073 『弱小領主のダメ息子、新たな手掛かりを手に入れる(2)』

 バルディ卿から手紙を受け取ったベルが裏返してみると、そこには見覚えのある家紋があった。

 

「確かに、ヴィレッティ家の封蝋だ」

 

 以前ベルはバルディ卿のやしきに逗留していた時に母・アレッサンドラへ向けて近況報告の手紙を出していたのである。

 

「————やや⁉︎ ベル殿も人が悪いな! 見つかっているではないか!」

 

 その時、アリーヤの姿に気付いたバルディ卿が大喜びで手を叩いたが、ベルの反応は薄い。

 

「いえ、バルディ卿。こちらの淑女レディはアリーヤと言いまして、ヤンアルに似ていますが別人です。デルニで目撃された褐色の肌の女性とは彼女のことだったのです」

「それは、なんとも…………」

 

 バルディ卿は驚いた様子でアリーヤへ改めて眼を向けた。

 

「……確かに、よくよく見てみるとパートナーだった女性とは別人のようだ。しかし、こちらも負けず劣らず美しいですな」

「…………」

 

 先ほどまで眼を丸くしていたバルディ卿の表情が、どんどん緩んで来るのが分かる。その表情かおからは『お盛んですな』という言葉が聞こえてくるようだった。

 

 それも当然の反応であろう。パートナーだった女性を捜しているというのに別人の女性をのこのこと連れ帰っているのだから。さらに言うなら、そもそも浮気をしてヤンアルに逃げられたと嘘をついてもいる。ベルは愛想笑いを浮かべて頭を下げた。

 

「————バルディ卿。不躾ですが、今夜もう一度お邸にお世話にならせていただけないでしょうか?」

「おお、構わんぞ。以前使っていた部屋に泊まっていかれるが良い」

「ありがとうございます。では、アリーヤにも部屋を————」

「————ありがとうございまーす! お部屋はあっちかしら? 行きましょ、ベルティカ様!」

「お、おい⁉︎」

 

 アリーヤはベルに二の句を継がせずまたしても腕を引っ張って行った。

 

 

        ◇

 

 

 以前泊まっていた部屋に入ったベルは咎めるように口を開く。

 

「……どういうつもりだ、キミは?」

「どういうつもりって……、どういうこと?」

 

 アリーヤはだだっ広い部屋をキョロキョロと眺めながら答える。

 

「せっかく俺がキミの部屋を用意してもらおうとしたのに、どういうつもりだって訊いているんだ」

「あのバルディ卿って人、あたしがアンタに引っ掛けられたみたいに思ってたじゃない。それを別々の部屋にして欲しいとか言ったら怪しまれないかしら?」

「……あの人は軽薄そうに見えるかも知れないが、自分に正直で裏表のない人なんだ。それにバルディ卿に誤解させてしまったのは俺のついた嘘のせいでも…………」

「嘘って?」

 

 失言を悟ったベルはブンブンと頭を振った。

 

「————と、とにかく! 若い未婚の女性が男と同じ部屋に泊まるものじゃない! 今からでも言って別の部屋を用意してもらおう」

「待ってよ。あたし、こんな広い部屋に一人だと不安なのよ。子供の頃から狭い安宿とか野宿ばっかりだったから……」

「…………」

 

 その気持ちはベルにはイマイチ理解出来なかったが、アリーヤの境遇からするとそういうこともあるのかと思い、渋々うなずいた。

 

「……分かったよ」

「————じゃあ、あたしがあの大きなベッドで、アンタがそこのソファーね! 変なコト考えないでよ!」

「…………好きにしてくれ」

 

 おざなりに返事をしたベルは一般家庭のベッドよりも大きなソファーに腰掛け、おもむろにサンドラからの手紙を開く。

 

「…………」

「ねえ、なんて書いてあるの?」

 

 天蓋つきの巨大なベッドに寝転がりながらアリーヤが話しかけるが、ベルは答えない。

 

「…………」

「————ねえってば!」

 

 依然として答えないベルに業を煮やしたアリーヤが近付いて声をかけると、ようやくベルは手紙から眼を離した。

 

「……馬車だ」

「馬車? 馬車がどうしたのよ?」

「母上からの報告によると、ヤンアルが失踪した日の夜と翌日の早朝に正体不明の馬車が一台アンヘリーノの裏門を通過したらしい」

「何よ、正体不明って? アンヘリーノってデルモンテ州の州都でしょ? 馬車とか荷車は門番に厳しく検閲されるはずよ」

「ああ。それに夜間から早朝は門が閉められていて、原則開けられることはないはずだ。さらに馬車に乗っていた人物も記帳されていなかったらしい」

「それって……、どういうこと?」

 

 アリーヤに質問されたが、ベルはそれには答えず肩を震わせた。

 

「……フフ。母上、この情報を得るために一体どれほど積まれたのか……」

「ねえ! 一人で納得してないで教えなさいよ!」

 

 アリーヤが声を荒げると、ベルは手紙の一文に指を当てた。

 

「驚いたことになんと、その怪しい馬車の御者ぎょしゃは門番に王宮の紋章を見せたそうだ」

「王宮の紋章……⁉︎」

 

 うなずいたベルは満足したように手紙を折り畳んだ。

 

「王宮の紋章を携えた馬車が秘密裏に動いているようだと、さすがに州都の門番も馬車の中を改めるわけにはいかないだろうな」

「……アンタまさか、その馬車にヤンアルさんが乗っていたと言いたいの……?」

「分からない……が、ヤンアルの目撃情報が一向に出てこないことにもこれで一応の説明がつく。とにかく、これで次の行先が決まったな……!」

 

 そう話すベルの双眸が輝きを増した。

 

「待って、待って! 確証なんてないのよ? ヤンアルさんと全く関係がないのかも……」

「確証なんて要らないさ。少しでもヤンアルに繋がる可能性があるのなら、俺はどこへでも行くつもりだ……!」

「…………」

 

 希望に満ち溢れるベルの表情を、アリーヤは複雑な面持ちで見つめていた。

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