第19章 〜Gilda〜

074 『弱小領主のダメ息子、ギルドに加入する(1)』

「————うわあァァァァァッ!」

 

 男の情けない叫び声が夕暮れの街道に響き渡った。

 

 辺りにはすでに五人の荒くれ者が地面に伏しており、先ほど叫び声を上げた男が哀れにも六人目の犠牲者となった。

 

 六人の荒くれ者を打ち倒した銀髪の若者————ベルティカ=ディ=ガレリオは剣を構えたまま震えている七人目の男へその端正な顔を向けた。

 

「……さて、後はお前一人だな」

「く……来るな!」

 

 ベルに話しかけられた男が闇雲に剣を振って威嚇するが、返ってきた言葉は意外なものだった。

 

「安心してくれ。お前まで気絶させる気はないよ」

「……へ?」

 

 ベルの返事に男の切っ先が下がる。

 

「お前にはやってもらわないといけないことがあるからね。あっと、その前に————」

 

 何か思い出したような仕草を見せたベルは言葉を区切って、瞬時に男の眼の前に接近した。

 

「悪いが、コレは折らせてもらうよ」

「————あっ⁉︎」

 

 剣をヒョイっと掠め取られた男が素っ頓狂な声を上げた次の瞬間には、まるで細い木の枝でもポッキリするように、ベルのさほど太くない腕によって鉄の剣が真っ二つに折られてしまった。

 

「これですぐに野盗稼業は再開出来ないだろう。さあ、天下の往来で気絶している仲間たちを介抱して道を開けてくれ。仲間が馬車に轢かれたり、魔物に喰われてもいいなら別だけどね」

「————ひ、ひぃぃぃッ!」

 

 最後に残った野盗は甲高い声を上げながら倒れている仲間の元へ駆け寄って行った。

 

 ベルは逃げる野盗に一瞥もくれず街道沿いの林の方へ顔を向けた。

 

「もう大丈夫だ。終わったよ、アリーヤ」

 

 ベルが声をかけると、大木の陰から黒髪褐色の美女が一頭の白馬を引いて姿を現す。

 

「う、うん……」

「陽が暮れる前に次の街まで行きたかったが、仕方ない。今夜はここで野宿するしかないな」

 

 ベルはそう言って、ビアンコの背の荷物へ手を掛けた。

 

 

            ◇

 

 

 ————パチパチと木が爆ぜる心地よい音が真っ暗な林の中に響き渡る。

 

 夕食のニンジンをペロリと平らげたビアンコは脚を折って横になっており、どうやら辺りに獣や魔物の気配はなさそうである。

 

 同じく夕食を終えたアリーヤは焚き火に木の枝をくべるベルへ話しかけた。

 

「……アンタって見た目と違ってホントに強いのね。七人もいた野盗を子供扱いするんだもん」

「俺の見た目からするキミのイメージはどんなものなんだい?」

「ひ弱な貴族のボンボン」

「…………ついこの間までは、そのイメージとさほど変わらない感じだったよ」

 

 ベルの返事にアリーヤはスカイブルーの瞳を丸くした。

 

「どういうこと? 短期間で急に人間離れした強さを手に入れたっていうの?」

「その通りだ」

「真面目に答えなさいよ!」

「……嘘みたいだが、本当のことなんだよ」

 

 ベルは服のボタンに手を掛け胸元を露わにして見せる。焚き火の光に照らされ真新しい傷痕がアリーヤの双眸に映し出された。

 

「————な、何なのよ……その傷痕は……⁉︎」

「……二ヶ月ほど前かな。アンヘリーノの街で何者かに胸を刺されて生死の境を彷徨ったんだ。これはその時の傷痕さ」

「…………‼︎ で、でも、その位置は……」

 

 ベルはボタンを掛けながら答える。

 

「そう、心臓だ。だが、その時一緒にいたヤンアルが回復魔法とは違う不思議な術で治療してくれたんだ」

「回復魔法とは違う術……⁉︎」

「ああ、調べた限りだと『』とか『内功ないこう』と呼ばれる東洋の術体系らしい」

「東洋……? ヤンアルさんは東洋から来たの……?」

「確証はない。何しろ彼女は記憶を失っていたからね。だが彼女の生活習慣や使う武術からすると、そうと考えるのが自然だ」

「……記憶を……」

「……話を戻すが、大量に血を失って意識を失っていた俺にヤンアルは自らの血液を分けてくれた後、黙って姿を消した。その後、眼を覚ました俺は彼女の不思議な力が宿ったように超人的な力を得たというわけさ」

「…………!」

 

 ここまで話を聞いていたアリーヤはなおも懐疑的な表情を浮かべていたが、ようやく口を開いた。

 

「……簡単には信じられないけど、信じるしかなさそうね……。あたしの魔法が効かなかったのもヤンアルさんの影響ってワケ?」

「分からないけど、理由はそれしか考えられないな」

「……もう一つ訊いてもいい?」

「ここまで話したんだ。初恋の失敗談以外ならなんでも話すよ」

 

 冗談めかして言うベルに対し、アリーヤは真面目な表情で問い掛ける。

 

「————ヤンアルさんはどうしてアンタの前からいなくなっちゃったの……⁉︎」

「…………それは俺も聞きたい。あの日、俺はヤンアルに愛の告白をしたんだ。だが、俺は彼女の返事を聞く前に意識を失ってしまった……」

「……もし、もしも、ヤンアルさんを捜し当てても彼女の返事が『NO』だったら、とか考えたりはしないの……?」

「…………」

 

 ベルはポケットに忍ばせた一枚のコインを握りしめながら答える、

 

「……そうだとは考えたくはないが————いや、たとえそうだとしても俺はもう一度ヤンアルに会いたいんだ……‼︎」

「…………!」

 

 ベルの決意のほどが青と黒二色の瞳に宿り、アリーヤは眼を見張った。

 

「————はいはい、お熱いことね。分かったわよ。最後まで付き合ってあげるわよ」

「ありがとう、アリーヤ……!」

「礼には及ばないわ。アンタとの契約だし、一度は首都・ロムルスへ行ってみたかったもの。優秀なボディーガードが首都まで護衛してくれると考えたらお釣りが来そうじゃない?」

 

 アリーヤはおどけた様子で両腕を広げて見せる。その姿にベルは呆れた表情を浮かべた。

 

「……まったく、キミってヤツは……」

「そうと決まれば今夜はもう寝ましょ。あ、何か異変を感じたらすぐに眼を覚ましてよね。アンタ、ヤンアルさんのおかげで五感も鋭いんでしょ?」

 

 そう言ったきりアリーヤは毛布を頭からかぶって寝入ってしまった。呆気に取られたベルはやれやれといった風に首を振って、再び焚き火に枝をくべた。

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