第24章 〜Verità〜

091 『伝説の竜姫、真相を語る(1)』

 ————宿のベルの部屋のベッドでは、竜面の少年がとても浅くではあるが規則正しい呼吸をして眠っていた。

 

「……ようやく落ち着いてくれた……!」

 

 眠っているロンジュのかたわらで安心した様子のロンディーネがつぶやくと、ソファーに座って蹴られた脚を痛そうにさすっていたベルが話しかける。

 

「さっきのロンジュの発作みたいなものはなんだったんだ? 何かの病気なのか?」

「…………」

 

 ロンディーネはその質問には答えず、ベルに近寄り屈み込んだ。

 

「……ロンジュに打たれたところを見せてみろ」

「え?」

 

 ロンディーネがベルの赤く腫れたすねに手をかざすと、不思議な温かみと共に腫れと痛みが治まっていく。

 

「……ありがとう、ヤンアル……!」

「…………」

「————へえ、本当に治癒魔法とは違うのね。でも名前を呼ばれて否定しないってことは、やっぱり貴女あなたヤンアルさんなんだ」

 

 ロンディーネ————ヤンアルは、壁を背にして腕を組んでいる褐色の女性へ燕面を向けた。

 

「……お前は……?」

「ご紹介が遅れてごめんなさい? あたしはアリーヤ。職業は流しの踊り子やってまーす」

「踊り子……?」

「あ、ソッチのじゃないわよ? 真っ当な方だからね」

「……ソッチとは何だ? 真っ当じゃない踊りがあるのか?」

「え? えーと……」

 

 アリーヤに助けを求められたベルは苦笑いを浮かべた。

 

「ヤンアル。アリーヤは酒場とかで踊って、お客にダンスの見本を見せているんだ」

「なるほど。サンドラと同じくダンスの先生マエストラをしているのか」

 

 ヤンアルに顔を向けられたアリーヤは大袈裟に腕を広げて見せた。

 

「まあ、そういうことでいいわ。そこのヘタレとは成り行きで一緒になっただけだから、安心して?」

「安心?」

「貴女が思ってるような関係じゃないってこと」

「そうだ。彼女とはキミを捜している時に知り合って、手伝いをしてもらっていただけなんだ」

 

 ベルの補足にアリーヤは一瞬表情を歪ませたが、すぐにパッと笑みを浮かべて手を叩いた。

 

「————ねえ、もうヤンアルさんだってバレちゃったんだから、その仮面を取って素顔を見せてよ」

「……何故だ?」

「あたし、貴女と似てるって間違われたせいで、そこのヘタレに捕まったのよ。そのくらいの役得はあってもいいんじゃない?」

「…………」

「ホラホラ、そこのヘタレも愛しのヤンアルさんの顔が見たいって言ってるわよ?」

 

 ヤンアルはゆっくりとアリーヤの前に進み出て口を開いた。

 

「————その前に一つ言っておく」

「なにかしら?」

「ベルはヘタレではない。訂正してくれ」

「……は?」

 

 思いも寄らぬヤンアルの言葉にアリーヤは眼を丸くした後、急に吹き出してしまう。

 

「アハハハハ! ……そうね、彼氏がバカにされていい気持ちはしないわよね。ヘタレと言ったことは謝るわ。ゴメンなさい。これでいい?」

「わ、私とベルはまだそんな関係では……」

 

 急に声が小さくなったヤンアルにアリーヤは手を振った。

 

「はいはい、ごちそうさま。こっちは貴女の言うことを聞いたわ。それじゃ、今度はそっちが行動で見せてくれない?」

「……分かった」

 

 小さく返事をしたヤンアルは滑らかな指を伸ばして顔半分を覆う燕面を外してみせた。

 

 

 ————トパーズを彷彿させる褐色の肌と共に漆黒の瞳と柳眉、そして美しい曲線を描く鼻筋があらわになった。

 

 

「…………‼︎」

 

 ヤンアルの素顔を眼に収めたアリーヤの表情が固まった。

 

 自分の美貌に絶対の自信を持つ彼女は、いざヤンアルと顔を合わせても負けない自信があった。しかしその自信は、眼前の東洋のエッセンスを持つ女によって粉々に砕かれてしまったのである。

 

「……これでいいか……?」

 

 少しモジモジした様子でヤンアルが尋ねると、アリーヤはハッとした表情を受かべて微笑む。

 

「————本当にベルが言ってた通りね! こんな綺麗な人だなんて思わなかったわ!」

「……ベル。また私のことを変な風に吹聴していたのか……」

 

 ヤンアルが恨めしそうに視線を向けると、ベルは久しぶりに見たヤンアルの素顔に見惚れているようで口を開けてボーッとしていた。

 

「————ベル! ヤンアルさんが話しかけてるわよ!」

「……えっ? ああ、すまない。なんだって?」

「ったく、浮かれてるんじゃないわよ」

 

 吐き捨てるように言うと、アリーヤは眠っているロンジュへ顔を向けた。

 

「それで……、この子はどうしちゃったの? 前に会った時はアンタベルに懐いてたみたいだったのに、さっきはアンタのこと親の仇でも見るような感じだったじゃない?」

「……分からない……が、ロンジュは『ロンディーネを奪う奴は許さない』と言っていた」

「なにそれ? どういうこと?」

 

 ベルとアリーヤに顔を向けられたヤンアルは重苦しい表情で口を開く。

 

「……ロンジュはロンディーネわたしのことを姉、もしくは母親のように思っていると思う」

「そうだね。ロンジュのあの様子からすると恋愛感情というより、家族を奪われるという感じだった」

 

 ベルが同意するとヤンアルもうなずいて続ける。

 

「ロンジュも私と同じなんだ。記憶を失くしていて、そのせいか見た目よりも精神が幼い」

「確かに……。身体は14、5歳くらいに見えるが、言動は10歳くらいに思える」

「…………」

「ヤンアル、順を追って説明してくれないか? ロンジュのこともそうだが、俺が刺されたあの日に起きたこと全て……」

 

 ベルに促されたヤンアルはアリーヤへチラリと視線を送る。

 

「あ……。もしかして、あたしが聞いちゃいけない系?」

「いや、アリーヤもベルの仲間なら家族のようなものだ。そのままでいい」

 

 ヤンアルは眠るロンジュの頭を撫でながら回想を始めた。

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