096 『伝説の竜姫、真相を語る(6)』

 ソファーに座り直したベルは深呼吸をして盛り上がっていた気持ちをなんとか鎮めた。

 

「————そ、それじゃあ、次はロンジュとフランチェスコについて教えてくれないか、ヤンアル?」

 

 ベルに話しかけられたヤンアルも胸に手を当てて高まった鼓動を落ち着かせる。

 

「あ、ああ、分かった————とは言え、何から話せばいいか……」

「そうだな……それじゃあ、単刀直入に訊くがロンジュとはいったい何者なんだ……?」

「……正直に言って、よく分からない」

「————分からない?」

 

 ヤンアルは神妙な面持ちでコクリとうなずいた。

 

「……ロンジュも私と同じく記憶を失っているんだ」

「ロンジュも……? そもそも彼はどうしてフランチェスコの元にいるんだ?」

「一年ほど前に『ロムルスの七丘しちきゅう』でフランチェスコがフィールドワークをしていた時に倒れていたロンジュを見つけたのが始まりらしい」

 

 ヤンアルの話にベルは軽い違和感を覚えた。

 

(『ロムルスの七丘』でフィールドワーク……?)

 

「記憶を失っていたロンジュはフランチェスコに保護され、奴からこの国のことを色々と教育されたそうだ。ベルが私にしてくれたようにな」

「ロンジュが奴に心酔している様子なのはそういうことだったのか……」

 

 納得したようにベルが独りごちたと同時に、ここまで黙って聞いていたアリーヤが口を開く。

 

「記憶喪失ってどのくらいのレベルなの?」

「ヤンアルは言葉がゼロからのスタートだったよね。数日くらいで普通に会話が出来るようになってたからビックリしたよ」

「————数日でロセリア語をマスターしたって言うの⁉︎ どんなアタマしてるのよ⁉︎」

 

 驚くアリーヤにヤンアルは小首を傾げた。

 

「どんな……と言われてもな。ベルたちの話す言葉を聞いていたら自然に覚えたとしか……」

「……信じらんない……! あたしは数年かけてようやく覚えたっていうのに……!」

「ハハ……。俺なんて、たった数時間勉強したヤンアルに十五歳くらいの自分が追いつかれたものさ……」

「……ハイスペック過ぎるでしょ……」

 

 ベルとアリーヤにジト〜っとした視線を向けられたが、ヤンアルは気にせず話を続ける。

 

「話を戻すが、ロンジュも似たようなものだったそうだ。覚えていたのは自分の名前と、身体に染みついていた武術の技だけ……」

「それもキミと同じだな。そう言えば、ロンジュのあの相手を凍らせる技と発作は何か関係があるのか? あの技を使い出した途端に苦しみ出したが……」

「……詳しくは分からないが、何かしらの因果関係があるのは間違いないと思う。私と手を交えた時も同様だった」

「キミがロンジュに飲ませたあの赤い錠剤は?」

「あれはフランチェスコが調合したものだ。もっとも治療薬ではなく、飽くまでも発作を抑えるもののようだが……」

 

 ベルは何かに気付いた様子で尋ねる。

 

「……もしかして……、キミがフランチェスコに従っているのは、ロンジュのためでもあるのか……?」

「…………」

 

 ヤンアルはベルの問いに無言でうなずいた。

 

「……自分の境遇に重なるからかも知れないが、どうしてもロンジュのことは只の他人だとは思えないんだ」

「それは記憶がないところとか、不思議な技を使えるところとか?」

「それだけじゃない。ロンジュの……なんと言うか、危ういところが放っておけない」

 

 ベルはロンジュに凍らされた右肩に触れながら苦笑いを浮かべる。

 

「……確かに、ね。だが、フランチェスコは発作を抑えるものではなく、根本的に治す薬は作れないのかな……?」

「私も奴に顔を合わせるたびに頼んではいるが、『現状では難しい』だそうだ……」

「……命の恩人を疑いたくはないが、治療薬を餌にロンジュを操っていることも考えられるな。なにしろ、未遂に終わったが子供に殺しをさせようとするような奴だ」

「……しかし、確証がない。奴との約束もあるし、今は従いつつ様子を見るしかない」

「うん、そうだな。それじゃあ、次はフランチェスコのことを————って、何をやっているんだ? アリーヤ」

 

 ベルの声に反応してヤンアルが顔を向けると、眠っているロンジュの顔をアリーヤが間近で覗き込んでいる姿が眼に入った。

 

「え? えーと、仮面をしてたら寝苦しそうだから取ってあげようと思って……」

「そんなことを言って、ただロンジュの素顔が見たいだけだろう」

「ひどっ! あたしの優しさが分かんないの⁉︎」

「やめてやれよ。ロンジュは素顔を他人に見られたくなさそうだったぞ」

「むー……。でも、ヤンアルさんは見たことあるんだよね?」

 

 アリーヤに振られたヤンアルは真顔で口を開く。

 

「ヤンアルでいい」

「え?」

「『さん』は要らない。その代わり私もアリーヤと呼ばせてもらう」

 

 ヤンアルの突然の申し出にアリーヤはベルへ窺いの視線を送る。

 

「おめでとう、アリーヤ。キミもヤンアルに家族と認められた」

「あ、そう。……じゃあ、ヤンアルは見たことあるの?」

「いいや、私も見たことはない」

「それじゃあ、決まりね! あたしとヤンアルは見るけど、ベルはそこで真面目腐ってればいいわ」

「お、おい! ヤンアル! キミもそれでいいのかい⁉︎」

「…………すまない、ベル」

 

 しかし、ヤンアルもロンジュの素顔に興味があるようでベルの声には耳を貸さない。

 

「————もう好きにしろ! 俺は意地でも見ないからな!」

 

 ベルは腕を組んでそっぽを向いてしまった。その様子にアリーヤはフンと鼻を鳴らす。

 

「ホント、男って変なところで意地を張るわね。いいわ、ヤンアル。一緒にロンジュくんのお顔を見てみましょ」

 

 アリーヤとヤンアルは肩を並べてロンジュの竜面に手を伸ばした。

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