第二話 「あ、なんか出ました」

 綾斗がこの魔法が深く根付ねづいた世界に来る少し前のこと。

 鎧をまとう女騎士ことアーシャは、恐らくあと数刻で来るであろうの男との戦闘に備えていた。

 

「今のうちにポーションと装備の最終確認を済ませておいてください」


 草原に建てられた仮拠点を歩きながら、今から起こる戦いで張り詰めた雰囲気をまとう兵士達に呼びかける。兵士達の中には青い顔をした者もいる。それもそのはず、これから戦うのはただの戦士ではない。たった一人で国を滅ぼせるほどの力をもつ


燼滅じんめつのフラム》


二つ名でそう呼ばれている。その名は地方の伝承に由来している。

 は先日、アーシャが所属するヴァンデル王国に宣戦布告してきたのだ。

 それも、たった一人で。


「アーシャ副隊長」


 不意に名前を呼ばれ振り返ると、隊長のアイデンが立っていた。


「なんですか、隊長」

 

 隊長はよく、面白くもないジョークを言う。大事な戦闘の前にまでアイデンに気を配るつもりはない。


「また――」

「怖いか? 」


 アーシャの言葉をさえぎるようにアイデンが口を開く。その質問に対してアーシャは答えた。


「怖くなんて......ないです」


 恐ろしいのは当たり前である、アーシャはまだ一八歳だ。今から向かうのは生と死が複雑に絡み合う戦場だ。怖くないわけがない。

 確かに、アーシャは最年少で副隊長になれる程に実力はある。しかし、《燼滅じんめつ》に勝てる自信など全く無かった。それでも母国を守るには逃げることはできなかった。


「アーシャ。俺は娘の様にかわいがったお前を死なせたくはない」


 アイデンはアーシャが騎士団に入った頃からずっと一緒にいてくれた親のようなものだった。


「怖いなら王国に戻れ、お前はそれを今選択する権利がある」


アーシャはその言葉に少し考えてから口を開いた。


「正直こわいです。けど、ここまで来たんです。皆と戦って、生きて帰ります」


 騎士団の他の兵士の皆も家族のようなものだ。戻って後悔するなら一緒に戦って死んだほうがマシだ。

 覚悟を決め、燼滅じんめつが来るであろう方角を見つめた。

 その時、草原に佇む大木の上空に白い光が見えた。


「隊長! あれは......」


アーシャが光の方を指さしたとき、


「総員! 戦闘準備! 」


アイデンが声を張り上げた。が来たのだ。瞬時にアイデンの向く方を見る。

 そこには激しい炎を纏ったの男がゆっくりとこちらに向かって来るのが見えた。

 アーシャはすぐさま自分の剣を持ち、左手を燼滅じんめつに向けた。体の中を小さな力が巡り、左手に集まるのを感じる。その力が十分と感じたときに力を左手から開放する。


「ショットフレア! 」


 勢い良く弾丸のような炎が飛び出す。その炎が燼滅じんめつに当たると思われたその時、燼滅じんめつが口を開く。


炎帝えんてい


 その瞬間、凄まじい威力の炎が燼滅じんめつを覆い、燼滅じんめつの周囲に青い色の炎が出現した。


 「全員伏せろ! 」


そう叫びながらアイデンがアーシャ達の前に飛び出てくる。


「アイスバーグ! 」


アイデンの前に巨大な氷の壁が形成された。

 氷壁に青い炎がぶつかり、物凄い勢いで蒸発する。


「なんなのよ......あの魔法......」


 見たことも聞いたこともない魔法だ。驚きと恐怖で体が震えだす。自分の足に鞭をいれ立ち上がる。

 アイデンの魔法と燼滅じんめつの魔法で大量の水蒸気が立ち込める。


「震えるほど怖いなら、なぜここにいるのだ? 」

 

すぐ近くで声が聞こえた。反射的に剣を向ける。


(近くに燼滅じんめつがいる)


左手にを溜めながら剣を構える。


「なぜこちら側にいるのですか! 」

「こっちに来てはいけないのか? 」

「隊長はどうしたんですか! 」


 燼滅じんめつは退屈そうに左に指を向けた。そこにはひどい火傷を負ったアイデンが倒れていた。


「隊長! 」


アイデンに反応がない。恐らく気を失っている。


「ほぅ、俺が目の前にいるのにそんな雑魚に構う余裕があるのか」

「雑魚? 誰が、今誰が雑魚だと言いましたか? 」


燼滅じんめつに向け魔法を放ち、鋭い眼差しを向ける。

 アーシャは今、アイデンへの侮辱にはらわたが煮えくり返っていた。彼は騎士団の隊長であり、自分の追いかけてきた人物であるのだ。


「雑魚ではないか。その証拠にそいつは今倒れている」


 アーシャの魔法が屁でもなかったと言わんばかりに笑いながら口を開く。

 我慢の限界に達した。アーシャは怒りを露わにして叫んだ。


「今この場で貴様をぶっ殺す」

「せいぜい楽しませてくれ」


 アーシャが怒っていることが楽しいのか、燼滅じんめつはさっきの様に退屈そうではなく、ニヤニヤと笑っている。

 アーシャは剣を構え、腰を低くした。次の瞬間、地を足が勢いよく踏み込み、アーシャが燼滅じんめつに斬りかかる。


・・・・・・


 一キロ程離れた所で男と女騎士が激しい戦闘が繰り広げられている。

逃げた方が良いだろうか。しかし、そうは考えてもここは異世界。土地勘など無いし、周囲に隠れられそうな所も見当たらない。いっそあの二人に話しかけてみようか。

いや、やめよう。恐らく近づいてもあの業火に燃やされ、せっかくの異世界ともおさらばしてしまう。また死ぬのは嫌だ。

 そもそもこの世界で日本語が伝わるのだろうか。病室で暇しているときに数多くの異世界転生モノを読んだが、言語が伝わらず苦労をする話も少なくなかった。 そんなときに主人公はどうしていたか。

 少し記憶をあさってみるが、何も思い出せない。

 なにか使える異世界の知識がないものかと頭を働かせる。女騎士と長い耳の男の戦闘は先程から徐々にヒートアップしてきている。

 具体的には魔法が......


(魔法だ! )


 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。異世界と言えば魔法が使えるのがお約束ではないか。

 

(思い出せる限りに色々試してみよう)

 

まずあの騎士達に聞こえない程度に声を出して詠唱をしてみる。しかし何も起こらない。試したあとに冷静に考えてみれば、そもそもこの世界での正しい詠唱など分かるわけがないじゃないか。次に適当に魔法の名前を叫んでみる。


「ファイア! 」


 やはり何も起こらない。声に出すことは何も関係ないのだろうか。そんな風に色々試していると、


「何をしてるんですか! 」


そう自分に呼びかけている人物が近くにいることに気付いた。さっきまで一キロ程離れた所で戦っていた女騎士だ。こんなに近くに来るまで気付けないとは。


「早く逃げて! 」


そう叫ぶやいなや私の前に飛び込み、


「ショットフレア! 」


声と共に彼女の左手から炎が飛び出す。

 ほう。魔法はそんな感じで出せるのか。というか、ちゃんと言葉分かるじゃん。少々興奮気味に彼女に話しかける。


「あの方は何者ですか? 」


 そう質問をすると、


「なにを言っているの!? 」


 驚きながら返された。なるほど、当たり前のこと過ぎて頭のおかしいやつ判定されかねない。ここは一つ、旅人のフリでもしておくか。


「すみません。最近ここらに来たばかりで」

「最近!?ここ一ヶ月くらいヴァンデル領は封鎖されてますが」


(え? そうなんですか? )


 また失敗した。そんなこと知るわけがないだろ。少々気分が下がってしまった。


「また他の雑魚に構っているのか? 」


 今度は耳の長い男がこっちに来た。なんか燃えてるし。怖いあっち行ってくれ。そんなことを心の中でつぶやいていると、


燼滅じんめつ......」


 そう彼女が言った。

 ジン......メ...ツ? そんな名前なのか。変な名前だ。


「まぁ、もういい。貴様は思ったより弱い。その上、魔法の相性も悪い」


 そう言い残し、遥か上空に飛び上がった。そして、


太陽ヘーリオス


 次の瞬間、物凄い地響きと共にさんの上空に大きい炎の球体が現れる。


「まずい! 」


 女騎士さんがかなり焦っている。


「何が起こっているのですか? 」

「大型魔法です。あの量だとここら一帯が消え去ります」


 それは本当ですか? だとしたらすごくまずいですが......。


「あなた魔法を使えないですか!? できれば水魔法とか」

「そうそう、そのことについ――」

「早く! 」


 そんなかさないでください。まだ出来たことないのに。しかし、かなりまずい状況なのは間違いないので、頑張ってみよう。

 まず多分だが、手をに向け、何か水に関係することを想像すれば......。  

 はじめに頭に浮かんだのは海だ。なぜか荒々しい海と雷雨が頭に浮かび、今度は海を手のひらから発射させるイメージして...。

 次の瞬間、周囲の風が強まり、雨粒が落ち始めた。


「これは!? 」


 彼女はすごく驚いている。自分も何が起こっているのか分からない。

 そして次第に雨粒が大きくなり、雷がジンメツさんに直撃する。そして追い打ちをかけるように、手から物凄い勢いで水が発射された。


「あ、なんか出ました」


 水は見事に命中し、炎の球体は上空で爆散した。







 


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異世界転生したけど色々世界が終わってるのですが(仮) houki @houki5265

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