075 『弱小領主のダメ息子、ギルドに加入する(2)』

 王宮のある首都・ロムルスへ向かうベルとアリーヤは野宿で一晩を過ごし、昼頃にフェリーチェ州のペッサーラという街に到着した。

 

「————あー、やっと街に着いたわ! あたし、お風呂に入りたい! まず宿を探しましょ!」

 

 開口一番にアリーヤが提案するが、ベルの反応は鈍い。

 

「? どうしたのよ、ベル?」

「ああ……、それなんだが、手持ちのお金が心許こころもとなくなってきたんだ」

「へ? アンタ、領主の息子なんでしょ。使い切れないほどお金持ってるんじゃないの?」

「俺は弱小領主の息子だと言っただろう。そんな王様みたいに思わないでくれ」

「えー? じゃあ、アンヘリーノのお金持ちっぽいママに送金してもらえばいいじゃない」

 

 アリーヤの提案にベルは首を横に振る。

 

「無理だ。手紙を書いて小切手を送ってもらうにしても一週間以上かかるし、第一、俺の勝手なワガママで母上にも父上にも泣きつきたくない」

「……これだから無駄にプライドの高いボンボンは……」

 

 呆れた様子でアリーヤは肩をすくめる。

 

「————アンタね、愛するヤンアルさんとどうしても再会したいんでしょ⁉︎ だったら小っちゃいプライドとか気にしてる場合なの⁉︎」

「うっ……!」

 

 アリーヤの正論にベルはぐうの音も出ない。

 

「まあ、あたしは適当な酒場で踊って稼げるけど、そうなったらアンタはあたしの雇い主どころかヒモになるのよ、『ヒモ』に!」

「ううっ……!」

 

 アリーヤの言葉が鋭いナイフとなってベルの胸を突き刺した。

 

「……ヒ、ヒモは嫌だ……!」

「じゃあ、早くママに手紙を書きなさい。宿代は後払いのところを探せばいいでしょ」

「……それも嫌だ」

「アレもイヤ、コレもイヤってアンタ、それでも男————」

 

 ベルを罵倒しかけたアリーヤの口が急に止まった。

 

「ア、アリーヤ……?」

「……そうだわ。アンタにピッタリな仕事があるわ……!」

「————仕事……?」

 

 

         ◇

 

 

 ————通行人に道を訊いたアリーヤはペッサーラの街をズンズン進み、ベルはビアンコを引いてその後ろを恐る恐る付いていく。

 

「……アリーヤ、いったいどこに向かっているんだ……?」

「…………」

「自慢じゃないが、俺は今までアルバイトどころか家の皿洗いすらしたことがないぞ?」

「…………」

「聞いているのか、アリーヤ————」

「————着いたわ!」

 

 足を止めて仁王立ちするアリーヤの陰からベルが顔を覗かせると、木製の看板に『ギルド』と書かれているのが見えた。

 

「……ここは『冒険者ギルド』……?」

「そう! アンタは世間知らずのボンボンだけど、腕だけは立つからね。ギルドに登録して身体で稼ぐのよ!」

「……お褒めの言葉、どうもありがとう」

「ホラ、突っ立ってないで入るわよ!」

「お、おい、待ってくれ! ビアンコを繋がないと————」

 

 

 アリーヤに引っ張られる形で中に入ると、そこには武器や防具を携えた、いかにも冒険者といった風貌の人々の姿があった。

 

「へえー、ここがギルドか。酒場も併設されてるようだな」

「そんなのいいからこっちよ」

「おい、だから引っ張るなって!」

 

 またもや引っ張られたベルは何かの受付らしきカウンターに突き出された。

 

「————この人をギルドに登録お願いします!」

「はい。それでは身分証とこちらの書類にご記入を」

「聞いたでしょ。ホラ、身分証出して」

「え? あ、ああ……」

 

 言われるがままにベルは身分証を受付嬢に渡す。

 

「拝見します————あら? もしかして、あなた……トリアーナ県の領主の御子息では……?」

「まあ、一応……」

「どうして、領主の御子息がギルドに……?」

「まあ、色々事情がありまして……」

「……分かりました。ですが、いくら領主の御子息でも試験は公正に受けていただきますよ」

「試験?」

 

 試験と聞いたベルが眼をパチクリさせる。

 

「ええ。ギルドには色んな仕事がありますが、魔物を相手にするものもありますからね。一定以上の強さが求められます」

「つまり、試験とは腕っぷしを試すもの?」

「はい、平たく言えば。簡単な筆記試験もありますが」

 

 ここまで聞いてベルは後ろに立つアリーヤへ顔を向けた。

 

「試験なんて聞いていないぞ」

「アルバイトでも採用試験はあるものよ。アンタなら大丈夫でしょ」

「……分かったよ」

 

 ベルは頭を掻いて受付嬢へ向き直った。

 

「それじゃあ、試験とやらをお願いします」

「かしこまりました。それではこちらの同意書にサインをお願いします」

「同意書……要するに、この試験で怪我をしたとしても納得済みで訴えたりしませんってところかな。はい、これでいいかな」

「ありがとうございます。それでは中庭へどうぞ」

 

 職員に案内され中庭に到着すると、試験官と思われる三人の屈強な男たちが待ち構えていた。

 

 付いてきたアリーヤが小声でベルに話しかける。

 

(アンタなら楽勝でしょ。逆にやりすぎないでよ)

(……善処するよ)

 

 そう言ってベルは脱いだ上着をアリーヤへ渡した。

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