ライオン団地の解

「宮下さんも、修行すればできるようにならないかな?」


 本件の打ち合わせ中(晴海の喫茶店で、コーヒーまで奢っていただいた。善し悪しなんてわかりゃあしないんやから、ウチには水でええのにな)にも何度か似たようなやりとりをしているが、無理だと思う。第一、その修行期間の生活費が工面できない。だからといって無料で修行させてもらうのは気が引ける。無料タダより高いものはないのは、西にいた頃に痛いほど理解させられた。


「ウチはあきらさんほどガッツないので……」

「気が変わったら、いつでも連絡くださいよ」


 桐生きりゅうあきら。晴海周辺に拠点を持つ『神切隊』の隊長。長い黒髪をゆるく束ねた、太めの眉の好青年。この長さをキレイに維持できているのは、美容師の奥さんが毎日ケアしているかららしいで。のろけやんな。


 あきらさんの術は、この長い髪の毛を使う。髪の毛を一本抜いて、願いを込めると実現するのだが、その髪の毛の長さによって持続時間は変わってくるのだ。商売道具やね。長ければ長いほど効き目長持ちだから『神切隊』の人たちはみんな髪が長い。


 この『神切隊』ってなんなのよ、といいますと、簡単にまとめると、ホンモノの霊能者集団やな。親父殿のようなぽっと出やない。昔々から長いこと、悪霊退治をやってきた人たち。


 だから、ただ霊が見えておしゃべりできる程度のウチとは月とすっぽん。こうして肩を並べて、お高いお車の後部座席に座らせてもらえているのは、あきらさんのお人柄がいいから。本来なら、この車を走って追いかけないといけないような立場や。


「やればいいじゃん。アイツの下でこき使われているよりマシでしょ」


 なのになんでこいつも車に乗ってんのかなあ。しかもまたウチのひざの上に座っとる。


「拓三くんもそう思うよね? 宮下くんとは、宮下くんのお父さんの代から顔見知りで、こうやって誘っているんだけども、ずっとこの調子なんだよ。拓三くんからも言ってやって」

「コンビニで働くのと、人知れず悪霊退治する正義のヒーローになるの、後者のほうがいいだろ」

「うっさ」


 命を懸けてまで戦いたくない。そういうのは『怖い人』たちの権力闘争で、もうこりごりなんよ。生まれたときから『神切隊』の跡継ぎとして育てられてきたあきらさんの前では言わんけど。


「ほんとに、気が向いたら電話一本。どこからでも迎えに行きますから」

「ははは……」


 あきらさんが勧誘に必死なのは、いつだって人手不足だからだろう。この人は汚れもほつれもないような服を着ているけれど、親父殿が駆り出されたときには全身ひどくボロボロになって帰ってきていた。帰ってこられない人だっているんやろうな。それに比べたら、コンビニのバイトで命を落とす確率はすんごい低いやろ。強盗が押し入ってきたら戦わずに金を渡せ(あとで本部が負担する)ってマニュアルに書いてある。他はなんやろな。特に危ないもんは思い浮かばん。たまにケガするやつはおるけど、そういうのはだいたい本人のミスやし。


「む」


 ライオン団地が視界に入ってきた。エリート様はこの距離でも異変を感じ取れるようで、あきらさんの表情が険しくなる。


「車、この辺で停めておいて」


 運転手に指示して、車を停めさせた。上着を羽織って『神切隊』としての正装を完成させる。


「駐車場に停めなくていいの?」

「すぐ戻るから平気だよ。拓三くんもついてくる?」


 あきらさんに誘われて、拓三がすくっと立って「やっぱいいや」と座り直す。なんやねん。


「巻き添え食らって消えるかもしれへんなあ?」

「えっ、やだ。まだ理緒の家に行けてないしさ」


 ウチらが神崎さん家(元は高畑家)に行った日。神崎さん家を出てから、ウチはあきらさんに電話した。あきらさんは『修行する気になってくれた!』と喜んでいたけど、用件はそれじゃない。ぬか喜びさせてしまって申し訳ない。


 神崎さん家にいる黒い影のバケモノのことを伝えたら『わかった。なるべく早いほうがいいだろうから、神崎さんの明日の予定を聞いておいてください。今日の今日ならまだ……平気だと思うので。明日は、いつものところで打ち合わせしてから行きましょう』となった。


 それで、さっきまで打ち合わせをして、今はライオン団地前に到着している。


「そういや、昨日の夜はどこ行ってたん?」

「くるみちゃんの家」


 くるみ……くるみ?


「夕方から来る、ギャルっぽい子いるだろ? バイト上がったら何してるかって気にならないの?」


 ギャルっぽいくるみ。……ああ、はいはい、わかったわかった。


「あきらさん、バケモノだけじゃなくこいつも除霊してもらっても」

「別にいいじゃん!」

「よかないわ。幽霊やなかったら犯罪やで」

「減るものじゃあるまいしさ」


 こいつ。


「ふたりって、どういう関係でしたっけ?」

「拓三は、ウチのバ先の店長の息子さんです」

「ああ、そうなんですね。なんか、友だちなのかなって思ってた。仲良いね」

「友だちは、今から除霊しに行くバケモノのほうですね」


 ライオン団地にライオンはおらんが、人の精神に干渉しておかしくするバケモノはいた。


 ウチが直接犯行現場を見たわけやないけども、高畑の両親がまずバケモノにやられて、それから、その両親が高畑(ウチの友だちの息子さんのほう)を道連れにしたんやと思う。高畑と最後に電話していたときのやりとりから考えると、そんな感じやろ。


「あのやばそうなの、理緒の友だちだったの?」

「言い方ミスったな。あのやばそうなののせいで、ウチの友だちがおかしくなって死んだんよ。で、次の住人が引っ越してきてもまーだいるから、あきらさんに退治してもらおうっつうわけや」

「なるほどね」


 神崎さんには依頼主が高畑とウソついた。半分は正解やと思う。高畑とウチが付き合いなかったら、あのバケモノは誰にも退治されずにのうのうと這いずり回ってたやろ。ウチがあきらさんとつながっていたから、こうしてホンモノの霊能者がやってきたんや。ライオン団地の現住民はウチに感謝してほしい。


「そろそろ神崎さんと約束した時間ですね。行きましょう」


 腕時計を見て、あきらさんがウチに呼びかけた。ウチ、ついていく必要あるんかな。あきらさんの顔と服装なら、どう見ても由緒正しい霊能者さまだから、信用して扉を開けてくれそうなんやけど。

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