呪物屋のお姉さん

あげあげぱん

第1話

 私の住む町には呪物屋さんというお店が存在する。このお店は雑貨屋ということになっているけど、町の人たちは呪物屋さんと呼んでいる。


 私には呪いたい人がいる。だから、私は呪物屋さんを訪れた。


「ごめんください。ここは呪物屋さんですよね」


 お店には入りながらの言葉に合わせて、からんころんと鈴がなる。店の中からはお線香のような匂いがした。意外なほど綺麗で片付いた空間の奥、カウンター席の向こうで黒髪のきれいなお姉さんが静かに読書をしていた。不意に彼女は本を閉じて、それを適当な場所に置いた。


 お姉さんの顔が上がる。ちらりと見ただけでも整った顔だとは思えたけれど、その顔をこちらに向けられると同姓でもどきりとするような怪しい美しさがある。


「あら、いらっしゃい。かわいいお嬢さんね」

「……どうも」


 軽く会釈をする私に対し、お姉さんも軽く首を動かした。愛想の良さそうな笑顔だ。


「いらっしゃい。今日はどのようなご用かしら」

「こちらでは呪物を扱っていると聞きました」

「そうね。ここはそういうものを売るお店だから」


 お姉さんはカウンターの下にあるものを見て、それを探り始めました。私はまだどんなものが欲しいかを言っていません。

 

「あの、私まだ何も……」

「大丈夫よ。私は相手を見れば、その人がどういう呪いを欲しているかは分かるの」

「それは本当ですか?」

 

 訪ねる私にお姉さんは「ええ」と答えながら、あるものを取り出した。それはソフトボール大の正二十面体だった。


「あなたは自身を呪いたいと思っている。なら、このリンフォンが良いんじゃないかしら」

「リンフォン……ですか?」

「ええ、知らないの?」

「知りません」


 私が答えるとお姉さんは正二十面体を手のひらの上で転がし始めた。


「これはね。簡単に説明すると地獄を呼ぶパズルなの。立体のパズルを組み立てると、それが地獄とこの世を繋ぐ門になる。そうして、近くに置いてあれば自身を呪うことができるわ」

「なるほど」


 頷いた私をお姉さんはじっと見る。その顔が思った以上に真剣なものだったから、私はまたどきりとしてしまった。


「いつも呪物を売る前には確認しているのだけれど、あなたはどうして自身を呪おうと思っているの? 私は誰が誰を呪おうとしているかまでは分かっても、その動機は分からないから。聞かせてほしいの」


 お姉さんにどう答えるべきか迷った。でも彼女には呪物を売ってくれと頼んでいるわけだし、どうせ私は自分を呪って死ぬつもりでいる。なら、彼女には私の思いを教えたって叶わないと決めた。


「私は、今十六歳になります」

「そのくらいに見えるわね」

「私は、一人っ子として育てられたんですけど、本当は姉妹が……双子の姉妹がいたんです。でも、母が妊娠中に事故があって、私の母は、そして姉妹は居なくなりました。父も、先日病気で居なくなりました」

「そうなのね」


 お姉さんは相づちを打った。彼女は私が続きを話すのを待っている。


「私は友達も居なくて、だから……ひとりぼっちになっちゃったんです。父が居たから、この世に私を愛してくれた人が居たから、私は生きていられたけど、いまはもうだめなんです。私はもうこの世の誰からも愛されていない」

「だから死のうと思ったと?」

「ええ、そうです」


 私は頷く。


「いざ、死のうとしてみると。痛かったり、苦しいのは嫌なんです。だから、霊的な力なら、苦しまずに死ねるかと思ったんですけど」


 お姉さんは私をじっとみる。


「ねえ。あなたは死のうと考えている。なら、私にあなたの名前を教えてくれないかしら?」

「どうして……ですか?」

「あなたが死ぬ前に大切な話をしておきたいから」


 少し悩んだけど、どうせ死ぬのだ。名前くらい答えたってかまわない。


「愛……です」

「ありがとう愛ちゃん」


 お姉さんはにこりと笑い、また真面目な顔になる。


「この世界に苦しくない呪いなんて無いわ。苦しくない死にかたなんて無いの。呪いや、死は、苦しいものなのよ」


 お姉さんは真剣だった。私のしようとしているそれは、私が考えているほど甘いものではないのだと、彼女の顔が物語っていた。


「私は、呪物を扱っている。この町にはそれを必要としている人たちが沢山居るから、私の家は何代も前から呪いを扱っている。でもね、呪いを必要とする人に一度、考えてほしいの。それが本当に必要なものなのかを」

「お姉さん……」


 彼女が言いたいことは私にもよく分かった。でも、私にはその言葉をそのまま全て受け入れることは難しかった。だから私は返事に困っていた。


 そんな私にお姉さんは言う。


「ところで愛ちゃん。私は呪物だけでなくて呪術も扱えるの。そして、言葉には力が宿るって知ってるかしら?」


 お姉さんの言うことの意味が、私には、すぐには分からなかった。でも、彼女に内蔵を掴まれているかのような、気味の悪い感じがあった。


「愛ちゃん。私はすでにあなたの名前を奪ってる」

「え?」

「あなたがさっき名乗った時から、私はあなたの名前を奪ってる。あなたの本当の名前は愛じゃない。名前を奪って、相手を隷属化させる。それが私の家に伝わる呪術」

「……え?」


 お姉さんの言っていることが分からない。なんで。


「なんで、そんなことをするんですか?」

「決まってるわ。だって」


 お姉さんは優しい顔をして。


「だってあなたは死にたい以上に、誰かに愛してもらいたかったんだって分かったから。殺すのは惜しいと思ったのよ」


 私を諭すようにそう言った。


 あれから、私は私の意思で死ぬことが出来なくなってしまった。私を隷属化させる呪いというものは本物らしい。


 死ぬことは出来なくなってしまったけど、お姉さんは私の友達になってくれた。私が欲していた愛の形かは分からないけれど……だから、今は少しだけ寂しくなくて、もう少しだけ生きてみようと思えるようになった。


 これが、私とお姉さんとの出会いの物語だ。私たちの間に起こった物語はまだ他にもあるけれど、今の私が語るのはここまでにしておこう。

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呪物屋のお姉さん あげあげぱん @ageage2023

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