090 『弱小領主のダメ息子、ヒドい罵倒を浴びる(4)』

 竜面の少年が腕を振るうと、その軌道上に降った雨の滴が一瞬で凍りつき『キン、キキン』と音を立てて屋根を打った。

 

 ロンジュの恐るべき攻撃を辛くも躱したベルはロンディーネを庇うようにして距離を取った。

 

「————待て、ロンジュ! 急に何をするんだ!」

「うるさい! 僕からロンディーネを奪う奴は誰だろうと絶対に許さない!」

「ロンディーネを奪う……⁉︎」

「フラー様に言われたんだ。お前はロンディーネを奪いに来た悪い奴だって!」

「……フランチェスコに……⁉︎」

 

 ベルは興奮するロンジュを諭すように優しく話しかける。

 

「聞いてくれ、ロンジュ。彼女の本当の名前はヤンアルと言うんだ。俺はヤンアルを捜しにやってきたんだよ」

「————嘘だ! ロンディーネはヤンアルじゃないって言った! やっぱりお前は嘘つきの悪い奴だ!」

「ロンジュ……!」

 

 ロンジュのあまりの剣幕にベルが言い淀んでいると、背後からロンディーネが進み出た。

 

「……ロンジュ。ベルの言う通り、本当は私はヤンアルという名前なんだ。今まで黙っていてすまない……!」

「ヤンアル……‼︎」

「…………」

 

 ついにロンディーネは自らがヤンアルだと認めた。この告白に怒り狂うかと思われたロンジュだったが、その反応は意外なものだった。

 

「……ロンディーネ・・・・・・。可哀想に、そいつに騙されてるんだね……?」

「…………!」

 

 悲しそうに首を振るヤンアルにロンジュは無垢な笑顔を見せて続ける。

 

「待ってて、ロンディーネ。今からそいつを氷漬けにして、これ以上嘘をつけないようにしてあげるから……!」

「違う、違うんだ……ロンジュ……!」

 

 とても今の状態のロンジュは説き伏せられないと悟ったヤンアルは、視線を前方に向けたままベルに話しかける。

 

「ベル。手短に言うがロンジュの腕には気をつけろ。数十秒掴まれると本当に全身氷漬けにされてしまう……!」

「……そいつはゾッとしないな……!」

 

 ベルは凍らされた右肩を押さえながら答える。

 

「ベル、私の後ろに————」

「いや、それには及ばない」

「なに……?」

 

 ヤンアルが訊き返した時、アリーヤが泊まっている部屋の窓が開いて本人が顔を覗かせた。

 

「……なんなのよ、うるさくて眠れないじゃ————ベル⁉︎」

「アリーヤ!」

 

 寝ぼけまなこだったアリーヤだが、隣の建物の屋根の上で睨み合うベルたちの姿を眼にして驚きの声を上げた。

 

「アンタたち、屋根の上でなにやってんの⁉︎」

「————ロンジュ! キミの狙いは俺だろう? 追いかけて来い!」

 

 ベルはアリーヤの言葉には答えず、突然背中を見せて脱兎の如く逃げ出した。逃げる獲物に反応する肉食獣のようにロンジュが瞬時にその後を追う。

 

「待て、ベル! お前の足では逃げ————」

 

 一拍遅れてヤンアルも追いかけるが、前方を走るベルの足は意外にも速く、ロンジュの軽功をってしてもなかなか距離を縮められなかった。

 

 

         ◇

 

 

 ————全身に真氣を巡らせながら走るベルは必死に頭脳を回転させていた。

 

(……どこか人気ひとけの場所は————)

 

 今の錯乱した状態のロンジュとは人の多い宿の近くで手を交えるのはまずい。万が一にもアリーヤに被害が及ぶのを避けるためにベルは宿から離れたのである。

 

 しかし、大都会であるロムルスの街にそうそう都合よく空き地などは見当たらない。そうこうしているうちに徐々にスピードが落ちてきたベルは首筋に冷たいモノを感じ取った。

 

「————うわっ⁉︎」

 

 間一髪のところでロンジュの魔性の腕が頭上をかすめ、ベルの襟足が凍りついた。

 

「ロンジュ! 待て!」

「黙れ! 嘘つき女たらし!」

「……ヘタレ童貞に嘘つき女たらし……。なんだって、最近はヒドい罵倒にばかり合うんだ⁉︎」

 

 裏路地で追いつかれたベルは仕方なく足を止めて、ここでロンジュとやり合う覚悟を決めた。

 

(逃げ回っている間に凍らされた右肩も動くようになってきたぞ)

 

 右肩の可動域を確かめるようにグルグル回して構えを取って見せる。

 

「————来い! ロンジュ!」

「食らえッ!」

 

 ロンジュの両手が竜の爪の如く唸りを上げてベルに襲い掛かる。左右の爪が軌道を変えて急所を狙ってくるが、ベルは冷静に外して間合いを空けた。

 

(……凄まじい速さだがなんとか見えるぞ。この身体に宿ったヤンアルの『氣血』のおかげはもちろんだが、これは間違いなくファビオとの特訓が活きている……!)

 

 心の中でファビオに感謝したベルは続くロンジュの攻撃を次々に外していくが、不意に腹部に強烈な衝撃を受けて後ずさった。

 

「ぐっ……!」

「————なかなか眼が良いみたいだけど、『上』ばかりに気を取られて『下』が隙だらけになってるよ?」

 

 ロンジュは右足を上げたまま無邪気な笑みを見せる。ロンジュの足刀をまともに腹に受けたベルは額に脂汗をにじませた。

 

(……真氣を巡らせていなけりゃ、今の蹴りで内臓が破裂していたところだ……! あの恐ろしい『氷の腕』と言い、この子はいったいどこでこんな戦闘技術を……⁉︎)

 

 蹴られた腹を押さえながら思案するベルにロンジュが金色こんじきに輝く双眸を向ける。

 

「お前が逃げるからいけないんだ。大人しく僕の腕に捕まえられれば痛い思いをしなくて済んだのに」

「……まるでネズミをいたぶるネコのようだな」

「ネコなんかじゃない。僕は————ドラーゴだ‼︎」

 

 怒号と共に再び襲い来るロンジュをベルは迎え撃つが、どうしてもその恐るべき両腕に意識が集中してしまうので、ロンジュの蹴り技をまともに受けてしまう。さらに脚や腹にダメージを受けたベルは立っているのもやっとな状態になってしまった。

 

「————ここまでだね。その脚じゃ、もう僕の攻撃を外せないだろ……!」

「……どうかな。キミの言う嘘つきな俺だから、これも演技かも知れないぞ?」

 

 この期に及んでも人を食ったような物言いをするベルにロンジュはギッと歯噛みした。

 

「……どっちでも良いさ。お前が動けなくなるまで続けるだけだ……‼︎」

「————ロンジュ!」

 

 ロンジュが全身の冷氣を強めた時、ヤンアルが追いついてきた。

 

「ロンディーネ、邪魔しないで。もう少しでこいつを————ッ⁉︎」

 

 言葉の途中でロンジュが胸を押さえて膝を突き、ヤンアルは血相を変えて駆け寄った。

 

「ロンジュ! 落ち着いて深呼吸するんだ!」

 

 ヤンアルはロンジュの胸の辺りをまさぐって取り出した薬らしきものを口に含ませた。

 

 予想外の結末に救われた格好のベルが恐る恐る問い掛ける。

 

「急にどうしたんだ? 何かの病気なのか……⁉︎」

「…………」

 

 しかし、ヤンアルは必死にロンジュの胸に真氣を送るばかりで、ベルの問いには答えなかった。



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