092 『伝説の竜姫、真相を語る(2)』

「————あの日・・・、私はベルの傷を塞いだ後、実行犯を追って背後で糸を引いている者たちを突き止めた」

(背後で糸を引いている者たち……⁉︎)

 

 自らを殺害しようと画策した者の正体が知れると思うと、ドクンドクンとうるさいくらいにベルの鼓動が高まる。

 

「実行犯の男の口から漏れ出たのはカステリーニ家という言葉だった」

「————なんだって⁉︎」

 

 あまりの衝撃にベルは思わず叫んで立ち上がった。

 

「カステリーニ家って……?」

「デルモンテ州の州都一帯を治める名門貴族だ。だが、彼らが何故俺を殺そうと……⁉︎」

 

 アリーヤの質問に答えたベルは放心したように再びソファーに沈み込んだ。

 

「……だが、俺が目覚めた時、カステリーニ家親子は同時に病死したと聞いた。もしかして————」

 

 ベルはその先を聞くのが恐ろしいといった表情でヤンアルへ顔を向けた。ヤンアルはその視線を受け取りゆっくりとうなずいた。

 

「————そうだ。頭に血が昇っていた私は首謀者を殺そうとカステリーニのやしきに単独で乗り込んだ」

「…………‼︎」

「奴らがベルを殺そうとした理由————それは口に出すのもつまらない、本当に他愛もないものだった。それを聞いた私はますます自分が抑えられなくなり眼の前が真っ白になった……‼︎」

 

 ここでヤンアルは一旦言葉を区切って、眠っているロンジュへ眼をやり口を開いた。

 

「まさに私が奴らに手を下そうとした時————……」

 

 

          ◆

 

 

『————下衆どもめ。貴様らに明日の朝陽を浴びる資格はない……‼︎』

 

 真紅の翼を広げたヤンアルは漆黒の瞳に宿る殺意を隠そうともせずカステリーニ親子へ詰め寄る。

 

『……お、お前は移民の女……! な、なんだ、そのあかい翼は……⁉︎』

『や、やはり、お前は『伝説の騎士』だったのか……‼︎』

『…………』

 

 狼狽うろたえるカステリーニ親子にヤンアルは無言でさらに距離を詰める。

 

『————誰か! 誰かいないのか! この女を取り押さえろ‼︎』

 

 恐怖に駆られた父・ロベルトが声を上げるが、いつもなら深夜でも数秒で駆けつける使用人が誰も姿を見せない。

 

『何をしている! 早く来い! お前ら使用人の安い命なんて俺の気分次第なんだぞ⁉︎』

 

 苛立った息子・ジャンがさらに大声を張り上げたが、やはり駆けつける者はいない。

 

『……どういうわけか分からないが、人が来ないのは好都合だ。関係のない人間の命を奪う気はない……』

『————ヒッ!』

 

 ヤンアルの黒く濁った双眸に見据えられたジャンはベッドの上で甲高い声を上げた。

 

『————ま、待て! カネならいくらでも出す! だから許してくれ!』

 

 腰を抜かしたロベルトが懇願するがヤンアルの反応は冷たかった。

 

『……カネで他人を殺そうと画策し、今度は自分の命をあがなおうというのか。本当に救いようの人間だな……!』

 

 どんな鋭利なつるぎよりも鋭い切れ味の手刀をヤンアルが振り上げた時、開いた窓から少年の声が聞こえてきた。

 

『スゴいね! その真っ赤な翼、いったいどうなってるの⁉︎』

『————⁉︎』

 

 カステリーニ親子に殺意を集中させていたヤンアルは第二の侵入者の存在に気付けず、血相を変えて振り返った。

 

 

 ————そこには竜を模した仮面で顔を覆う少年の姿があった。

 

 

 突如現れた竜面の少年にヤンアルは動揺を隠せない。

 

(……何者だ、この子供は……⁉︎ 私にこの距離まで気配を掴ませないとは……‼︎)

 

 逃げ出されないようにジャンとロベルトの経穴ツボを突いて眠らせたヤンアルは竜面の少年に向き直って尋ねる。

 

『なんだ、お前は?』

『僕はロンジュ。ねえ、お姉さん。その翼、どうやって出してるの? それで飛べる?』

 

 ロンジュと名乗った少年は興味津々といった様子で窓のさんに腰掛けヤンアルの翼を眺めている。

 

(……見た目よりもずっと幼い感じだな。しかし、この部屋は5階……ここまで登ってくるとは只者ではない)

 

 ヤンアルは警戒を怠らず、ロンジュの質問に答える。

 

『ロンジュと言ったな。この翼が気になるなら外で待っていろ。私の用が済んだ後でゆっくりと見せてやる』

『ダメだよ。僕はそこの二人に用があって、ここに来たんだもん』

『……この二人に用だと?』

『うん、僕はそこの二人を殺さなきゃいけないんだ』

『…………⁉︎』

 

 まるで害虫でも始末するようなロンジュの軽い口ぶりにヤンアルは美しい眉をひそめる。

 

『……何故、殺さなければいけない?』

『知らない。でも、フラー様の命令だから』

『フラー……? そいつは何者だ? 何故、この二人を殺そうとする?』

『フラー様はフラー様だよ。何故、なんて考える必要もないんだ。フラー様の言うことを聞いておけば全部上手くいくから』

『…………』

 

 ヤンアルはこのロンジュと名乗る少年の言動に危ういモノを感じ取った。しかし、こちらとて「はい、そうですか」と譲るわけにはいかない。

 

『お前には悪いが、この親子は私の愛する者を殺そうとした。誰であろうと譲る事は出来ない』

『……そうなんだ。でも、僕もその二人を殺さないとフラー様に叱られちゃうんだよね……!』

 

 そう言ってロンジュは窓から降りて両の腕を胸元に上げた。その立ち姿を眼に収めたヤンアルはつられるように構えを取った。

 

(……奴が構えたと同時に雰囲気が変わった……! この子供、やはり只者ではない……‼︎)

『————それじゃあ、お姉さんには僕の邪魔を出来ないように眠っていてもらおうかな』

 

 全身に真氣を巡らせたロンジュは竜面の下から見える口元を無邪気に歪ませた。

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