095 『伝説の竜姫、真相を語る(5)』

 ————そこまで、ヤンアルの語る言葉を魂に刻み込むように聴いていたベルはホッとしたように息をついた。

 

「……良かった……! キミはカステリーニ親子を手に掛けていなかったんだね……‼︎」

「……ああ」

「本当に良かった……! もしかしたら、キミが俺のためにその手を血で汚していたんじゃないかと思って、話を聴くのが恐かった……!」

「…………」

 

 安心して気が抜けたのか、ベルは色彩いろの異なる左右の瞳から感激の涙を流した。

 

「…………ありがとう……ヤンアル……ッ、俺が生きていられるのはキミのおかげだ……‼︎」

「…………」

 

 無言で首を振るヤンアルの眼にも光るものが見える。

 

「……お前の命が助かるのなら、私が惜しむものなど何もない……!」

「ヤンアル……‼︎」

 

 涙顔で見つめ合う二人の空気に割り込むように女の声が聞こえてきた。

 

「————でもさあ、命の恩人度で言ったらフランチェスコもかなり大きいよねえ?」

「アリーヤ……」

 

 ベルとヤンアルに顔を向けられたアリーヤだったが、二つの視線にも構わず続ける。

 

「それに、いくら悪人っぽくても二人も人が死んでるのに泣いて喜ぶのはどうかと思うなあ、あたし」

「……キミの言う通りだ。自分の命が助かったからといって不謹慎だった……」

 

 ベルはソファーから立ち上がり十字を切った。

 

「……私は奴らをいたむことはしないぞ。奴らがベルを殺そうとしたことは許せない」

「無理にキミはしなくてもいいさ。俺だってもちろん彼らに思うところはある」

 

 再びソファーに腰を下ろしたベルは思案するように眉根を寄せた。

 

「————それにしても、結局カステリーニ親子を手に掛けたのは、やっぱりロンジュだったのか……?」

「いや……あの後、眼を覚ましたロンジュに訊いてみたが『知らない』と言っていた。そもそも命令されたと言っていたし、状況から見てフランチェスコが自ら手を下したと考えるべきだろう」

「奴の医療の知識と魔法の腕なら病死に見せかけることなんて朝飯前ってことか……。しかし、奴がカステリーニ親子を手に掛けた理由はいったい……⁉︎」

「それについては私もそれとなく訊いてみたが、はぐらかされるばかりで何も答えてはくれなかった」

「うーん……」

 

 考え込む二人に再びアリーヤが口を挟む。

 

「————やめやめ! そんなのここでいくら頭を捻っても分かんないわよ。それよりもっと聞きたいことがあるでしょ?」

「もっと聞きたいこと?」

「ヤンアルさんがフランチェスコの下に就いたのは約束を守ったからでしょうけど、燕の仮面を着けたり、アンタと再会した時に知らないフリをしたのは何でとか、いくらでもあるじゃない」

「それは確かに……」

 

 ベルとアリーヤに顔を向けられたヤンアルは複雑な表情を浮かべて黙り込んでいたが、やや間を開けて口を開いた。

 

「……私がこの仮面を着けたのはロンジュのためでもあるんだ」

「ロンジュのため?」

 

 ベルが尋ねるとヤンアルは手中の仮面に眼をやりながらうなずいた。

 

「ロンジュはいかなる時でも竜面を外さない。そのために好奇の眼に晒されることも珍しくない」

「確かに、仮面祭りフェスタの時でもなければ目立つよな」

「つまり……このロンジュって子が一人で悪目立ちしないように付き合ってあげてるってこと?」

「……平たく言えばそうだ」

 

 ヤンアルの返事を聞いたアリーヤはいぶかしむような表情を浮かべる。

 

「本当……? それだけが理由じゃないでしょう……⁉︎」

「……そ、そんなことはない」

「————はい、ウソ! ヤンアルさんって分かりやすいわね。正直に白状しなさいよ」

 

 アリーヤに詰め寄られたヤンアルはベルにチラリと視線を送った後、観念したようにようやく話し出した。

 

「……ロンジュに合わせたというのも本当だ。ただ、もう一つ単純に顔を隠したかったのもある」

「どうして、そんな綺麗な顔を隠したがるのよ?」

「……自分でこんなことを言うのは恥ずかしいが、私のこの顔が男を惹きつけたせいでベルを危うく死なせるところだった。だから、この奇怪な仮面を着けてもう誰にも素顔を見せないようにしようと思ったんだ……」

「…………!」

 

 ヤンアルの告白を聞いたアリーヤは唖然とした様子でポカンと口を開けた。

 

「————プッ」

「……? ベル、どうした?」

「————アハハハハッ‼︎」

 

 その時、突然ベルが立ち上がり腹を押さえて大笑いした。

 

「な、何が可笑しいんだ、ベル⁉︎」

 

 顔を真っ赤にしたヤンアルが指差すと、ベルは一頻ひとしきり笑った後、ようやく顔を上げた。

 

「……はあーあ、こんなに笑ったのは久しぶりだな。やっぱりキミといると退屈しないよ、ヤンアル」

「ど、どういうことだ⁉︎」

 

 涙を拭ったベルは一転、真剣な顔つきになり、戸惑うヤンアルをギラリと見据えた。

 

「————まさかとは思うが、キミが俺を知らないフリをしたのは俺に危害が及ばないようにするためだとか言うんじゃないだろうな……⁉︎」

「……そうだ。事実、私のせいでベルは死にかけた。それに振り返ってみれば、ベルにはこれまでも色々迷惑を掛けていた。記憶を失っている私と出会ったせいで、平穏だったベルの生活は一変してしまった。私はきっと不幸を運ぶ女なんだ……!」

「…………」

 

 ヤンアルの隠されていた胸の内を聞いたベルは無言で歩み寄って、その手から燕面を奪い取った。

 

「————悲劇のヒロインぶるな、この馬鹿女」

「なっ……⁉︎」

 

 いつもの穏やかな口調とは違うベルの口振りにヤンアルは驚きを隠せない。ベルはヤンアルの肩をガッシリと掴んで顔を近付ける。

 

「俺がキミのことを迷惑だなんていつ言った⁉︎ 勝手に俺の気持ちを推し量って、勝手に姿を消すだなんて馬鹿のやることだと言ってるんだ‼︎」

「だ、だが、私のせいで殺されかけたのは事実————」

「————それがなんだって言うんだ! 時には迷惑を掛けることも、相手を怒らせることだってあるだろう! だが、それ以上の喜びや暖かさを共有することも出来る! それが人と人との結びつきというものだ‼︎」

「————‼︎」

 

 ここまで言うとベルはヤンアルの肩から手を離し、包み込むように抱き締めた。

 

「……キミは不幸を呼ぶ女なんかじゃない。弱小領主のダメ息子だった俺を変えてくれたかけがえのないひとだ。頼むから、自分をそんな風に卑下しないでくれ……!」

「————ベル……‼︎」

 

 再びヤンアルの頬を清らかな雫が伝い、その手がベルの背中に添えられた。

 

「……ふふ、自分を卑下するのはベルの専売特許だったのに、お前と長く一緒にいたせいで私にもうつってしまっていたらしいな」

「そうだね、それも結びつきの一つになるのかな」

「ベル……」

「ヤンアル……」

 

 そのまま二人の唇が重なろうとした時————、

 

「————あのー……盛り上がってるところ悪いんだけど、あたしとロンジュくんが同じ空間に居ること忘れてない……?」

『————‼︎』

 

 呆れたようなアリーヤの声を聞いた二人はパッと離れて同時に赤面した。

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