてはならない。今日という日だからこそ。
「無視かよ。つまんねぇなァ」
『携帯電話はマナーモードに設定の上、通話はお控えください。ご協力をお願いします』
今の車内アナウンス、聞こえたやろ。ウチはマナーを守るまともなオトナ。携帯電話を取り出して通話しているフリ作戦は、バス内では使えない。せやから、拓三の質問には答えんかった。このあとも拓三が一方的になんやかんやとウチに話しかけてきたんやけど、全部スルーや。すまんな。
にしてもずっとしゃべり倒すやん。
生前、話を聞いてくれる相手がおらんかったんやろな……。
『次は、深川団地前。深川団地前です』
停車ボタンは、前の席に座っていたおばはんが押した。ほどなくして、深川団地前の停留所にバスが停まる。
「理緒の家、ここ?」
違う。ウチの家の最寄りは、バス停ならあと二駅先。せやせや、バスを降りたから、ようやく返事ができる。
「ちゃうで。ここはな、ウチの小学校の時の友だちがおるとこ」
「小学校の時って、いまの理緒はいくつなんだよ」
「中学から西の学校に通ってたんで、こっちには小学校までの友だちしかおらんのや」
第四団地。誰かが『第四』を『ライオン』と言い間違えてから『ライオン団地』と呼ばれるようになった。ライオンは住んでない。さすがにおらんわ。飼えるようなもんやないやろ。
「ふーん……?」
ウチは、その小学校の時の友だちが住んでいた家の前まで行く。表札には『神崎』という名前が書いてあった。
「神崎さん」
携帯電話をポケットにしまう。ここからは拓三との会話はなしや。ウチの記憶が正しければ、この家は『高畑』の家だった。何度も遊びに来たから、間違えてはいない。
インターホンを押す。
カギが開いて、ドアが少し開いた。チェーンがかかっているから、それ以上は開かない。
「……どちら様ですか?」
こちらをまったく信用していない、訝しみを隠していない女性の声だ。そりゃあ、そうやろな。ウチと神崎さんは面識ないわけやし。
「宮下と申します。以前、こちらにお住まいだった高畑さんからのご依頼で来ました」
こちらにお住まいだったのは正しい情報やけども、ご依頼というのはウソやな。まあええか。上がらせてもらえんと始まらんし。
「ご依頼、といいますと」
「除霊です」
「はあ」
半信半疑の「はあ」だ。せやな。当たり前の反応やと思う。ど平日の夕方に変な男がアポなしで来訪してきて除霊なんて言われても、普通は家に上がらせないやろ。
「宮下
こういう時、身分を明かせるように名刺を作っておきたいなあ。
「助手……」
「心霊現象でお困りではないですか? ――たとえば、夜中に妙な物音がして叩き起こされたり、身体がきしむように痛くなったり」
パタン、と扉が閉まる。カチャカチャ、と音がして、もう一度扉が開けられた。チェーンは外されている。
「どうぞ」
持つべきものは有名人の
「おじゃまします」
顔だけはいいからなアイツ。あ、あと、いい性格しとるな。顔だけやなかったわ。帰りになんか
「……理緒、なんかさ、この家、空気が澱んでない?」
「どうぞ……」
間取りは、ウチが遊びに来ていた当時のまま。住む家族が代わったぶん、内装は変わっている。いまは、キレイな奥さんがこぎれいにしているお宅。
「失礼します」
リビングでイスを引かれたから、そこに座れってことやろ。あんまり人ん
「あの、さきほどのお話ですが」
神崎さんには、拓三の姿は見えとらんっぽい。そらそうか。霊が見えるんなら、この家には住もうと思わん。
「この家に、何かいるんでしょうか?」
「不動産屋に言われませんでしたか? ああ、いや、団地だから、抽選?」
「主人がすべて手続きをしましたので、わたしは、何も」
ここは事故物件。
高畑が死んだ家。……両親の霊に殺された家。ウチが、高畑を助けに来れなかった家。
高畑はウチを頼ってくれたのに。
ウチには救えるだけの力があったのに。
「すぐに来ればよかったのになあ。なんでウチは、ほったらかしにしてしもうたんやろか。場所はわかっとるんやから、神崎さんが引っ越してくる前に来れたやろが」
忙しかったから。
ウチが間に合わなかったっつー現実に、向き合えなかったから。
「や、やっぱり、何かいるんですか!?」
「十年、もうちょいかかったか。昔ぶりに話そうや、
呼びかければ、黒い影の塊は人の形になった。モノに名前を付けると、そこにあるものとして認識できるようになる。人の形になってくれたら、会話が出来るから。
「高畑さんって、その、ご依頼主の?」
ただ、維持はできないらしい。ぐずぐずと崩れて、黒い影の塊に戻った。高畑やないんやな。アイツは成仏できた、と思っとこうか。拓三のような幽霊とはまた違うタイプとなると、ウチの手には負えないんよな。ウチは会話ができるってだけやから。
「うーん……」
「除霊、してくれるんですよね?」
神崎さんが怯えている。ここでさくっと除霊できればええんやけども。ウチじゃどうにもならんわ。
「後日でええかな。ウチは助手やから。そっち専門の人を連れてこないとあかんわこれ。いつなら行けます?」
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