094 『伝説の竜姫、真相を語る(4)』

 宮廷錬金術師を名乗るフランチェスコ————フラーは穏やかな笑みをたたえたまま口を開く。

 

『……さて、いつまでも伝説の竜姫と呼ぶのはくどくどしいな。よければこちらでの・・・・・お名前を伺ってもいいかな?』

『…………』

『私は名乗ってみせたんだ。それくらい教えてくれてもいいじゃないか?』

 

 苦笑するフラーにヤンアルは間を置いて答える。

 

『…………ヤンアル』

『ヤン、アル……燕児ヤンアルね、なるほど……!』

『————⁉︎』

 

 ロセリア語とは違うフラーの発音を耳にしたヤンアルの眼が見開かれる。

 

『お、お前は、いったい……⁉︎』

『先ほども言っただろう、錬金術師だと。職務とは別に個人的に興味があって、かつて東洋に存在した『神州シンシュウ国』の研究をしているのさ』

『シンシュウ……⁉︎』

『……やはりロンジュと同じく記憶を失っているか……。だが、その様子では聞き覚えがあるようだな』

『————お前たちはいったい何者だ! 知っていることを全て話せッ‼︎』

 

 ヤンアルが声を張り上げるが、フラーはそれには答えず気を失っているカステリーニ親子へ眼を向けた。

 

『妙だな。この部屋は魔法の範囲外にしていたはずだが……?』

 

 フラーの独り言にヤンアルはハッとした表情を浮かべる。

 

『————まさか、誰も使用人が駆けつけて来ないのはお前の仕業なのか……⁉︎』

『ああ、無関係の者に危害を加える気は毛頭ないのでね。このやしきには、そこのバカ息子の部屋を除いて『睡眠ソムヌス』の範囲魔法を掛けさせてもらった。この部屋で何が起こっても・・・・・・・、他の者たちは朝まで何も気付かないはずだ』

『…………‼︎』

 

 フラーはこともなげに言ってみせたが、この広大な邸全体に魔法を掛けるなどという所業がどれほど困難で凄まじいことかは魔法に門外漢のヤンアルでも容易に想像が出来た。

 

『その下衆どもは私が眠らせた』

『ほう……?』

 

 ヤンアルの言葉を聞いたフラーは興味深げな顔つきで向き直った。

 

『私ばかり質問に答えるのはいささかアンフェアだな。今度はキミに私の質問に答えてもらおうか?』

『……分かった』

 

 矢継ぎ早に質問をしたいヤンアルだったが、持っている情報量は圧倒的に向こうが上だと思われ、素直に応じてみせた。

 

 うなずいたフラーはまるで自分の部屋のようにドカッとソファーへ深く腰を下ろした。

 

『結構。ではまず、キミはここに何をしに来た?』

『……カステリーニ親子を殺すために来た』

『それは何故?』

『————その下衆どもが、私の大切な人間を殺そうとしたからだ‼︎』

 

 ヤンアルの怒号にもフラーは笑みを崩さず続ける。

 

『大切な人間とは、キミの男ということかね?』

『…………ッ』

 

 ヤンアルは無言でフラーを睨みつける。フラーは眼を伏せて、非礼を詫びるように右手を上げてみせた。

 

『失敬。今の質問には答えなくていい……ええと、なんだっけ。そうだ、ベルティカ君はどんな容態かな?』

『————ど、どうしてベルのことを……⁉︎』

 

 ヤンアルに質問を返されたフラーはやれやれと言った様子で脚を組み替える。

 

『いま質問するのは私のはずだろう? まあいい、『伝説の騎士』と聞いて足を運んだと言っただろう。カディナでの件も耳には入っていたのさ。さあ、私の質問に答えてくれないか?』

『……ベルは心臓を刺されていたが、すぐに私が真氣を送り込んで傷は塞いだ』

 

 この返事にフラーの表情がパッと明るくなった。

 

『————ほお! さすが東洋の神秘『内功ナイコウ』だな! その後は⁉︎』

『……傷は塞がったがベルの呼吸と心臓が止まってしまったので、心臓に真氣を込めながら空気を口内から直接肺に送り込んだ』

『心臓マッサージに人工呼吸、正解だ。先ほどの口ぶりでは息を吹き返したようだな?』

『そうだ』

 

 ヤンアルがうなずくと、フラーはアゴに指を当てて考え込む仕草を見せた。

 

『……ふむ。しかし、まだ喜ぶには早いかも知れないな』

『————どういうことだ……? じきにベルは眼を覚ますんじゃないのか⁉︎』

『今度は私が答える番か。ああ、じかに診たわけではないので断言は出来ないが、おそらくこのままではベルティカ君は意識が戻ることなく天に召されてしまうだろうな』

 

 フラーの言葉を聞いたヤンアルの全身に衝撃が走る。

 

『————何故だ⁉︎ ベルの傷は塞がった! 呼吸も、心臓の鼓動も戻ったんだぞ⁉︎』

『落ち着け。心臓を刺されたということは多量の血液を失ったということだ。人間は30%以上の血液を失うと生命の危機に瀕すると言われている。キミの内功によって傷自体は塞がっても体内に血液を作り出すことは出来ない』

『————‼︎』

 

 ヤンアルは青ざめた顔で視線を下に落とした。そこにはベルの血液によってドス黒く染められたスカートがあった。

 

『…………ッ』

 

 悲痛な表情を浮かべたヤンアルはフラーの前にひざまずいて頭を床に打ち付けた。

 

『————頼む! この通りだ! ベルの命を救う方法を知っているのなら教えてくれ‼︎』

『…………』

 

 しかし、フラーは無言で勿体ぶった表情を浮かべるのみであった。ヤンアルは消え入るような声で再度懇願する。

 

『…………お願い、します……! 教えてくれれば、なんでも……します……ッ‼︎』

『……いいだろう。では、この紙の両端にキミとベルティカ君の血液を付着させるんだ』

 

 そう言ってフラーは何かの試験紙のような物を差し出した。ヤンアルにはこれがどういった意味を持つのかは分からないが、余計な質問はせずに言われた通りにして見せる。

 

『————ふむ。キミたちは運が良いな。一致した・・・・……!』

『一致……?』

 

 試験紙を確認したフラーはヤンアルの言葉には答えず、メモを取り出して何やらサラサラと書き出し始めた。

 

『……これが輸血の方法だ。この通りにしてみるといい。キミの内功ならば充分可能だろう』

『輸血……?』

『急いだ方がいいな。ベルティカ君には一刻の猶予もないぞ』

『————感謝する‼︎』

 

 メモを受け取ったヤンアルが侵入してきた窓へ駆け寄った時、背後から声がかかる。

 

『————ロンディーネ・・・・・・

『……何……?』

『キミには今後、私の仕事を手伝ってもらう。新たな呼び名が必要だろう。キミの名にかけて『ロンディーネ』というのはどうかね?』

『…………好きにしろ』

 

 吐き捨てるようなヤンアルの返事にもフラーは笑ってみせる。

 

『夜明け頃に街の裏門に来てくれ。馬車の中で待っている』

『…………』

 

 無言でうなずいたヤンアルは、窓から身を乗り出しヴィレッティ家の方角へと羽ばたいていった————。

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