第23章 〜Rimprovero〜

087 『弱小領主のダメ息子、ヒドい罵倒を浴びる(1)』

 ————一人でフラーの研究室を後にしたベルは覚えていた道順を辿って、通用口へ戻ってきた。

 

「あ、えーと……そうだ、ガレリオ卿。ヤン……なんとかさんには会えましたか?」

「…………」

 

 通り過ぎる時に門番の男に話しかけられたが、ベルは無言で首を振るのみである。

 

 外に出ると辺りは既に陽が落ちかけており、様々な影がその長さを増していた。

 

「————その顔じゃあ、あんまり良いことはなかったみたいね」

 

 声に反応して顔を向けると、さっきまで座っていたベンチに見知った女性が腰掛けているのが見えた。

 

 その女性が手ぶらなのを見て取ったベルは微かな笑みを浮かべて答える。

 

「……爆買いするんじゃなかったのかい?」

「そうしようと思ってたけど、やめたわ。だって、あたし好みの物がちっとも置いてないんだもん」

 

 アリーヤはそう言って両腕を広げてみせた。

 

「……そうか、それは残念だったね。お腹も空いたし、何か食べて宿に戻ろうか」

「いいわね。もちろんアンタのオゴりでしょ?」

「最初からそのつもりだったんだろう?」

 

 アリーヤがいたずらっぽく笑うと、つられるようにベルも屈託なき笑顔を見せた。

 

 

          ◇

 

 

「————ええ⁉︎ フランチェスコってヤツ、そんなにイケおじだったの⁉︎」

「……おい、論点はそこじゃないだろ……」

 

 宿の近くで見つけたリストランテの窓際の席でアリーヤが嬉しそうな声を上げると、ベルはシェフおすすめの子羊のローストを切り分けながらジロリと一睨みする。

 

「ゴメン、ゴメン! で、なんだっけ?」

「……まったく……」

 

 ベルは肉を一切れ口に運んで続ける。

 

「————つまり、フランチェスコという男は宮廷魔術局長であり宮廷錬金術師であり医者でもあるらしい」

「……肩書き、多すぎない? それ」

「俺もそう思うが、とにかく妙な雰囲気を持った男だったよ。おそらく魔法の腕はかなりのものなんだろうと思う」

「ふーん……、宮廷魔術局長?と医者はまあなんとなく分かるけど、その錬金術師ってなんなの?」

「俺も詳しくは知らないが、その名の通り、鉄や鉛などの卑金属を金や銀といった貴金属に変える研究をする者の総称だ」

 

 金や銀と聞いたアリーヤが眼の色を変えた。

 

「なにそれ⁉︎ あたし、フランチェスコ様とお近づきになりたい!」

「……落ち着け。聞こえはいいが、錬金術師の中にはパトロンから研究費用を引き出すことを目的とするかたり者も多いそうだ」

「でもでも! 宮廷ってことは王様に雇われてるんでしょ⁉︎ だったらフランチェスコ様は本物ってことじゃないの⁉︎」

「そうだな。だが、俺が気になっているのは奴が言っていた別のことなんだ」

「別のこと?」

 

 アリーヤが訊き返すとベルは水を口に含んでうなずいた。

 

「奴は俺が刺された時、アンヘリーノに来ていたらしい」

「えっ、じゃあ、あの馬車に乗ってたのって……」

「ああ、おそらく奴はその時にヤンアルと接触して輸血の方法を伝えたんだ」

「輸血って、自分の血を相手に分けてあげるってやつ? それじゃ、フランチェスコもアンタの命の恩人ってことじゃない」

「……そうなるな」

 

 複雑そうな表情を浮かべてベルはうなずいた。

 

「ねえ、ヤンアルさんはそのお礼にフランチェスコに付いてるんじゃない?」

「それは俺も考えたが、それだけじゃヤンアルが正体を隠す理由が分からない。でも奴に訊いてもそれ以上は答えてくれそうにはなかったから、置き手紙を残してきた」

「置き手紙?」

 

 アリーヤは薄いブルーの瞳をパチクリさせた。

 

「俺たちが泊まっている宿の名前を書いたメモをヤンアルに渡してもらうように言付けてきた」

「…………」

 

 ベルの言葉を聞いたアリーヤは驚いた表情を浮かべた後、急にテーブルに突っ伏してしまった。

 

「アリーヤ? どうした、気分でも悪くなったのかい⁉︎」

「…………あっきれた」

「え?」

 

 アリーヤはバンっとテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「————呆れたって言ってんのよ! アンタ、童貞なの⁉︎」

「ど、童貞⁉︎ い、いや、違うぞ。俺は……」

「うるさい! アンタのヘタレた心が童貞だって言ってるのよ!」

「ア、アリーヤ、声が大きい……」

 

 ベルは周囲の眼を気にするが、怒り心頭のアリーヤは構わず続ける。

 

「アンタの方がヤンアルさんに会いたがってんのに、相手に委ねてどうすんのよ⁉︎」

「————‼︎」

 

 アリーヤの言葉にベルの眼が大きく見開かれた。

 

「大体、フランチェスコが馬鹿正直にメモを渡す保証なんかないじゃない!」

「だ、だが、奴はメモを受け取って……」

「……これだからお坊ちゃん育ちのボンボンは……! ハア……、なんであたしこんなヘタレを好————」

「————お酢?」

 

 ベルに訊き返されたアリーヤはハッとした表情を浮かべた後、無言でクルリと背を向けた。

 

「アリーヤ……?」

「……あたし帰る」

「えっ? どうしたんだ、急に? まだ食事の途中————」

「————うっさい! アンタの腑抜けた顔を見てたら食欲がなくなったのよ! 当分あたしに話しかけないで! このヘタレ童貞‼︎」

 

 アリーヤは背を向けたまま言い放つとそのままリストランテを出て行ってしまった。

 

 ベルはうるさくして迷惑をかけてしまった店と他の客に一通り謝った後、ポツリとつぶやく。

 

「……ヘタレ童貞って、ヒド過ぎないか……?」

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