093 『伝説の竜姫、真相を語る(3)』
全身に真氣を巡らせたロンジュは構えを取って無邪気に笑って見せる。
『……それじゃあ、行くよ?』
『————待て、ロンジュ!』
ヤンアルが右手を伸ばした時、8メートルほど先に立っていたロンジュの姿が掻き消えた。
(消え————)
ロンジュの姿を見失ったヤンアルだったが、自らの襟足がふわりとなびくのを感じて咄嗟に首を傾けた。
『————あれ?』
次の瞬間には流星のようなロンジュの蹴りが先ほどまでヤンアルの頭部があった空間を通過した。距離を取ったヤンアルは冷や汗を浮かべて思案する。
(……危なかった……! 子供と思って甘く見ていると一瞬にしてやられる……!)
『お姉さん、スゴいね! 今ので終わったと思ったのに!』
死角からの飛び蹴りを躱されたロンジュは感心した様子でヤンアルを讃える。
『……お前こそ大したものだ。どこでその技術を学んだ……?』
『知らない。覚えてない』
『なに⁉︎』
『次、行くよー!』
ロンジュの返事に驚いたヤンアルは反応が遅れ、慌てて真氣を巡らせる。
今度は正面から攻めてきたロンジュだったが、虚を突かれたヤンアルは懐に潜り込まれてしまっていた。両者の体格はスラリと背の高いヤンアルに軍配が上がったが、近すぎる間合いにおいては長い手足が枷となってロンジュの回転が上回った。瞬く間にヤンアルはロンジュの攻撃を防ぐのに手一杯となった。
『くっ……!』
『————隙ありッ‼︎』
受けが遅れたヤンアルの一瞬の隙を見逃さず、ロンジュの掌打が胸を捉えたが、その感触は想像していたものとはかけ離れていた。
『えっ⁉︎』
腕を伸ばしたままロンジュが驚きの声を上げた時、風に飛ばされた紙のようにヤンアルが数メートル後方へ漂って着地した。その様子にロンジュはパチパチと拍手を送る。
『————スゴい! なに、今の⁉︎ まるで紙を打ったような感触だった!』
『……私もお前と同じだ。どうしてこんな技を使えるのか覚えていない。この
『そうなんだ。僕たち似たもの同士だね』
『そうなるな。ロンジュ、私はお前と争いたくはない。ここは引いてくれないか?』
『それは出来ないよ。言ったでしょ。フラー様の命令だって』
『……分かった。その代わり私が勝ったら、そのフラーという者も含めて色々と話を聞かせてもらうぞ……!』
にわかにヤンアルの闘氣が増したのを感じ取ったロンジュは浮かべていた笑みを収めて構え直す。
『……怖いね。それじゃあ、僕も本気を出させてもらうよ。お姉さん……‼︎』
言葉の終わりと共にロンジュの呼吸法が変わり、全身から冷気が立ち上り始めた。
『……いくら紙みたいに軽くても凍らせちゃえば問題ないよね……!』
『凍らせる……⁉︎』
無造作に間合いを詰めてきたロンジュが繰り出したのは何の変哲もない掌打であった。
少し拍子抜けヤンアルは瞬時に脳内で攻防の組み立てを始める。
(左腕で払い受けると同時にこちらも右の掌打を返して終わらせる……!)
予測通りの軌道を走って向かってくるロンジュの掌打を、先ほど脳内で描いていたように左腕で受けた瞬間————、
(————よし! 右の掌打を…………⁉︎)
全身にゾクリと悪寒が走ったヤンアルは繰り出し掛けた右掌打を止めて、背後に飛び
間合いを空けたヤンアルが受けた左腕に違和感を感じて眼を向けたところ、
『————なっ、何だこれは! 私の腕が……‼︎』
なんとロンジュの掌打に触れていた部分が凍りついているではないか。驚くヤンアルに向けてロンジュが話しかける。
『お姉さん、いい勘をしてるね。もう少し飛び
『…………ッ、お前……その技はいったい……‼︎』
『さあ? なんでこんな技を使えるのか僕にも分からないんだよね。でも、そんなことどうでもいいんだ。フラー様のためになるんなら僕はいくらでもこの技を使う————!』
言葉の終わりと共にロンジュは再びヤンアルに襲いかかった。
氷の腕を振るい出したロンジュは水を得た魚のようになり、身ごなしも先ほどまでとは比べ物にならないほどに向上した。
一方、ヤンアルは相手の攻撃を受けることもままならなくなり、回避に専念しながら反撃の糸口を探っていた。
(……屋外なら『翼』の力を十二分に使える。誘い出すか————いや、ロンジュが乗ってくる保証はない。やはり、ここで相手をするしかない……!)
雑念で動きが鈍ったヤンアルのわずかな隙を見逃さず、ロンジュが渾身の掌打を放つ。
『————遅いよッ!』
『くっ————‼︎』
躱しきれないと悟ったヤンアルは胸元で両腕を交差させて、身体の芯に受けることだけは防ごうと覚悟した。
(…………⁉︎)
しかし、いくら待てどもロンジュの魔性の腕に触れられる感覚が訪れない。不思議に思ったヤンアルが腕を下ろすと、苦しそうに胸を押さえたロンジュが足元にうずくまっているのが見えた。
『……何をしている……?』
相手は突拍子もない言動を見せる少年である。これも何かの誘いの手かと思い、ヤンアルは警戒を解かずに声をかけた。
『…………む、胸が……、苦……しい……ッ‼︎』
仮面で表情は見えないが、声の様子から嘘はないと判断したヤンアルは屈み込んで尋ねる。
『私は胸など打っていないぞ! まさか、何かの病か⁉︎』
『…………‼︎』
しかし、ロンジュは苦しむばかりで何も答えない。
ヤンアルが途方に暮れているその時、部屋の扉が突然開け放たれた。
『————おやおや、遅いと思って来てみればなんたることだ……‼︎』
コツコツと音を立てて部屋に入ってきたのは暗めの
『……驚いたな……‼︎ カステリーニが『伝説の騎士』と思しき女を呼び寄せたと聞いてもしやと思い、わざわざ足を運んでみたが……まさか本物だったとはな……‼︎』
『本物……? お前はいったい何者だ……⁉︎』
ヤンアルに尋ねられた金髪の男はうずくまるロンジュへチラリと眼を向けた。
『その質問に答える前に、これをロンジュに飲ませた方がいいな』
そう言って金髪の男はポケットから赤い錠剤を取り出した。
『それは……?』
『ロンジュの発作を抑える薬だ』
ヤンアルは男の手から錠剤を受け取ったが、ロンジュの口に含ませるのに躊躇する。
『これが薬だという保証は……⁉︎』
『ないな。ただ一つハッキリしているのは、ロンジュにはあまり時間がないということだ』
『…………ッ』
男の言う通り、確かにロンジュの苦しみ方からして事態は一刻を争うようである。仕方なくヤンアルは錠剤をロンジュに口元に近付ける。
『薬だ! 飲めるか⁉︎』
『……うん。ありがとう、お姉さん……!』
ヤンアルに背中を支えられながら薬を飲み込んだロンジュは安心した様子で眼を閉じた。
『————おい⁉︎ ロンジュ!』
『心配することはない。眠っているだけだ』
まるで心配する様子のない男の声にヤンアルは立ち上がって睨みつけた。
『……もう一度訊く。お前はいったい何者だ……!』
ヤンアルの鋭い眼光を浴びても男は余裕の笑みを崩さない。
『私は宮廷錬金術師のフランチェスコ・ナヴァーロ。フラーと呼ぶ者もいるがね。以後お見知り置きを、伝説の騎士————いや、竜姫だったかな?』
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