過剰正義症候群

よし ひろし

過剰正義症候群

「先生、妹のの結果はどうでしたか?」


 やけに白い部屋で、妹の担当医師に詰め寄るように前のめりになって訊く。間に机があるがそれを乗り越えるほどの勢いだ。


「えー、心理テスト――正確には心理検査と言いますが、その、大垣琴音おおがき ことねさんの結果はですね、えー、やはり、“過剰症候群”の可能性が高い、という結果になりました」


「ああ…、そうですか……」

 俺は椅子にどっしりと腰を下ろし、背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見た。天井もそこにある照明も真っ白だ。


 過剰正義症候群――今世間を騒がしている謎の奇病だ。ある日突然、自分の信じる正義を妄信するようになり、結果として他人と衝突したり、過激な行動を起こしたりする。


 俺、大垣誠おおがき まことの可愛い妹、琴音も、ある朝高校に通学途中、バスの列に横入りした会社員に腹を立て、ボコボコに殴り倒してしまった。その行為があまりに行き過ぎて異常だということで、警察の厄介になった後、この病院で鑑定を受けていたのだが――


「くそ、過剰正義症候群か…。で、どうなんです、治るんですか?」


「あー、そうですね、治ると言えば、治る。治らないと言えば、治らない。程度の問題でして――」

 やけに歯切れの悪い言い回しだ。眼鏡の奥でぱちぱちとまばたきを繰り返す医者の様子に、不安が増していく。


「先生、どっちなんですか、はっきりしてください!」

 思わず間にあるテーブルを両手で叩いた。


「えー、ですから、程度の問題でして、自らの信じる正義からの行動が、周囲に迷惑をかけさえしなければいいわけでして――、はぁ~、いわゆる対処療法しかないわけです。原因が全く不明ですので」

 医者がもう一度大きくため息をつき、首を横に振る。


「そんな――、どうにかならないんですか?」


「妹さんにはこの後療法に加わっていただき、互いの正義にいかにうまく折り合いをつけるか、ということを学んでいただくことになります」


「グループ療法…、薬かなんかで治療とか、そういうのは――?」


「現在有効な治療薬は見つかっておりません。今使われている精神安定剤なども効果はなく、逆に症状を悪化させるという報告もある程です……」

 医者が疲れたように顔をしかめ、肩をがっくりと落とす。どうやら本当に打つ手がないようだ。だが、それでも、あきらめるわけにはいかない。


「どうにかしてください、先生。たった一人の可愛い妹なんです。両親を早くに亡くし、この俺が全てをかけて育てた、可愛い可愛い妹なんです。ヤクザな稼業に走った俺とは違って、優秀で優しくて、将来有望な子なんですよ。ね、お願いですよ、治してください!」


「そういわれましてもですね……」


「あんた、専門家なんだろ!」

 再び机を叩き、半身を乗り出して、医者へと詰め寄る。


「ですから、明確な治療法は現在ないと……、私だって、治したいんだ…。わからないかな…、この気持ち…、医者なんだよ…、治療するのが仕事なんだよ…、でも…、だから…、あ……」

 医者がうつむき何やらぶつぶつとつぶやきだす。様子が少しおかしい。


「先生、聞いてますか? おーい、もしもーし?」

 顔をより近づけ、大声で呼びかける。すると、


 バン!


 医者が先程の俺と同じように両手で机を叩くと、勢いよく立ち上がった。


「あのね、私は医者なんだよ! 神様じゃない。私が治せないと言ったら、治せないんだよ! わからないかな!!」

 医者が物凄い剣幕でまくし立てる。その勢いに思わず腰を引く俺。


「人を健康にしたくてこの仕事についいたんだよ。わかる? そうだよ、治すよ。治してやるよ。どんなことをしても治してやるよ、そうだ、それが私の使命だ!」

 宙を見つめ高笑いをする医者。その様子は明らかに異常。


「――まさか、過剰正義症候群か?」


 唖然となる。治す医者がこの様子では、妹の琴音はどうなる?


 ダメだ、ダメだ、ダメだ――!


「こんなところに琴音を置いておくわけにはいかん!」


 俺の中で何かが弾けた。

 俺の正義――それは可愛い可愛い妹の琴音だ!


「俺が治してやる。お前のような奴の手は借りん!!」


「そうはさせない。患者を治すのは私の正義だ!」


「いや。渡してもらうぞ。力づくでも!」

 俺は懐に忍ばせていた拳銃チャカを抜く。ロシア軍から横流し品、マカロフだ。


「フフフ、そちらがその気なら、私もこれでお相手をしよう」

 いつの間にか医者の両手にメスが握られていた。


「やるか!」


「おう!」


 銃口を医者へと向ける。と、その鼻先を銀色の閃光がかすめる。


 危ない!


 危うく指を切り落とされることろだった。

 息つく間もなく、喉元目掛けてメスが投げつけられた。


「くっ!」

 首筋をかする。血が流れ落ちるのを感じる。が、構わない。


 横っ飛びになりながら、一発。

 更に立て続けに、二発、三発――


 乾いた音が室内に反響する。


 だが、医者は机と椅子を盾に見事に避けた。


「やるな…!」


「そっちも――!」


 互いの実力を認めながら、それぞれの正義の為に俺たちは戦い続けた――



☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「先輩~ぃ、マズいっす。奴らとうとう核戦争を始めちゃいました」

「なにぃ、マジか……」


 空間スクリーンに広がる様々な映像を見ながら、二人の人物が慌てたように話す。

 そこは地上遥か高く、衛星軌道上に浮かぶ円盤型宇宙船の中。話しているのは、大銀河連邦辺境惑星観察官の二人だ。


「参ったなぁ。これ、部長に怒られるぞ……」

「でも、おかしいっすよね。あまりにも争いばかりしてるから、正義の心に目覚めるようちょっとマインドコントロールしただけなのに――どうして余計争いが増えたんですかね?」


「さあな…、おそらく根本的に争いを好む生命体だったのだろう。はぁ~、こりゃもうダメだな。次の文明が育つまで、ここの監視は機械マシンに任せよう」

「そうっすね、仕事、溜まってますもんね。――で、報告書、どうします?」


「仕方ない、ありのまま書くさ。これも貴重なデータだ。この失敗を元に、新たな施策が提案されるだろうよ」

「なるほど、失敗は成功の母って言いますもんね」


「ああ。――じゃあ、今日中に後始末を終えて、次に行くぞ」

「はーい、わかっりました」

 話を終えると二人は黙々と作業を始めた。



 二十四時間後、衛星軌道より一隻の宇宙船が地球を離れていったが、そのことを知る地球人はいなかった。

 いや、地球人そのものが、もうほとんど残っていなかった――……


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過剰正義症候群 よし ひろし @dai_dai_kichi

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