過剰正義症候群
よし ひろし
過剰正義症候群
「先生、妹の心理テストの結果はどうでしたか?」
やけに白い部屋で、妹の担当医師に詰め寄るように前のめりになって訊く。間に机があるがそれを乗り越えるほどの勢いだ。
「えー、心理テスト――正確には心理検査と言いますが、その、
「ああ…、そうですか……」
俺は椅子にどっしりと腰を下ろし、背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見た。天井もそこにある照明も真っ白だ。
過剰正義症候群――今世間を騒がしている謎の奇病だ。ある日突然、自分の信じる正義を妄信するようになり、結果として他人と衝突したり、過激な行動を起こしたりする。
俺、
「くそ、過剰正義症候群か…。で、どうなんです、治るんですか?」
「あー、そうですね、治ると言えば、治る。治らないと言えば、治らない。程度の問題でして――」
やけに歯切れの悪い言い回しだ。眼鏡の奥でぱちぱちとまばたきを繰り返す医者の様子に、不安が増していく。
「先生、どっちなんですか、はっきりしてください!」
思わず間にあるテーブルを両手で叩いた。
「えー、ですから、程度の問題でして、自らの信じる正義からの行動が、周囲に迷惑をかけさえしなければいいわけでして――、はぁ~、いわゆる対処療法しかないわけです。原因が全く不明ですので」
医者がもう一度大きくため息をつき、首を横に振る。
「そんな――、どうにかならないんですか?」
「妹さんにはこの後グループ療法に加わっていただき、互いの正義にいかにうまく折り合いをつけるか、ということを学んでいただくことになります」
「グループ療法…、薬かなんかで治療とか、そういうのは――?」
「現在有効な治療薬は見つかっておりません。今使われている精神安定剤なども効果はなく、逆に症状を悪化させるという報告もある程です……」
医者が疲れたように顔をしかめ、肩をがっくりと落とす。どうやら本当に打つ手がないようだ。だが、それでも、あきらめるわけにはいかない。
「どうにかしてください、先生。たった一人の可愛い妹なんです。両親を早くに亡くし、この俺が全てをかけて育てた、可愛い可愛い妹なんです。ヤクザな稼業に走った俺とは違って、優秀で優しくて、将来有望な子なんですよ。ね、お願いですよ、治してください!」
「そういわれましてもですね……」
「あんた、専門家なんだろ!」
再び机を叩き、半身を乗り出して、医者へと詰め寄る。
「ですから、明確な治療法は現在ないと……、私だって、治したいんだ…。わからないかな…、この気持ち…、医者なんだよ…、治療するのが仕事なんだよ…、でも…、だから…、あ……」
医者がうつむき何やらぶつぶつとつぶやきだす。様子が少しおかしい。
「先生、聞いてますか? おーい、もしもーし?」
顔をより近づけ、大声で呼びかける。すると、
バン!
医者が先程の俺と同じように両手で机を叩くと、勢いよく立ち上がった。
「あのね、私は医者なんだよ! 神様じゃない。私が治せないと言ったら、治せないんだよ! わからないかな!!」
医者が物凄い剣幕でまくし立てる。その勢いに思わず腰を引く俺。
「人を健康にしたくてこの仕事についいたんだよ。わかる? そうだよ、治すよ。治してやるよ。どんなことをしても治してやるよ、そうだ、それが私の使命だ!」
宙を見つめ高笑いをする医者。その様子は明らかに異常。
「――まさか、過剰正義症候群か?」
唖然となる。治す医者がこの様子では、妹の琴音はどうなる?
ダメだ、ダメだ、ダメだ――!
「こんなところに琴音を置いておくわけにはいかん!」
俺の中で何かが弾けた。
俺の正義――それは可愛い可愛い妹の琴音だ!
「俺が治してやる。お前のような奴の手は借りん!!」
「そうはさせない。患者を治すのは私の正義だ!」
「いや。渡してもらうぞ。力づくでも!」
俺は懐に忍ばせていた
「フフフ、そちらがその気なら、私もこれでお相手をしよう」
いつの間にか医者の両手にメスが握られていた。
「やるか!」
「おう!」
銃口を医者へと向ける。と、その鼻先を銀色の閃光がかすめる。
危ない!
危うく指を切り落とされることろだった。
息つく間もなく、喉元目掛けてメスが投げつけられた。
「くっ!」
首筋をかする。血が流れ落ちるのを感じる。が、構わない。
横っ飛びになりながら、一発。
更に立て続けに、二発、三発――
乾いた音が室内に反響する。
だが、医者は机と椅子を盾に見事に避けた。
「やるな…!」
「そっちも――!」
互いの実力を認めながら、それぞれの正義の為に俺たちは戦い続けた――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「先輩~ぃ、マズいっす。奴らとうとう核戦争を始めちゃいました」
「なにぃ、マジか……」
空間スクリーンに広がる様々な映像を見ながら、二人の人物が慌てたように話す。
そこは地上遥か高く、衛星軌道上に浮かぶ円盤型宇宙船の中。話しているのは、大銀河連邦辺境惑星観察官の二人だ。
「参ったなぁ。これ、部長に怒られるぞ……」
「でも、おかしいっすよね。あまりにも争いばかりしてるから、正義の心に目覚めるようちょっとマインドコントロールしただけなのに――どうして余計争いが増えたんですかね?」
「さあな…、おそらく根本的に争いを好む生命体だったのだろう。はぁ~、こりゃもうダメだな。次の文明が育つまで、ここの監視は
「そうっすね、仕事、溜まってますもんね。――で、報告書、どうします?」
「仕方ない、ありのまま書くさ。これも貴重なデータだ。この失敗を元に、新たな施策が提案されるだろうよ」
「なるほど、失敗は成功の母って言いますもんね」
「ああ。――じゃあ、今日中に後始末を終えて、次に行くぞ」
「はーい、わかっりました」
話を終えると二人は黙々と作業を始めた。
二十四時間後、衛星軌道より一隻の宇宙船が地球を離れていったが、そのことを知る地球人はいなかった。
いや、地球人そのものが、もうほとんど残っていなかった――……
過剰正義症候群 よし ひろし @dai_dai_kichi
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