作家と仲良くしたくない

雲隠凶之進

作家と仲良くしたくない


 discordといえば、嫌な思い出しかない。


 最初にアカウント登録したのは、Twitter(当時)で誘われたからだった。まだ世の中の創作アカウントはみんな高潔な精神を持っているに違いないと信じていた阿呆だった私は「向上心の高いアマ小説家が集まるサークルです」と誘われて、ホイホイついていってしまったのだ。


 一言で言うならクソオブクソ、それはただのゴミ集積場であった。

 来る日も来る日も、チャットしてだらだらしているだけの作家センセーたち。「忌憚のない意見を言ってくれ」というので「展開が遅すぎる」「キャラが弱い」「設定だけ多いけど何の面白みにも繋がっていない」と本当に忌憚のない意見をいうとメソメソしだす始末。「オレの小説はこれでいいんだ!」と思うなら反論してみろよ、オイコラ。


 「オレ、防衛大中退」と学歴自慢をしだすヤツまでいる。彼はいつも長々と銃器について高説を垂れていた。これではただの拗らせミリオタである。

 私は職業柄、防衛大については少しだけ詳しい。入試が10月くらいと早めで、高3で合格するのは対策期間が十分に取れず結構難しい。そして、注目すべき点は在学中も給料がもらえる大学であることだ。

 それを中退って……。私が彼から中退の経験を聞かされた第一印象は「訓練がハードで逃げたのかな」であった。防大生はイコール自衛官なので、当然訓練もある。口では「頭いいんですね!」とおだてておいたが、正直ただの根性ナシにしか見えなかった。


 私は結局そのサークルは三日で抜けた。参加していたところで忌憚なき意見をぶつけ合って高め合うことも、創作で刺激を与えあうこともできないと思ったのだ。それに、自作を互いに読みあうような閉鎖的サークルに所属することは、万が一数字を伸ばしても相互評価クラスタであると疑いを向けられかねない。

 結局のところ、彼らがやっていたのは作家同士で傷を舐めあうことである。「忌憚なき意見を」と口では言いながら、本当は「意見することなんかないよ! 完璧だよ!」という感想を求めている。そのことに気づいてはいたが、乗ってやる気にはならなかった。

 今でも自主企画を覗けば「意見を出し合おう!」とか「アドバイス求む!」とかやっているが、その中で本当に意見やアドバイスを求めている作家など1%もいれば上等だろう。これだけネット小説が飽和している時代にオリジナル小説を投稿しているようなヤツらである。自分のことを天才だと思っているに決まっているのだ。「お前才能ないよ」と突き付けるのはチクチク言葉にあたる。


 こういったアマチュア作家同士の傷の舐めあいを「駄サイクル」という。

 由来は各自調べてもらうとして、概要を説明すると「プロなんて遠く及ばないようなアマチュアが集まって、特に技術を磨き合うでもなく、成果物の良いところだけを褒めちぎりあって問題を先送りにし、停滞していく」現象である。最初は挑戦的な小説をガンガン書いていた作家が、ある時から数字が取れるシリーズのスピンオフやら続編前日譚ばかりを投稿するようになる。これも駄サイクルである。

 駄サイクルに落ちた作家は基本的に戻ってくることはない。自分の限界に置かれた障壁をブチ破って先に行くのは困難だし、それよりは自分の限界の手前で遊んでいたほうが楽しいからだ。


 完全新規の、キャラも世界観も一新した状態で話を始めるより「あのキャラの後日談/前日譚ですよ」といったほうが新しく世界構築をしなくて済むし、数字が取れる目算が高い。

 何より、信者が「待ってました!」とコメントをするのだ。作者のほうは「やっぱ読者が求めているものを作ってこそ小説家だよな」などと怠慢を自己肯定し、研鑽をやめてしまう。

 最終的には「なんか評価だけめっちゃ高いけど読むと全然面白くない小説」が出来上がる。作者自身が研鑽をやめてしまったので、今そこにある技術だけを何度も擦って擦り切れただけの代物が出来上がるのだ。読者のほうも小説の中身などロクに読んではいない。中身を読んでいるような敬虔な読者は、いつまでも代わり映えしない小説に辟易し、そこに至るまでにほとんど離脱してしまっている。


 「何を書いても読んでもらえる」状態というのは作者にとっては垂涎ものだが、売れないうちからそこに至るのは危険極まる。それはプロへの道ではなく駄サイクルへの入口だ。駄サイクルにとどまっていれば書籍化まで行く作家もいるが、1、2冊出した後は鳴かず飛ばず、セミプロと称して小説サイトで威張り散らし、「初心者向け創作論」などを弄して初心者狩りをするだけの、場末のゲーセンの田舎ヤンキーのような悲しい存在になるのが関の山である。

 初心者向けの創作論しか書けないのは、彼らがまだ初心者だからだ。ある程度書けるようになった人間は構成だとか緩急だとか、あるいはアイデア出しの方法だとかで悩んでいるのだが、彼らはその答えを持ち合わせていない。その限界を超える努力を辞めてしまったから、障壁をぶち破る武器のことなど知る由もないのだ。



 俺は駄サイクルになんか落ちないぞ!と思っても、落ちてしまうのが人間である。

 かくいう私も、これだけバカにしているくせに駄サイクルに落ちてしまった。先ほどのサークルの話ではない。つい数か月前の、カクヨムでのことである。

 それまでは毎週開催されている自主企画に小説を投稿したり、自主企画内のコンテストに積極的に出たりしていたのだが、ある時ふと気づいてしまったのだ。「あ、蓄積で小説書いてるわ今」と。


 私が若いころに、上長に叱られたことがある。「お前は今までの蓄積だけで仕事してるだろ!」と。当時は何のことだかよく理解できなかったが、今ではその意味が分かって来た。いま「できる」ことだけで仕事をこなそうとすると、いつまでも成長できない。「できる」以上のパフォーマンスを発揮できるように、1歩でも、1ミリでも昨日より、一週間前より、去年より前進することが大事なのだ。

 小説も同じである。今手元にある技術だけでも及第点は取れるが、それではいけないのだ。書いたことのないジャンルに、書いたことのない題材に。絶えず挑戦しつづけなければならない。

 私は駄サイクルに落ちてしまっていたのだ。固定の読者がつき、手元の技術だけで顧みられることのない小説を量産する日々。充実はしていたが、それは物質飽和時代の如き「満ち足りた虚無」でしかなかった。



 そう思ったとき、私は途端にカクヨムのSNS的性質に怖気を覚えた。

 ただ単にSNS的であるというだけならば問題ない。書きたい人と読みたい人が簡単につながるのは良いことである。だが、カクヨムは現代SNSの負の側面をも持ち合わせている。


 現代SNSは正義が強すぎる。監視社会だとか、イデオロギーだとかではない。他人に「正義」の遂行を求める人間が多すぎるのだ。

 毎日、Xでしょうもない炎上事件が起きていることを見れば明らかである。あの会社はLGBTに対する配慮がないだとか、誰それが不倫したとか未成年飲酒しただとか。自分のことは棚に上げて、悪を叩ける快感に一般市民は熱狂している。

 彼らは赤の他人に対して自分の考える「正義」を実行するように求めている。品行方正、和を以てとうとしとなす。子供は褒めて育てましょう。それを認めない人間は「悪」です。社会不適合者です――――

 現代は自由社会ではなかったか。法治国家ではなかったか。どんな思想や信念をもっていようが、それで積極的に他人を傷つけない限りは許される社会ではなかったのだろうか。今はみなが正義遂行圧に晒され、あらゆる思想や信念は「正義」の前に押しつぶされている。


 カクヨムというSNSにおいて正義とは何かと言えば、Xとかとそう変わらない。作家同士は仲良くしましょう。書いた作品には評価をつけて応援しあいましょう。書いた作品は大事にしましょう。読者さんには感謝をしっかり伝えましょう。それに対して「息苦しい」、「鬱陶しい」、「ただの傷の舐めあいじゃねーか」という人間は悪です。カクヨム不適合者です――――

 確かに、そんな環境はとても居心地がよい。自作をボロクソに貶されることはないし、興味のない人は見向きもせず、自分と波長の合う人だけが集まってきて小説を読むから、否定的な意見などいつまでも視界に入ることはない。ネガティブな意見は正義遂行圧に押しつぶされ、サーバーと送受信されるパケットデータの波間に消えていく。


 だがそれは駄サイクルの入口なのである。

 有名なガンダムの台詞「親父にもぶたれたことないのに!」に続く返答は、「殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか」である。私自身、蓄積だけで小説が書けるようになったのはカクヨムでずっと書いていたからではない。感想サイトで人格否定までされてボロクソに言われたり、公募でゴミ屑のような評価シートを見せつけられたからである。私は殴られたことで強くなれたと思う。まだまったくもって、一人前ではないけれど。


 カクヨムでは殴られることがない。現代SNSは、有形無形の暴力を許さない。

 ならば、私はあえてカクヨム不適合者を誇りをもって名乗ろうではないか。駄サイクルに落ちて研鑽を忘れるくらいなら、血の池地獄でもがくほうがマシである。

 しかして、人を無差別に殴りに行くのはSNS外でも御法度である。だから私は、作家とは仲良くしないようにしようと思う。作家先生と相対するときは、握手よりもまずファイティングポーズで臨む。そして夕陽の中で殴り合い、拳に握った小説で語り合えれば最高だ。

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